2007.05.23

dragontailとはなにか

Doragontail

このブログのタイトルを、dragon-tail (龍の尾)と付けたのは、幾つかの意味があった。

わしが龍が好きだったこと。
ペンネーム、さらにはハンドルネームにも龍の字を使っていたこと。
「龍頭蛇尾」にならず、最後まで中身のあるものを書きたいという願い。
まあ、龍を名乗ってはいるが、頭になるほどたいしたものでなく、その端くれであろうという謙遜。

ただ、英語の単語として存在しているのは知っていたが、その意味を認識してはいなかったのである。
それが先日、奇しき経過で知ることになった。

今、わしが執筆している小説のひとつ「醜斑(シコブチ)神―琵琶湖水妖記―」は、ホラー小説を意図しており、怪奇小説の一大分野である「クトゥルー神話」に発想の根のひとつを置いている。
「クトゥルー神話」の小説には若い日に幾つか接し、大いに影響を受けたが、長い間それらの小説を紐解く事がなかった。ここへきて、再び読み始め、押入れの隅にあった創元推理文庫の「ラヴクラフト全集」等を引っ張り出したのである。
その全集2の「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」を読み返し、中身をほとんど忘れていたことに呆れ、改めて凄い傑作であるのに感心していたのであるが、文中、不意にdragontailが出現したので驚愕した。

この本の中では「巨竜の尾」と訳されている。「巨竜の頭」つまりdragonheadと対になり、占星術の記号という形で出現した。
つまり、dragontailとは、占星術用語なのである。では、どういう意味か。

そもそも、dragonとは、月の軌道(白道)と太陽の軌道(黄道)の交点だそうだ。
そして、月が太陽の軌道を横切って上昇するところをdragonhead(昇勢の宮)といい、
逆に月が沈んでいく交点をdragontail(降勢の宮)というとのこと。

このとき、日食や月食となるため、古来より天文計算の上で重要視されてきた。
占星術は天文学の先駆であると同時に魔術の兄弟でもある。ラヴクラフトの小説中でも、非常に重要な魔術の呪文の文頭に、この記号が描かれている。
そして、占星術では、dragonはカルマ=業を表わすもので、dragonheadが前世から受け継いだ幸運、dragontailが前世から受け継いだ課題を表わすのだというのである。

そうだったのか!わしは前世の課題を果たすために、このブログを始めたのか!
「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」のラストで、dragontailの呪文は邪悪の化身・恐怖の存在を滅し去った。
さて、わしの文章は、わしの前世の課題を果たすほどのモノになっているかどうか・・・

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2007.04.27

別blogで小説を連載します

一部の方には「こんなのを書く・・・」と漏らしていましたが、このほど、新しい小説を、別blogで書き始めました。

こちらです↓
http://blog.livedoor.jp/ryu3shosetu1/

タイトルは 「醜斑(シコブチ)神―琵琶湖水妖記―」

☆以下は、執筆開始に際しての、心構えというかご挨拶、ならびに宣伝紹介です。

小説を書き始めるには、ありとあらゆる言葉の中から、たった一つを選ばなければならない。
そして、幾通りも考えた冒頭のシチュエーションから、目をつぶるようにしてたった一つを選ぶ。
心躍る冒険である。

青春時代にやってきてから、ずっと「よそさん」として京都に住んできたが、お隣の滋賀県=近江のことも気になっていた。
とりわけ、民俗伝承や、古代遺跡の印象が、近江の場合、ロマンの香り高いのである。
加えて、豊かな水を湛える琵琶湖の豊穣な物語性。深遠に潜む古怪な生物の神秘。
そんな、滋賀・近江の・古伝承・水棲生物・遥かな水脈と古族の血脈をわしの脳裏で混じり合わせるうちに、一つの奇怪な物語を紡ぎたいと思った。

琵琶湖安曇川水系に潜む「シコブチ神」の伝承
渡来人、安曇族、石仏文化
ヴォーリズの洋館
湖底の遺跡
彷徨える湖底の死者の伝説
湖北に多く残る十一面観音像
十一面観音の化身とされる宝誌和尚の伝説
・・・などがキーワードとなる。

文字だけでなく、イラストとか写真とかもなるべく付けたい。
読んでいただいた方には、感想など、どんどんコメントを書き加えて欲しい。
では!

