2009.04.20

大阪海遊館

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もう先週のことになってしまったが、4月12日、大阪へ出かけ、久しぶりに天保山の海遊館を訪ねた。
そもそもは、息子の希望で、南港のインテックス大阪でのポケモンゲーム世界大会の予選に行ったのだが、こちらは一回戦で負けてしまい、時間が余ったので海遊館へ寄ったのである。


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ここ、はるか昔に嫁さんとデートに行ったことがあるだけだが、その時の記憶とほとんど変わってはいなかった。
あの時は確か、海遊館の隣の天保山マーケットプレイスに、知り合いの陶芸家さん(残念ながら、もう故人)が出店したのでお祝に行ったのではなかったか。

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淡水魚の水槽には、珍しい淡水エイが・・・

しかしなんといっても、螺旋状通路で観覧していく巨大水槽が、一番見ごたえがある。
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息子は、ゲーム大会惨敗のショックで意気消沈していたのだが、目の前を横切る巨大魚に目を見張り、たちまち元気復活。

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この館の目玉は、二頭いるジンベエザメ。どちらも4メートル余りの体長で、ジンベエザメとしてはまだまだ成長途上なのだが、その迫力はいつまで見ていても飽きないのであった。

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加えてこの日は、マンタ=オニイトマキエイが、水中で大回転を披露しているところへ出くわし、釘付け。

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去年の夏、神戸の須磨海浜水族園へ行ったが、あそこの展示と似た雰囲気で、クラゲコーナーもあった。

巨大水槽の海水魚のほか、淡水魚、ペンギン、カマイルカ、ラッコ、アザラシやアシカの展示も楽しめた。
また、ふれあいコーナーというのがあって、なんとエイや鮫が浅いプールに泳ぎまわっているのを、直接触ることができるのだ。
鮫はやっぱりざらざらしたサメ肌。そしてエイは、ビロードのように柔らかくゼリーのようにぬめぬめとした、想像を絶する感触でびっくりしたのであった。

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2009.02.10

「びわ湖バレイ」に行ってみた

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滋賀県の湖西に「びわ湖バレイ」というスキー場があるのだが、2月8日、家族三人で初めて行って来た。

わしは、長野県出身なのだが、スキーは社会人になってから2回やったことがあるだけ。
嫁さんも、近所にスキー場がいっぱいある兵庫県但馬地方の出身なのだが、中高生のときにやった経験があるだけ。
そして息子は、今回が初体験である。

山科からは、161バイパスと湖西道路で、あっという間に行けた。ほとんど40分くらいじゃなかっただろうか。
しかし、山麓からスキー場までの唯一の交通手段であるロープウェイには目を剥く長蛇の行列。乗るまでめっちゃ、時間かかりましたがな。
それで、スキー場到着は午後1時近く。山頂のレストランでバイキング食べて、滑り始めたのは午後2時。

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いやもう、息子はスキー履くなり、転びまくっておったが、2時間くらい悪戦苦闘すると、なんとか山頂の平地で滑れるようになったのであった。
で、わしら親は、彼を支え、倒れたら引き起こし、暴走しないように停めることで精いっぱい。
自分たちが滑った時間は、ほんの10分くらいでしたな(笑)
まあそれを見越して、リフト券は買わず、一度も乗ることもありませんでした(苦笑)

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それにしても、びわ湖バレイ、山頂からの景色は実に素晴らしかった。
琵琶湖のほぼすべてを眼下に見渡せるのである。
写真がちゃんと撮れなかったのが残念でなりません。
また行こう。今度はリフトにも乗って、わしもスキーらしいことをしよう。
しかし、ろくにスキーしなかったにもかかわらず、翌日はからだ中筋肉痛。歳だなあ・・・


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2009.01.26

琵琶湖の水と空

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ちょっと、想い屈していたので、琵琶湖へ行こうと思い立った。
車をとばして、30分余り。

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ほとんど人のいない大津湖岸なぎさ公園。
水上警察の横から、大津港に長く突き出した埠頭を歩いて、突端まで行く。
水と空だけが見える。

