2007.07.30

緑の中の南禅寺(4)南禅院

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さて、この日わしが最も感銘を受けたのは、塔頭のひとつ「南禅院」であった。
南禅寺の南禅院・・・なんか紛らわしいのであるが、「別院」という扱いで、亀山上皇の離宮跡だったという。
建物などは、元禄時代に徳川綱吉の母・桂昌院が再興したんだそうだ。

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しかし、庭園は亀山上皇の離宮当時の面影を残している。そして深山に抱かれ、自然と一体化した雰囲気が凄いのである。鴨のつがいなんぞがこうしてのんびり池にいるのだ。

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池には、ちょうど睡蓮が咲いていた。(だいぶ時間が経ってしまいましたが6月末だったのです)
だが、その背景たる山のそそり立つ緑の迫力に、息を呑む。
離宮当時、あまりの鄙びた山中の生活に、女官たちは恐れをなし寂しがったという話だが、無理もない。

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そんな中で睡蓮はいたって控えめに清楚に咲いていた。

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遊歩道を回遊していくと、山肌に石で滝が組まれていた。ここまで山の気配が濃いと、一種凄愴な感じがあるような。

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とどめは、池のほとりの楓の樹に、モリアオガエルの卵塊が幾つも産み付けられていたこと。写真を良く見ると、おたまじゃくしのような影さえ見える。豊かな自然に囲まれている証拠であった。

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2007.07.20

緑の中の南禅寺(3)水路閣

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さて、南禅寺と言えば、お寺の建物や庭園のほか、この水路閣が強い印象を与える。
鮮やかな緑の中の煉瓦建築の風情もまた、良いものだった。

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古代ローマの水道を思わせる構造物は、建てられた当初、さぞかし「景観破壊」と非難されたのではないかと思う。それが今は、落ち着いた古都の風情をかもすひとつとなっているのだから、京都の懐は深い。

もちろんこの水路閣は、琵琶湖疏水事業で作られたもので、この上を疏水が通っているのである。

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前にも書いたが、この水路閣近辺は、写真撮影やドラマのロケ地に使われることが多い。この日も写真撮影の一隊が来ていた。こんなアングルなど、いかにも想像力が掻き立てられると思いませんか。

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楓のみどりが、日光に透けながら煉瓦の色に照り映え、実に爽やかであった。秋にも見事になるだろうと思うが、近頃の観光シーズンはほんまに、人の多さが半端でないからなあ・・・

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斜面に沿った坂道を上れば、水路閣の上も見ることができる。思いのほか、水の勢いがたくましい。これがやがて哲学の道の横を流れていくのである。

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2007.07.11

緑の中の南禅寺(2)方丈庭園

しばらく帰省やら何ならで、間が空いてしまいましたが、南禅寺の続きです。

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法堂を過ぎ、拝観料を払って本坊に入る。書院などを横目に広い廊下をたどって、国宝の方丈へ。
方丈の南庭が、小堀遠州作として、国の名勝指定の枯山水庭園。
俗に「虎の子渡し」と呼ばれているやつであるが、どうもこの日のわしには、なんか「ぼやけた感じだなあ」と印象が良くなかった。

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どうしたわけかと、パンフの写真と見比べてみる。石と庭木が、塀際に固まっていて、白砂の空間が広いのがここの特徴なのだが、石を囲む樹木と苔が枯れ気味で勢いがないのだ。
借景を成す山々の緑が、獰猛なくらい威勢良いので、余計に萎びて見えたのかと思う。
それでも、座ってじっくり眺めていれば、良さがわかってきたのかもしれない。しかし、蒸し暑くてそんな気になれない。

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方丈を囲む庭は、こういう鋭敏な感覚のものもあった。

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しかしやはり、苔の緑が目に潤いを与えてくれる。

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山際には、こういう垣根が築かれていて「南禅寺垣」と立て札があった。覆いかぶさる木々の緑が圧倒的である。

方丈の内部には、狩野派描く襖絵が重厚かつ華麗に並んでいたのだが、あまりにこの日は湿気が多くて、さぞかし絵の保存には悪条件なのではないかと心配になってしまった。畳も襖も湿り気を吸って波打つような気候だったのだ。