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2006.12.11

京都検定1級再挑戦・受験日

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昨年惨敗を喫した、京都検定1級の受験に、今年も性懲りもなく再挑戦し、今日が受験日だった。
試験会場は、「2009年に、龍谷大学は創立370周年を迎えます」という驚くべき垂れ幕が迎えてくれた、龍谷大学深草キャンパス。しかし、そんなものに驚いている余裕は正直なかった。写真を見てこの垂れ幕に気付いたのである(笑)

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清潔で壮大な校舎が並ぶキャンパスで、午後1時半から説明が始まり、1時45分から3時15分まで90分間の勝負。

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問題の初めのほうは、わからんことばっかりで、パニクったのであるが、あとになればなるほどわかる問題が多く、4つの小論文はよく書けたと思う。
総体に去年より常識的な問題が多く、易しいと感じた。まあ、一年多く生きてきて、知識も教養も少しは増えたのであろうか。

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しかし、自己採点してみると、合格は危ういのである。
まあ、わしの知識の偏りはよくわかった(苦笑)。やはり行ったことのない寺社や地域のことはわからぬ。
「鳥羽離宮東殿の遺構」とか聞かれてもちんぷんかんぷんだったが、ひょっとしてそれは城南宮か(笑)
若宮八幡宮、を若宮神社と書いてしまったが、やはり間違いかな?
大徳寺高桐院を、高洞院と書いてしまったのは口惜しすぎる。

それにしても、膨大で奥深い京都の事象から、僅かな設問を突きつけて、「京都通」を検定するというこのやり方は、まあ、無理なものだなあと思う。
大学受験は、人数を限って切り捨てるためのものであるが、京都に関する知識の量で等級をつけて、さて、それってどうやねん?
それでも合格すれば嬉しくて、わしも自慢して回ることであろう。
けれど、検定のために覚えるだけの知識なんてつまらない。そんなこと無関係に、京都は面白く、奥深いのである。

とりあえず今夜は、エビスビールの「琥珀」などを買って、ささやかに自分を慰労して寝ます。

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2006.10.27

京都国立博物館で特別展「京焼」を見た

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東山七条の京都国立博物館で、11月26日までやっている特別展覧会「京焼 みやこの意匠と技」を見に行った。

もともと清水焼には興味があって、知り合いにもふたり陶芸家がいたし、今までに幾つか清水焼にまつわる小説も書いているのである(まだ日の目を見てませんけど・涙)。
そして、京都検定1級再挑戦の勉強にもと、京都の焼き物=京焼の精華を一挙に見れるこの展覧会は、気合を入れて見に行った。場当たり的なわしにしては稀有なことに、生協の共同購入で前売り券を手に入れるという周到さ(笑)。

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この博物館、建物自体が重要文化財で、見どころ満載なのであるが、それはまた別の機会に。

わしとしては初めて、京焼を系統的に学ぶことの出来た展覧会。
創始者にして最高の出来である、野々村仁清の色絵陶器が山ほど観れて、実に目の保養であり、大満足。
16世紀から大正時代に至るまでの全部で300点近くの陶器が陳列されているのである。
やきものとしては、歴史が浅いのに、その「意匠と技」で高い地位を築き、流行をリードしてきた京都のやきもの。大変勉強になりましたが、一日では消化不足でした(@@げっぷ)。

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観終えて、西の空を仰ぐと、秋空に雲が美しかった。

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2006.09.15

アルフォンス・ミュシャ展

Mucha

京都駅に出かけたのは、駅ビルにある『美術館「えき」KYOTO』で、
「アルフォンス・ミュシャ展」が行われていたからです。
昔から好きな絵でしたし、真似もちょっとしてました。しかし、画家本人のことはろくに知りませんでした。
非常に得るところの大きい展覧会でした。
緻密なリトグラフを、間近に見て、驚嘆し、飽きる事がありませんでした。
そして、画家の生涯、フランスから故国モラヴィアに戻ってからのことは初めて知りました。
またそのうち、詳しく綴ってみたいですが、今は小説書きに戻ります。

展覧会は、10月1日まで行われています。
詳しくはこちらhttp://www.wjr-isetan.co.jp/Kyoto/

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2006.04.12

「人生を<半分>降りる」という本

友人に勧められて読んだ本があまりに面白く、かつ人生に刺激を与えてくれたので、感想をblogで書くと約束した。しかし何やかやバタバタしていてUPする機会がなく、やっと強引に書いてみる。

「人生を<半分>降りる -哲学的生き方のすすめ-」
新潮OH!文庫 581円
著者は 中島義道。「好き勝手なことを言う男」という肩書きが付いている(笑)