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一面の曇り空。
WALKMANから聴こえるゴシックメタルの荘厳で過激な音楽に浸りつつ
思い切り背を反らし、空に息を吐いた。
少しは、体と心に溜まった毒が、出て行ったかな・・・

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BGM:Within Temptation 「Forgiven」

[1月23日の日記より]

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2008.11.10

懐旧の奈良

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このところ、嫁さんが「仏像」の魅力に目覚めて、奈良に行きたいと言う。
息子に大仏さんなど見せたいと思ってもいたので、11月2日に、家族で行ってきた。


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嫁さんが見たかったのは興福寺の特別拝観だったのだが、おりしも奈良国立博物館で「正倉院展」開催中。
そのため、この日の奈良は尋常でない人出だった。
JPで奈良駅に付き、バスに乗ったのだが、5分も走らないうちに大渋滞で立ち往生。
仕方なく降りて、歩いて行ったのである。
まあ、ほどなく奈良公園に着いたのだが、目当ての興福寺の特別拝観もまた、行列であった。

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息子はというと、仏閣など興味なくて、シカせんべいをシカに食べさすことに熱中。

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とりあえず、猿沢の池のほとりで、弁当を食べてほっこりした。周りの景色は、懐かしいばかりだが、池の中はというと、ミシシッピーアカミミガメ(通称ミドリガメ)だらけで、びっくりする。

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結局、特別拝観の五重塔初層や南円堂を見るのはあきらめ、宝物館で、懐かしい阿修羅像や仏頭を拝観した。
繊細で凛々しい阿修羅のおもざしなど、魅力尽きないのである。
しかし息子にはかなり怖かったらしい。そりゃーまー、薄暗い古い建物の中に、6本腕とか、首だけとか、異形の
モノが居並んでいるのだからなあ・・・

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東大寺に向かって歩いていると、木造で和洋折衷の不思議な建物があった。
明治35年に建てられた、「旧奈良県物産陳列所」だそうだ。1980年まで、奈良国立文化財研究所庁舎だったとのこと。平等院鳳凰堂をモデルに、洋風を加味して作ったと説明板にあった。奈良なのになんで、宇治の平等院をモデルにしたのかと思うが、まあ、おおらかな時代であったのかな。

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東大寺もかなりの人出で、大仏殿内の柱の穴くぐりには、長蛇の列。残念ながら息子をくぐらせてやることはできなかった。
懐かしいなあと思ったばかりで、目的があまり果たせず心残りの奈良行きになってしまったので、また今度、のんびり行ってみたい。

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2008.09.03

龍に鼓舞されて

ペンネームにもハンドルネームにも「龍」の字を使っているわしである。
「龍」に憧れ、心惹かれているのはもちろんである。

お盆に帰省したとき、東京在住の妹もやってきていて、
「これ、使って」
と渡してくれたのが、「龍」一文字を彫った落款印。

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東京都美術館に行ったときに買ったそうだ。
うれしいプレゼントだった。

8月20日には、須磨海浜水族園で、世界最大の淡水魚・ピラルクーが群れをなして泳ぐ水槽に釘付けだった。
赤く彩られた鱗におおわれた巨体は、まさに龍魚。

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このところ、天候は荒れ模様。
山科は普段から雷が多く、そんな時の空は渦巻く雲が龍に見えたりする。

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龍に鼓舞されて、停滞していた執筆活動も再開しようと思う。
書きかけの小説に本気で取り組む。
BGMは、中島みゆき「銀の龍の背に乗って」かな?

