2009.03.28

天竜峡の龍角峯

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3月25・26・27日と、長野県飯田へ帰省。
母を連れて、久しぶりにドライブ。
南信(南信濃)随一の名勝・天竜峡へ行ってみた。

ここは天竜川中流で、渓谷が深くなり、奇岩がそそり立って連なる景勝地である。
船下りを楽しみつつ、その岩を見上げるのが一番良いのだが、今回は時間もなく、車でちょっと寄ってみただけ。

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道々、彼岸桜や早咲きの枝垂れ桜が目を楽しませてくれたが、天竜峡の桜はまだつぼみであった。
景観が一番すごいと、母が薦める「龍角峯」(りゅうかくほう)へ行こうとしたのだが、道が狭い上、観光シーズンを控えてあちこち整備中・工事中で、えらい悪戦苦闘するはめに(涙)。

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「龍角峯」へ行く遊歩道もまさに工事の最中で、無理に頼んで通してもらった。
「龍角峯」というのは、天竜川から聳え立つ巨岩なのである。松の巨木の生えた岩頭に立つと、それは景色はみごと。見下ろすとあまりの高さに足が震え、背中に汗がにじんだ。

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それにしても、わしの「龍」好きは、もとをたどれば、故郷に、こういう場所があったからかもしれないな・・・

で、今回、「龍角峯」を踏みしめて、絶景は楽しめたのだが、「龍角峯」そのものの雄姿を見ることができなかったのが残念。岩肌に、龍角峯の文字が刻まれているらしいのだが・・・

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これは、対岸の岸壁の様子。こんな感じで、昇り龍のようにそそり立つ岩なのだ。

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2008.01.16

年末年始の飯田の情景

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年末年始、いつものように、郷里の長野県飯田で過ごしました。
お供えの鏡餅は、近所の「キラヤ」というローカルチェーンのスーパーで購入。これはメインのでなくて、玄関とか氏神様に供える小さな奴ですが、同じものを京都でも売っていたそうで。

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家の庭のピラカンサが今年はあまり鳥に食べられずに見事に残っていました。

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そこへ、霰が降ってきて

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庭に、ざらめのように綺麗な結晶が積もりました。

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お雑煮は、清まし仕立て。入れる具は家によってかなり違うと思います。
うちは、毎年、適当に入れます。家族は葱を入れたいというのですが、わしが葱嫌いなので、ほうれん草にしてもらいました。

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おせちというよりも、飯田下伊那では「お年とり」の料理と言うべきで、大晦日から食べます。そのメインが年取りざかなの「ぶり」の塩焼きと、この「お煮しめ」で、細く切った昆布と根菜類を煮ます。

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初詣に行く途中の道、小川の飛沫が凍ってました。

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毎年初詣に行く、矢高神社。今年は竹を切った器に蝋燭を点してこの石段に並べたそうなのですが、除夜の鐘を突かせてもらいに行った菩提寺でも同じようにしていました。残念ながら、除夜の鐘のときはデジカメ忘れてしまって、写真がありません。

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初詣を終えて家に帰る頃にはまた空は雪雲。風越山も姿を隠していました。

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2007.08.21

矢高神社の祭礼

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8月18日は、わしの郷里の氏神様、矢高神社の祭礼であった。
一家で神社まで出かけ、打ち上げられる花火の真下で、まつりに酔った。

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わしも子供のころは「気負い」といって、まつり半纏をまとい、灯篭を掲げて練り歩いたのである。

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普段、ひと気のない神社の境内も露店に賑わい、頭上には地元のひとびとの寄付で打ち上げられる花火が、2時間あまりも炸裂し続ける。

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集落ごとに神輿を担いで、気勢を上げ、生命力をほとばしらせ、一夜の神と人の交歓だ。

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まつりのクライマックスは、神社本殿前で火花を噴き上げる「大三国」である。

この花火、直立した芯木に取り付けられたものなのだが、神の寄り代たるこれから本殿奥まで、往復する縄が張ってあり、まず「大三国」から本殿めがけて縄を伝ってロケットのように火が走り、戻ってきた火で着火されて火花が噴き出すのだ。
知らずに本殿に詣でようとしたわしらは、目の前を突っ走る着火の火に仰天。

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噴き出す火の粉を浴びながら、若衆も若くない男衆も、幣束(へいそく)と呼ぶ御幣を束ねた棒を掲げて走る。
大三国の火花が尽きても、幣束を燃やしながら突っ走り、最後はそれが地面に落ちて火の海となった中を走る。壮烈である。

何十年ぶりかで見た、ふるさとのまつりは、素晴らしかった。
まつりの意気と気概を失っていないことに感動した。

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2007.08.16

ふるさとも炎暑

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ふるさと飯田に、帰省しておりますが、こっちもなんつーか、ものすごい暑さ。
風越山も、熱気に揺らめいております。

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家から歩いてすぐの、母校の小学校へ行ってみたら、懐かしい古い体育館が取り壊されてしまっていました。
体育館があるときは見えなかった山の景色はちょっと目に違和感。
幻の体育館の上に、風が吹き渡ります。