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2007.06.29

緑の中の南禅寺(1)プロローグ

6月26日、梅雨の晴れ間に、南禅寺を訪れてみました。
振り返ってみると3年ぶりです。しかもその時は門前で食事した後で、境内を散策しただけだったので、ちゃんと拝観したのはもう、一体何年前なのか記憶にありません。

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境内に踏み込むと、樹木のみどりが圧倒的です。湿気と温度に、植物たちが歓喜しているのが肌で感じられる雰囲気。石畳もしっとり濡れている感じでした。

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ここの三門は、歌舞伎で石川五右衛門が「絶景かな」と叫ぶ台詞で知られているのですが、現在建っているものは大阪夏の陣のあとに藤堂高虎が寄進したものだそうで、五右衛門がたとえ実在していても、これに登ったわけではありません。

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三門の向こうは、さらにみどり溢れる異次元境。

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参道の両側、高い木が立ち並ぶ間を、苔のみどりが埋めています。

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そうしてたどりついた法堂。両脇の花灯窓が高雅。内部は入れませんが、金網越しに覗けば、天井に素晴らしい龍の絵があります。今尾景年描くところの、「畢生の大作」(南禅寺参拝の栞より)。絵の向きが、本尊側から見るようになっているため、龍の顔をちゃんと見ようとすると、身体を捻じ曲げねばならないのが辛かった。

このあと、本坊を拝観し、水路閣を眺め、南禅院を拝観しました。(続きます)

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2007.05.29

大徳寺 龍源院

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この日、興臨院に続いて拝観したのが、龍源院。由緒は500年前に遡るそうだ。

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ここは、庭園が4つあって、それが皆、素晴らしかった。
まずは庫裏の書院の南にある「阿吽の石庭」(こだ底という正式名があるのだが、例によって漢字変換が難しくて・涙)。

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細長く狭い空間に、秀吉の聚楽第の礎石と伝えられる石が据えられて、白砂に埋まっている。塀と書院に挟まれて余計なものが何も見えず、深沈と精神が集中できるような庭だ。

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方丈の前の庭が一番大きい。「一枝坦」(いっしだん)と呼ぶ。
石が皆、かっこよくて、惚れ惚れした。大きさといい形といい、見得を切った役者みたいに極まってる石たち。

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ここには昔、樹齢700年を越えた山茶花「楊貴妃」というのが咲き誇っていたそうだが、昭和55年に枯れてしまったそうだ。あー口惜しい。

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方丈の裏、北側の庭は、「龍吟庭」と名づけられ、室町時代に創建された当時の姿を保っている、ここでは一番古い庭。
杉苔が美しいはずなのだが、この日は、ほとんど赤茶けてしまっていたのが残念。梅雨の頃にまた観に来たい。

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最後に、方丈と庫裏の間、すごく狭い空間に築かれているのが「東滴壷」。
早足で通り過ぎると気付かなそうな小さな庭だが、これがまた素敵だった。

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折りしも正午の陽光が、きらめく白い影となって落ち、波紋を描いた白砂と石が、広大な宇宙みたいに感じられたのである。

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大徳寺 興臨院

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随分久しぶりに、大徳寺を訪れてみた。
三門の金毛閣は、昔の記憶と変わらず華やかで、新緑の中に鮮やかに建っている。

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今回は、興臨院と龍源院、二つの塔頭を拝観し、仏殿前の巨樹・イブキをしっかりと見てきた。
まずは、興臨院である。

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門前に看板があって、6月3日までの特別拝観をしているそうだ。
そのせいか、なんだかとても賑わっていた。

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重要文化財の唐門に、楓の若葉がかかって、とても清々しく見えた。

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方丈の前の枯山水が、かなり広く、白砂が五月の陽射しに輝いてまぶしい。
昭和50年からの方丈解体修理のとき、再建された庭だそうだ。

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何処から見るのがかっこいいか、しばしうろうろしたが、庭に面して右端、方丈の縁の端っこに座って眺めると良かった。

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青い空に白い雲・・・ぼんやりと石庭に面して、なるべくぼうっとしようと努める。
日頃から雑念に満ちているわしだが、この日は特にいろいろ思い悩んでおり(苦笑)それだけに、清冽で剛直な禅寺の庭で、頭の中を一辺リセットしたかった。