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2008.08.29

八月の足跡・3

息つく暇もなく、22日には、嫁さんの故郷・兵庫県朝来市和田山へ。

竹野海岸に海水浴に行く予定だったのだが、21日あたりからえらく涼しくなり、天候もぐずついていたので、海はあきらめ、神鍋高原に泳げる温泉があるというので、行ってみた。
Kannabe

道の駅に隣接して「ゆとろぎの森」という温泉施設があり、水着着用で幾つもの温泉を回れるようになっていた。
木造の懐かしい造りでありながら、いろいろ工夫があって楽しめた。
温泉の中では写真が撮れないので、一番思い出になったシーンがないのは残念。
Kannabe2

そして23日は、和田山地蔵まつり。
7時半から、3000発の花火が円山川をはさむ山々にこだました。
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Jizomaturi
街中は、たくさんの屋台と人波で、普段の静かな様子と異次元である。

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鄙びた「ふるさとの祭り」の雰囲気と、過ぎゆく夏の風情・・・

Kyotokikan
京都に戻ると、空の雲はすっかり秋の気配だった。


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八月の足跡・2

8月20日、JR西日本ポケモンラリーの第二段。今度はJRに乗って、神戸三宮へ。
そしてここを基点に、東西の駅でスタンプを集めて回る。

一番西は舞子、一番東は甲南山手であった。
舞子では、明石海峡大橋が見えたが、向こう端は霞んでいた。
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駅を降りてスタンプ集め、また乗って帰るだけではあまりに殺伐としているので、須磨海浜水族園も見に行った。
ここは、阪神淡路大震災前、嫁さんと行った思い出の地である。
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その後、阪神淡路大震災で、水族園の魚も全滅したと聞いて心痛んでいた。
見事復活して久しいが、やっと再訪できたと感慨深かった。

入ってすぐの大水槽は、思っていたより小さく感じたが、息子はサメだのエイだの、巨大な海水魚に興奮。
Suma3

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海の隣にあるので、海水魚がたっぷりと見れる。


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淡水魚も、巨大なピラルクーが群れをなして泳いでいて大迫力。
最大の淡水魚であるこやつは、龍みたいでほんまにかっこええ!

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歴史ある水族館で、いわば瀬戸内海の生物大博物館である。
これはシャチの骨格だが、恐竜とみまごうばかり。

魚だけでなく、タコやイカ、イソギンチャクやクラゲなど、ほんまにいろいろ。
ラッコやイルカのショーなど、全部は観れなかった。広大な園の規模と多彩な展示。加えて、夏休みならではの人の多さ。
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また、一日掛けてゆっくり観てまわろーな!
と、息子と誓い合いつつ、残りのポケモンスタンプ集めに戻り、山科に戻ったのは夜7時半。疲れた~~~。

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わしは、鉄道ファンというほどではないのだが、駅の風情と旅情は好きである。しかし、あまりに強行スケジュールになる、このポケモンラリーというやつ・・・たまりません。でも、またやるんだろうなあ・・・(苦笑)

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八月の足跡・1

今年の夏も、例年と同じように長野県と兵庫県へ帰省をしたほか、少年サッカーの合宿や、ポケモンスタンプラリーなどなど、忙しく過ごしていました。

Gasshuku
まず、8月1日から3日までは、少年サッカーの合宿。
わしも、保護者コーチとして一緒に練習に付き合い、バテバテになったものの、楽しかった。
健康診断の血液検査の結果が飛躍的に改善されるというおまけも(笑)

Toukimaturi
8日には五条坂陶器まつりに出かけました。

Toukimaturi2
買い食いしつつ、楽しく見て回ったものの、今年は何も買わなかった。
気に入ったものは必ず、予算オーバーなんだもんな・・・

10日からわしの故郷、長野県飯田市へ帰省。
ずっと天気が良くて、空と緑が輝いていた。
Iidadenen


Iidahanabi


Iidakumo


Kanaesho

実家の近所に棲みついているオナガの群れ。盆も正月も姿を見る。
Onaga

16日に飯田から京都へ戻り、翌日、JR西日本ポケモンスタンプラリーで、まずは大津や京都市内の駅を。

Umekoji
大津・山科・京都・梅小路蒸気機関車館・丹波口・二条・円町・花園・太秦・嵯峨嵐山・東福寺・・・これを全部、車で回ったのである。疲れた~~~

Umekoji2
梅小路公園のレストランではじめて食事をしたが、建物と庭が綺麗で、何時間でも居たくなった。


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2008.01.22

お客さんのおかげ

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京都に住んでいても、名所めぐりなどはそうそう日常的にするわけではない。
それで、時々「とても有名なところで、すっかり行った気になっているが、実はまだ」という場所があることに気づくのである。
岩倉、幡枝の「円通寺」がまさにそうだったのだ。