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わしが在学中に新築された校舎も、工事中。建て替えてしまうのではなく、リフォームという雰囲気です。
何せこの校舎、当時としては斬新な設計で、廊下がないのです。吹きさらしのベランダを廊下代わりに通路にしていたのですが、雨や雪が降ると、そらーもう、寒くて危なかったのです。

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校庭の隅でわしらを見守ってくれたポプラの巨木は今も健在。その姿を見るたびに安堵するのでした。

それにしても、暑い。涼しいはずの信州で、36度だの38度だの言ってます。今日はそろそろ、夕立かな?
下伊那地方・大雨注意報、とテレビのニュースが。

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2007.05.02

花桃咲き乱れるふるさと

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3日間ほど、故郷の飯田へ行っていたのだが、この季節、わがふるさとの谷はこの「花桃」に彩られていた。なかでも国道256号沿いには、必ず視界にこの花があって驚いた。

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わしは今年になってやっとこの花の名前を知ったのである。今までは「なんだか、梅だか桜だか桃だかわからんけどえらく派手な花」だったのだ(苦笑)

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母を乗せて、飯田から清内路村までドライブしてみた。この村こそが「花桃街道」=国道256号の地である。
ちょっと聞きかじったところによれば、この白赤ピンクの3色を一本で咲かせる木はもともと外国産で、木曽のダムに初めて移植され、そこから広まったとのこと。わしの子供の頃には、飯田・伊那谷では観る事がなかったと思う。

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こういう単色の樹もけっこうある。

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「花桃街道」では、苗木もあちこちで売っていて、飯田下伊那=伊那谷中に一気に広まってきた感じ。実は、うちの母も近年買って、庭に植えていたと昨日知った(笑)
昼神温泉郷にも、集中的に植えられた一画があって、さながら桃源郷のごとし。

しかし、綺麗なことは綺麗なんだが、なんだかなあ・・・造った花みたいで、なんか情趣に欠けるような気もするんだがなあ・・・

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2007.04.08

飯田の名桜その3・安富桜

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飯田の名桜、というても、3つしか見れなかったので残念なのですが、ラストのこの樹は、まさに飯田の桜を代表すると言ってよい名木。かつては長姫(おさひめ)の江戸彼岸と呼ばれ、樹齢450年以上が確実という、神の如き桜です。

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安富桜(やすとみざくら)の名前の由来は、飯田潘の家老・安富家の屋敷に在ったからだそうです。近代になるとここは県立長姫高校の構内となり、長姫高校が移転したのち、今は飯田市美術博物館となりました。数々の変遷を見ながら生きてきたこの樹。雄大に枝を張り、根元に熊笹を繁らせ、力感溢れる幹がたくましくて見惚れるばかりです。

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古木なのに至って生命力旺盛で、支柱の一本もありません。健やかな巨神という感じ。

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花の色も清らかで艶があります。

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やたらに凝った設計であまり評判のよくない美術博物館の建物の前で、堂々と聳え立ち、燦爛と花を輝かせていました。
こんな樹に、花に会えて、この春は幸福です。

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2007.04.07

飯田の名桜その2・石塚桜

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さて、その1で紹介した舞台桜から、一段下の斜面にあるのがこの、石塚桜

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座光寺公民館など、幾つか公的な建物の建っている奥にあって、あまり目立たないのだが、見に行くと驚く。
なんとこの桜は、古墳の上に生えているのである。

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6世紀後半に築造されたという、巨大な横穴式石室をもつ円墳の上にそそり立つ巨樹なのである。
石室が印象的なところから、この古墳は「石塚」と名づけられたのであり、その墓標の如きこの桜は、「桜の樹の下には屍体が埋っている!」(梶井基次郎)そのものなのである。

よく晴れた空の下だったが、石塚桜は、花と古墳、生と死の対比をあまりに鮮やかに示してくれて、うごめく氷像のような迫力だった。

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2007.04.06

飯田の名桜その1・麻績の里の舞台桜

毎年、息子の春休みに合わせて、郷里の長野県飯田に帰省しているのですが、今年は南信州の飯田も桜の開花が早く、今までわしが知らなかった見事な桜を幾つか観る事が出来ました。

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その一つが、麻績の里(おみのさと)の舞台桜(ぶたいざくら)

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飯田市座光寺(元善光寺で有名なところ)、旧座光寺小学校の庭にあります。座光寺小学校の前身は麻績学校といい、明治6年に建てられ、なんと校舎兼歌舞伎の舞台だったといいます。写真の建物がそれなのですが、昭和56年まで使われていたというのですから驚異。そして、舞台桜となづけられているこの桜も、ただものではありません。
まず、その樹齢は400年!

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「半八重枝垂れ紅彼岸桜」、というそうで、花弁の数が一定でない八重の枝垂れ桜なのだとか。「日本で唯一」と紹介している文章も目にしましたが、今手元にあるパンフレットでは「南信唯一で新品種」となっています。

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たいへんな樹齢にもかかわらず、その紅の鮮やかさはまことに艶麗。そして、天竜川の河岸段丘に立ち、はるか赤石山脈を見遥かすロケーションが雄大で、見飽きる事がありません。

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枝垂れる花を誇示して立つ樹勢は雄渾で、古怪な精気すらも覚え、わしは感動したのです。

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