人生を「ほとんど」降りているようなわしにとっては、なんということもないタイトルなんだが(爆)
この哲学者が提唱する「半隠遁」という生き方は、これこそがまともな生き方ではないかと思わされる。
この本の主張をまとめてしまえば、194ページに書かれているこの数行に尽きるのではないか。

「べつに大学や会社に辞表を叩きつける必要はなく、月給だけもらってナルベク好き勝手なことをする。そのためには細かな計算をして、『必要がない』と思ったことからはサッサと手を引く。そして、できるだけ人付き合いを制限し孤立して、『自分が生きておりもうじき死ぬこと』を考える。たえずこのことを考える。そして、このことをつねに見据えながら、残りの人生何をすべきか考える。」

著者は哲学の最も基本は「人生とはなんなのだろう?そして、ほんとうに死んだらどうなるのだろう?」ということを探求することであると言う。しかし、哲学を専攻しても本当にこれを考える時間は少ないのだ。
「講義の準備をしたり、研究会を組織したり、翻訳を手がけたり、事典の編集をしたり、他人の論文の審査をしたり・・・」「これらすべてが、『哲学』とは縁もゆかりもないことではないのか?」

そんな、誰か他の人がやっても全然かまわないことは放っておいて、『自己中心的に』本当にやりたいことをやりなさい、そのためには、なるべく人付き合いを断って半隠遁しなさい、というのである。

脳梗塞で死にかけた時に、わしは痛烈に「残っている人生の時間」を意識した。
やりたくないこと、嫌なことをやってる時間のくだらなさというか・・・恐るべき浪費を自覚した。
この本では「半隠遁」というのは、
 ☆どんな分野においても要職に付かない、人の上に立たない、指導的地位に付かない
 ☆半分は社会的に生きて生活を確保するが、繊細な精神、批判精神を失わず、自分の内部の声をごまかさずに、世間と妥協しない。

とうことであるようだ。おおいにうなづける意見である。
で、わしは主観的には、このような状態にあるとおもってきたのであるが
わしにとって、非常に耳の痛い意見もこの本には多く書かれている。

「ものを書き、発表・刊行することは非常に傲慢で下品なことである」
「一流の学者、芸術家ほど、必然的に孤独に傲慢に偏屈になり、人間としての魅力は下落していく」
「一方現代日本では、日々の生活に喘ぎ老後を心配し学力もなく特殊才能もない庶民=大衆だけが発言権を持っていて、えらい人を罵倒し、えらくない人の立場でしかマスコミの発言はない」

決まり文句でモノを言うことをわしは大変嫌い、京都に関する発言も、極力決まり文句を避けてきた。
しかし、まだまだ、繊細な精神、批判精神、懐疑精神が足りないと、この本を読んで自覚させられた。
さあ、今から、残りの人生、何をなすべきか、真摯に考え実行しよう。

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2005.06.26

Musical Baton

突然ですが
「*natural HOME Days」のうさこさんから
「Musical Baton」のご指名がありました。

Musical Batonの説明は上記リンクで(^^;)
つまりは、音楽に関する4つの質問に答えて、自分の音楽の好みを語り、それを次のブロガーにBatonタッチしていく、つうわけですな。
なんか、自分の聴いてるある曲について語りたいという欲求がもたげていたときに、あまりに良いタイミングでご指名貰ったので、喜んで書いてしまうわけです。

★Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
えーと、どうやったらその容量ってわかるんでしょ?たいした音楽ファイルは入ってません。北川景子ちゃんの歌くらいかな(笑)
(追記・盟友たっくんに示唆してもらって、調べたところ、こまごましたの含めても80MBくらいのようである)

★Song playing right now (今聞いている曲)
「忘れ咲き」GARNET CROW
 テレビアニメ「名探偵コナン」のエンディング曲に使われました。このグループの曲は非常に抒情的で透明感溢れてます。詞を書いてるazuki nanaさんは、どんな本を読んでるのかな、などと想像を掻き立てられる。

★The last CD I bought (最後に買ったCD)
「YOSUI TRIBUTE」 平原綾香、小野リサ、ユーミン、忌野清志郎といったメンバーが、井上陽水の曲を歌ったアルバム。期待したほどインパクトがなかったのは、わしが陽水にそんなに思い入れがなかったせいかな。

★Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
5曲で収まるやろか・・・
1・「第九交響曲」作曲ベートーベン・指揮フルトヴェングラー・バイロイト祝祭管弦楽団
 壮絶、凄絶、魔界の果てからうねりつつ襲い来る怒涛の旋律に戦慄。

2・「卒業」詞・曲・歌・尾崎豊
 あの頃のわしは、2トントラックを運転して横大路の倉庫に行ってた。付けっぱなしのカーラジオから「卒業の歌特集」といって流れてきたこの曲に、魂震えた。以来、歳のいった尾崎ファンになったのだ。彼の死はけっこーなショックとなった。

3・「真夏の果実」詞・曲・桑田圭佑 歌・サザンオールスターズ
 嫁さんの出産が迫り、わしだけが付き添って病院に行った。準備の個室で陣痛に耐えてる嫁さんを励ましているとき、部屋にあったラジオからこの曲が流れた。なんだか、嫁さんと過ごした青春のエッセンスが一気に脳内に蘇り、忘れられない曲になった。
 しかし、実はあの時流れたのは、サザンの歌声ではなく、英語の歌詞であった。いったい誰が歌っていたのか?と思っていたら、つい昨日、ラジオから流れてきたのはボニーピンクとやらが歌う新バージョン。誰が歌っても心に沁みてくるなあ・・・

4・「Secret of my heart」詞・歌・倉木麻衣 曲・Aika Ohno
 これも、アニメ「名探偵コナン」のエンディング曲なのであるが、わしはこれを小説「六番目の小夜子」(恩田陸・作)を読むときのBGMにしていた。わしがすごした高校時代の雰囲気を見事に想いおこさせてくれるノスタルジックな青春小説にして、甘美と恐怖を誘うミステリアスな展開。そして、NHK教育テレビ「愛の詩」で見事にドラマ化されたものも、わしはこの曲をテーマにして楽しんだのである。

5・「ファイト!」詞・曲・歌・中島みゆき
 「時代」より前から、わしはみゆき姐御のファンで、オールナイトニッポンもず~~~っと聞いていたのである。
恨み節ばかりが彼女の持ち味ではないのは、プロジェクトXの主題歌「地上の星」でも知れ渡ったであろう。そう、凛冽なる闘志と誇りに満ちた雄雄しき歌の数々に、わしは幾度も奮い立ってきたのだ。 

★Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)
うちに今まで来ていただいた方の中から、特に基準を決めずご指名させていただきます。
お暇でしたらお付き合いください。
当然ながら、全く無視されてもかまいません。

「Day Wind -京都散歩-」のpastorellaさん
「GO!GO!C.K」のたっくん
「書き急げ!時間がない!blog」の遠野阿璃子さん
「Passing Strangers」のRough Toneさん
「華の宴~Life at night~」のfuzikaさん

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2005.03.08

北但馬の「応挙寺」=大乗寺

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週末に、学生時代の友人たちと年に一度集まっての飲み会。みんな、それぞれ住む場所が散らばってるので持ち回りなのだが、今年は兵庫県の北端、日本海に臨む香住町の民宿でやった。もちろん、カニをいっぱい食べて満喫したのだが、翌日、みんなで拝観した「大乗寺」というお寺が素晴らしかった。

わしが説明するよりも、大乗寺の公式ホームページが充実しているので、是非御覧になることをお勧めしたい。
ここの「円山派デジタルミュージアム」をクリックすると、江戸時代の天才画家、円山応挙と彼の一門が大乗寺に残した傑作の数々が、お寺で鑑賞するような臨場感を持って鑑賞できる。

山陰にも春の気配は届いていて、雪は少なかった。それでも、雪囲いに守られたお寺の建物の脇には、沢山の雪が溶け残っていた。巨樹に囲まれたお寺の中には、豪奢で繊細、華麗な絵が輝いていた。
応挙は京都に住みながら、大乗寺への恩返しのため、何年もここまで通い、幾多の大作を描き、そして最後の作品を描き上げて4ヵ月後に、京都で没した。
重厚な梁の下、障子越しの明かりで見る襖絵は、歳月を超えて鮮やかで力強い。弟子の描いた子犬たちの絵はなんとも愛らしい。実は30年ほど前に、ここの絵はかなり煤けてしまっていたので、京都の工房に頼んで「水洗い」したそうであるが、その折に見えるようになったという天女の絵もある。
ただ、残念なことに、拝観者の息などの影響か、ずっと鮮明だった岩絵の具にも劣化が出てきたため、もうすぐこれらの障壁画はすべて収蔵庫に収められてしまうそうだ。その後は精巧に複製したデジタルレプリカ(製作費・3億円!だとか)が飾られるという。
この傑作群を間近に見られるのは、今のうち!