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東京から京都を訪ねて来られたhayateさんと、朝食を摂ったのは北山通り、地下鉄北山駅から程近い「進々堂北山店」。ここも初めて足を踏み入れた・・・ようなそうでないような記憶の曖昧さ(苦笑)。

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朝食メニューが充実していて、わしはスクランブルエッグのセットを注文したのだが、ごらんの充実振り。焼きたてのパンを籠に入れてテーブルまで回ってくれるし、珈琲はお代わり自由だし。ついつい朝食にあるまじき大食をしてしまったが、hayateさんとは中身の濃い話が出来た。

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そして、ここからは岩倉まで山を越えればすぐである。「円通寺」は、深泥ヶ池の横の道を車で行くとほんの10数分。(ただ、すれ違いの難しい細道のうえ、傾斜率25パーセントという強烈な坂道)

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門を入ると蝋梅が薫り高く咲いていた。

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比叡山の借景で知られる庭園をじっくり眺めた。
確かにここから見える比叡山はかたちが良い。
苔に埋まっている庭石が見事で、混ぜ植えの生け垣とあわせ、雄大な景色を幻視させてくれる。

ただ、ご住職?と思われる個性的な声の説明が、ずうっとスピーカーから流れていた。独特な節回しで、なんだか浪花節を聞いているような気になる。もうちょっと静かに、ぼおっとさせてくれへんかな・・・・

残念ながら天気が悪くて、風光は冴えなかったし、なにより吹きさらしの高床の建物で恐ろしく寒かった。
それでも、拝観できたのはありがたかった。はるばる来られたお客さんに相伴させてもらったおかげである。

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2007.12.17

泥だらけの栄光

去年の秋に、息子が地域の少年サッカー団に入団。
わしに似て運動神経はあんまりなく、体力もなく、器用でもない彼が、不思議に一度も練習を嫌がらずに頑張り続けている。
ところが彼ら2年生チームは、人数が少なく、チームワークもまるでなく、試合をするたび負けっぱなし。
見かねて、わしら父ちゃんたちが「保護者コーチ」となって立ち上がり、叱咤激励を続けてきた。
5月から試合に参加するようになったのだが、初勝利を得たのは10月末であった。

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昨日、12月16日、小雨そぼ降る滋賀県のグランド。
泥だらけの小さな戦士たち。

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試合前には、壮烈に美しい虹が空を飾った。

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雨を弾き飛ばし、寒風に逆らって走り、やつらは戦い抜いた。
最初の試合に1-1で引き分けたが、闘志に火のついたやつらは、以後、怒涛の攻撃。
第二試合、9-0。第三試合、8-2と圧倒的勝利。
その後、15分だけの練習試合を2回やったが、こちらでも、3-0、3-1と勝利を重ねた。

勝てなくて、罵声をとばしあい、うつむいて、めげて帰ることが多かったけれど、
子どもたちは、親が思っていた以上に成長し、たくましくなってた。
彼らの泥だらけの足、泥はねだらけの笑顔を、わしらは無性に誇らしく思ったのである。

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2007.11.28

滋賀の皇子山

11月23日、勤労感謝の日。仲間と親子連れで集まって、滋賀県大津市の皇子が丘公園へ行き、バーベキューを楽しんだ。
朝方は曇っていたけれど、次第に空も晴れて、伸びやかに過ごせた。

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公園内は紅葉・黄葉が美しかった。
わしは、ここに来たのは初めてだが、つい最近、息子は小学校の遠足で来ていたし、京都・滋賀の人々にとっては親しみ深い場所なのかと思う。