しかし、特別拝観のため、ガイドの方が懇切丁寧に解説してくださる。その声と、周りに集まる拝観の人々のざわめきが、ちょっと邪魔。
しかたない、ここはそっちの群れに加わるにしかず。

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おかげで、茶室「かん(さんずいに函と書くが、変換できない・涙)虚亭」の詳しい説明を聴く事が出来たのはありがたかった。
四帖台目という広さで、四畳の畳に台目畳がひとつくっつく。台目畳というのは普通の四分の三の大きさと、説明があった。その狭い室内はさらに袖壁というので圧迫され、その向こうに洞穴のように床がしつらえてあるという凝ったもの。
そこでふと周りを見ると、拝観の方々は圧倒的に和服をお召しになった女性が多い。どうも方丈の一室がお茶の席になっているらしく、ひっきりなしにそちらに出入りされていた。
それで、茶室の説明にはとても多くの人が集まり、洞穴のような床を是非覗いて見たかったが、順番待ちの列がすごいことになってしまったので、諦めた。

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2006.07.26

光明院 波心の庭

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さて、過日、枯山水が水浸しになっていて驚かされたお寺は、東福寺の塔頭のひとつ・光明院(こうみょういん)です。東福寺本坊から少し南へ下がり、東山山麓を背にしています。

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とにかく、枯池のはずが、連日降り止まない雨のおかげで本物の池となっており、不思議な趣があって見とれてしまいました。

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この日、門に足を踏み入れてから辞去するまで、境内では誰にも会うことがなかったのです。拝観料を受け取る人もおらず、玄関に太い竹筒があって、志(こころざし)を入れるようにと書かれてあっただけ。それでも、隅々まで掃除が行き届き、手入れも行き届いた寺院でした。

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「波心(はしん)の庭」は、1934年に、鬼才・重森三玲によって築かれたもの。庭園、生花に革新的手法を導き、今もなお多大な影響を及ぼし続ける彼については、また改めて論述したいと思います。東福寺やその塔頭には、彼の手による庭園がたくさんあり、ここもそのひとつ。

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波心、という言葉はどのような意味を含んでいるのでしょう。
この日、白砂で描かれた波紋の上に、澄んだ水が波打ち、雨粒がさらに波紋を広げて、玄妙な味わいでした。
わしにとっては、波立つ心を静めてくれるような効果があったかな・・・

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枯山水としてはわりと広い庭だと思いますが、所狭しと石が立てられていて、最初は目障りなほど異様に感じられたものです。しかし、考え抜かれて配置された効果のためか、次第に目に馴染んできて、背後のサツキやツツジのうねるような大胆な刈り込みとあわせ、重森三玲が目指したという「永遠のモダン」の香気が感じられたような気がしました。

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大胆かつモダンに絵画的手法を盛り込んだというのが、一口に言ってしまえば重森三玲らしさだと思いますが、石の立て方には伝統的な手法をとちゃんと踏まえています。この写真のように、三つの石を中央を阿弥陀如来、左右を両脇侍と見立てる「三尊石(いわ)組み」が要所を引き締めていました。
なにしろ、重森三玲は全国の古庭園四百余りのスケッチ・実測・製図・写真撮影・文献筆写および調査を史上初めて手がけ、二・三人の助手を連れただけで僅か3年ほどで成し遂げたという驚異の人なのです。

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2006.07.22

枯山水も水浸し

余りにも陰鬱な天気が続いて、家に閉じこもっているのも気分が塞ぎまくるので
清らかで峻厳な禅寺の枯山水でも見ようと出かけた。

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ひと気のない、全くわし一人の空間を満喫できたのだが、庭を見て妙な違和感を感じた・・・
・・・「池がある!」

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連日の大雨で、白砂で描いた抽象の波紋の上に、本物の水が溜まってしまっているのである!
唖然として見続けるうち、小止みだった雨はまた激しくなり、枯山水の中の異様な池はさらに波紋に覆われるのであった。

☆さて、この庭はどこの寺院でしょう・・・詳しくは改めて、レポートします。

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