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2004.09.15

関ヶ原のこと

慶長5年(西暦1600年)、9月15日、国内における日本史上最大の野戦が行われた。関ヶ原の合戦である。
徳川家康が勝利し、覇権を得て長き江戸時代の繁栄を築く決定的な契機になった戦いであるが、「家康が勝つのは自明だった」「そもそも石田三成ごときは敵ではなかった」「家康勝利は歴史の必然」などと言う意見を目にすると、やたら腹の立つわしである。
結果がわかっているから、そんなことがほざけるのである。
家康は、強大な実力をかさに着て、秀吉の遺命を踏みにじり続け、ついには豊臣家を滅ぼした、不義の覇王ではないか。たかだか20万石にも足りない身で、敢然と家康の野望に立ち向かい、雄大な戦略を立てて、家康に対抗できる勢力を糾合し、ついに決戦に持っていった石田三成、そしてその股肱として命を賭けた島左近に、わしは断固肩入れする。そして、西軍が勝つ可能性もいくらでもあった。「勝敗は時の運」なのである。
「勝ち組」でなければ何の価値もない、そういった考えには、なんとしても同意しかねるのである。

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2004.08.18

詩・夏雲に

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故郷の山脈の上に
天翔ける聖獣のような雲が輝く
夏の空はまばゆく澄み渡り
あがく俺は渇望した

星の雫を飲み
雲を食べて生きたいと

空と俺の間には
電線が走り
憎悪や嫉妬に濁る空気があり
俺の排泄物は大地を汚し
苦笑いして去るのだ

瞬時のきらめきを残し
夏雲は薄れて崩れ去る
それでも
俺の胸の中に築かれた
永遠の王国は・・・

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2004.06.23

イシさんにもらった御飯茶碗

chawan.JPG

イシさんのことは、この下の「友へ」に書いてあります。

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友へ

あなたの別れた奥さんが呼んでいたように イシさんとあなたを呼んでもいいかな
肩書きを付ければ陶芸家ということになるけど イシさんは自分を「焼き屋」と言っていた
電動ろくろで 精確な椀や急須を何十と造り 横に据えた電気窯で昼夜となく焼き上げていた
どんなに忙しくても 遊びに行くと歓迎してくれて 何時間も話した
家には拾った犬と 半分野良みたいな猫がいて 猫のウンチが粘土に混じったと苦笑してた
酒を飲んで 豚足をかじり いくら話しても飽きなかった
読んだ本は端から捨てるので家には一冊もないと言いながら イシさんはいろんなことを知っていた
愛車はおんぼろのフォルクスワーゲンビートル
僕の結婚式に招待したら 礼服は借りたが靴がないと言って 運動靴を履いてきたね
あなたの若い頃の話はまるで伝説を聞くようだった
結婚したが仕事がなくて 鴨川の上流で芹を摘んで毎日のおかずにしたとか
あんまり摘みすぎて 鴨川の芹は全滅したとか

拾ってきた犬「よっちゃん」はお腹に子供がいて イシさんはその貰い手探しに奔走
タウン誌に載せた情報で電話してきた相手が「どんな純血種?」と聞いたので
「ばかやろー、おれやおまえみたいな雑種だよ!」とわめいてた
何頭かは貰われていったけど 残った子犬をペットショップに引き取ってもらうとき
イシさんは一人で行く勇気がないと 僕を呼んだ
「何日かしたら こいつら保健所行きかなあ」と ビートルのハンドルに顔伏せてたね
僕に長男が生まれて 赤ん坊によくないから飼っていた猫をどうにかしろとばあちゃんたちが騒ぎ
インターネットまで使って貰い手を捜したとき 「いいよ」と言ってくれたのは
イシさん あなた一人だったよ

闘病の日々を僕は知らない
一度も見舞いに行かなかった 悔やんでも取り返しは付かない
優しかったイシさんはもういない
棺の中のあなたをみてから 一ヶ月が過ぎようとしている
あなたにもらったたくさんの陶器
「きずもんやから もってけ」といわれたそれは 今日も僕の食卓を飾ってる
ずっと 宝物だよ