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バーベキューを企画した仲間には「皇子山公園」と教えられたが、地図を見ると「皇子山」の名を冠しているのは陸上競技場などを含む運動公園のほうで、こちらは「皇子が丘公園」らしい。

園内に、公園の由来を書いた碑があった。「皇子」の名前は、天智天皇の皇太子・大友皇子にちなむらしい。
皇位継承戦争となった「壬申の乱」に敗れた悲劇の皇子である。彼が、天武天皇となる大海人皇子の軍勢に敗れて自害した地が「皇子山」であるそうだ。

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思えば、近江の地にはそんな悲愁漂う歴史が重なっている。
わしが今書き続けている「醜斑神-琵琶湖水妖記-」は、そんな近江と琵琶湖へのオマージュなのである。

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わしらがバーベキューした近くには、こんな葉っぱの高木がたくさん植えられ、その紅葉は真紅から黄色まで、様々な色で目を楽しませてくれた。ネットで知り合ったツルリンドウさんに教えてもらったところから類推すると、この木は北米原産「アメリカフウ」で、たぶん平安神宮近辺の街路樹と同じ。


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そしてたぶん、その木の実であろう。爆弾か機雷か、モヤっとボールみたいな形が面白い。

また、ここは戦後、占領軍の住宅やグランドとなっていたところを、粘り強い返還運動を展開して返してもらい、公園や運動場として整備したのだという。
いにしえの皇子の名前に、太平洋戦争の苦渋の歴史も重なっているのである。

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2007.10.03

10月の空気

近所の田圃の畦に、彼岸花が盛んに咲いている。
夜、東山トンネルを山科へ抜けて、目に入る夜景が澄んできた。

10月。
彼岸花は咲いていても、赤とんぼはもういない。
夜の虫の音は、寥、寥、と聞こえるばかり。

中原中也の詩集なんぞ、何年ぶりかに開いて
透明になっていく空に
「汚れっちまった悲しみは・・・」
なんぞと呟いてみる。

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2007.08.27

和田山の花火

去年も紹介したけれど、今年も嫁さんの郷里・兵庫県の和田山で「地蔵まつり」を見た。
8月23日、各町内でお地蔵さまを祀り、飾り物を作って展示する。町の大通りをほぼ埋め尽くすほど露店も出る。
かつては、踊りの行列なども華やかに練り歩いたが最近はそれはなくなってしまったと、土地の古老が嘆いていた。
それでも打ち上げられる花火は盛大で多彩で鮮烈。

甚平姿で、ケータイしかもって行かなかったので、あまり写真は撮れなかったけれど、見ごたえある花火でした。

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2007.08.08

夏の朝

夏になり、我が家の恒例・滋賀県朽木でのキャンプなども行ったりしたのだが、何分日々あわただしく、ろくに写真整理もできてません。

でも、とにかく夏。
小さいころ、夏休みというのは特別な時間だった。
あんなに胸ときめかせてすごすときはなかった。

もうそんなときはめぐってこないかと思っていたが
息子が小学校に入ると、夏休みがまたきらめきだした。
写真は、息子と、朝のラジオ体操に行った時に撮った。

向日葵も、里芋の露も、忘れてた夏の朝の輝きだった。

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よし、がんばって夏の間は早起きしてラジオ体操・・・
と思っていたら、なんとこの行事、7月いっぱいで終わってしまったのよ!
いまどきはなんつう軟弱なん!
とか呆れてたのであるが、
普段嫁さんに叩き起こされるまで寝ほうけている自分に言えた義理かよ・・・