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2004.04.27

チャンバラ幻想

「ラスト・サムライ」という映画がかなりヒットして、世界中でたくさんの人が観ているらしい。
わしは、映画館で「キル・ビルVol.1」を楽しんだときに、こいつの予告編を観ただけなのだが、腰を抜かした。
「キル・ビル」も、御覧になった方はわかるだろうが滅茶苦茶間違った日本が描かれておる。だがこっちの方は、誰にだってそうわかるからかまわん。
しかしなあ、「ラスト・サムライ」を観た外国人、いや、日本人でも若い層は、これを史実だと思う奴がほとんどだろう?
先にアニメ「犬夜叉」を、こんな戦国時代はありえんと書いたが、まったく同様に
「ラスト・サムライ」みたいな明治初頭は、全然ありえないんだぞ!

とはいえ、これまで日本映画も限りなく歴史考証の間違いを映像化し、一般に広げ続けてきた。わしもどっぷりそれに浸ってきた。
細かいことを挙げるときりがないし、単なるウンチクに過ぎんのでやめるが、一番危険なのは
「昔の日本人は、日本刀を主な武器に戦争をしていた」
というチャンバラ幻想である。
「ラスト・サムライ」も、抜刀した騎馬武者がくつわを並べて突撃しておったし、黒澤明の「影武者」などもそうだったが、ああいう光景は日本戦史上、ほぼ100パーセント、見られなかったらしい。
平安時代から鎌倉辺りまで、武士の主な武器は弓矢。大鎧を着た騎馬武者はもっぱら弓で戦った。
やがて南北朝時代辺りから歩兵の集団戦に移行するが、これも主たる武器は弓矢。接近戦では槍を主武器とするようになる。そして戦国時代、鉄砲が渡来すると、瞬く間にこれが戦場の主人公となるのである。
考えてみれば当たり前で、敵が矢を射てくる中で、誰だって刀だけ持って突撃したくはないだろう。
射程というか、有効距離の長い武器を持った方が有利に決まっておる。
にもかかわらず、江戸時代に平和が続く中で「刀は武士の魂」とか、「大和魂は不敗」とか幻想が跋扈するようになり、ついには「大和魂の保有者である忠勇無双のわが将兵が、万邦無比の霊器である日本刀を振りかざしてゆけば、向かうところ敵なしであるといった妄想」(「刀と首取り」鈴木眞也著 平凡社新書)にまで至るのである。
これが日本にどれだけ悪影響を与えたかは、半世紀前の大惨敗を見ればわかると思う。
今はまた戦前?という雰囲気が芽生えているこの時代、またぞろ、そんな妄想が復活するのは御免なので、わしは断固「チャンバラ幻想」を打ち砕く側に回ろうと思うぞ。

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2004.04.23

敗れし者に

敗れ去りながらも、歴史の流れに一瞬の光芒を残している者に、愛着を覚えてきた。
島左近、という侍がいた。生まれた年は定かではない。戦国末期の大和(奈良県)にあって、筒井順慶という武将に仕え、松蔵右近とともに「筒井家の右近左近」と並び称されたいくさ上手だったらしい。やがて筒井家から離れ、石田三成の懇願でその家老となり、徳川家康に対抗する。そして関が原における奮戦は、敵方の侍たちに語り継がれるほどのものだった。しかし、その最期は不明である。戦死説とともに、落ち延び、生きながらえたという説が幾つもある。
独立した武将でもなく、名乗りも清興、勝猛、清胤、友之などと、文献によって幾つもあって、その足跡もまた断片しかわからないのであるが、ずっと惹かれて来た。
圧倒的な「勝ち組」である家康に、敢然と立ち向かい、義戦に命を賭けた生き方が清冽に思えるのだろう。
ただし、彼も負けることを覚悟して闘ったわけでは無論ない。敗者の無残は身に沁みてわかっていたはずだ。
関が原に敗れ去った石田三成の城、佐和山城は、押し寄せる敵軍に包囲され、留守を預かっていた三成の父・兄をはじめとする一族は自刃。女子供もむごい運命にさらされたに違いない。
戦場で花と散ることだって、言葉のようには美しくない。誰だって、勝って、豊かに暮らして、平穏に余生を送りたい。
しかし、敗れ去るリスクを知りつつも、闘うことを選んだ心意気に、わしは憧れる。
それをかっこいい、と思うからこそ、わしは小説などを書けるのだと思う。
現実追認と「勝ち組」になることだけに意味を見出すひとには、わかってもらえないのかなあ・・・

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