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2007.06.16

琵琶湖博物館の魚たち 2007

昼はやたら陽射しが暑く感じられるようになり、今日などかなりばてました。
先週行った琵琶湖博物館の魚たちの写真で、少しは涼んでいただければ。

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2007.06.13

うちの猫にかこつけて

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あ~あ、わし、今まで何してきたんやろ。恥ずかしいわ。

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へ! いまさら何言うてんのん。

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2007.03.22

飯田の珍しいもの

またしばらく郷里の長野県飯田に帰省しておりました。
すっかり更新が空いてしまいましたので、とりあえず飯田での写真を。

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これは、中央自動車道飯田インターチェンジを下りてほどないところにある、「飯田城」という名前の和菓子屋さんです(苦笑)
困ったことに、この「飯田城」は、本来の飯田城=別名・長姫城とよばれる旧飯田潘の城郭とはまったく縁もゆかりもない場所に建っているのです。

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しかもこの模造天守は、諏訪の高島城(これも近代に再建された時代考証のあやふやなモノ)をモデルにしているらしいとか。結構しっかり作られていてかっこよく見えるんですけどね。

というわけで、飯田を訪れる方々、この「お城」を見て「これが飯田の古城か」と勘違いされることなきように。
まあ、ちゃんと名物「赤飯まんじゅう」ののぼりも翻っておりますし、そんなことはないかと思いますが(笑)
ちなみに、いろんなお菓子やお土産を売っておりまして、わしも今回「桜きんつば」を京都へお土産に買ってきました(^^)

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あと、今回飯田で観た珍しいものというと、このオナガという鳥です。
実家のお隣の庭に、数年前から群れで飛来するようになり、青い体色と長い尾が実に優美です。
カラスに近縁の種類で、非常に頭が良くて敏感で、なかなか写真に撮らせてくれません。
ただ、姿のわりに声が悪いのが玉に瑕。それと、母によれば、「来始めたときは小さくて可愛かったんだけどなあ、むくむく大きくなっちまって、今じゃふてぶてしくて憎たらしいくらいだに」とか(笑)。

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2007.03.05

京都も飯田も春景色

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またしばらく飯田へ帰省していたのですが、長野県とは思えぬ暖かさで、すでにこちらも梅の花が馥郁と香っておりました。

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目覚めた虫を餌にしようというのか、野鳥たちがやたら人里に下りてきているらしく、オナガ・シジュウカラ・ジョウビタキ・ウグイスなど、家の窓から10種類ほども姿を楽しめました。畑にはこの写真のツグミがいて、どうやらずっと住み着いている様子。

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さて、4日の日曜に京都に戻ってみれば、コートなど着ていられない暖かさ。今日5日に、東山の法住寺に行ってみると、門前の梅はほとんど散り、境内の枝垂れ梅ももうすぐ終わりという雰囲気。

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本堂前の紅白混じって咲いている樹は、見頃でした。

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2007.01.31

第三回京都検定1級・受験結果

本日1月31日、第三回の京都・観光文化検定試験の結果が郵送されてきました。
わしが受けた1級の受験結果は
「合格まであと24点です。」とのこと(泣)
昨年は「あと29点」だったので、ちょっとだけましに(苦笑)

参考データとして
受験者数:670名(昨年度803名)
合格者数:91名(昨年度36名)
合格率:13,6%(昨年度4,5%)
平均点:95,7点(昨年度85,9点)

とのことでした。
わしの得点は96点で、まさに平均点(^^;)
自己採点よりもだいぶ辛いです。
今回の問題は、前回に比べて易しいと感じていたのに、焦りと緊張で、常識的な問題を幾つもしくじったのが痛かった。
さて、次はどうしましょうかねえ・・・

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飯田の風情

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ようやく母も退院できて、ひと段落つき、京都に戻ってきました。

飯田に居た間、一日だけ、旧市街を歩く機会があり、わしにとっては懐かしいような目新しいような、城下町の風情にちょっとだけ触れてきた。

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長姫(おさひめ)城のもとに、城下町として発展した飯田は、規模は小さいが碁盤の目の町並み、掘割などを備えていた。そのままでいればさぞかし今も風情ある街だっただろうが、残念ながら昭和20年代に大火に見舞われて、古い建物をほとんど失ってしまった。
最初の写真は古い商店の土蔵を観光遺跡的に残してあるもの。そしてこの写真は旧市街から松川に下りていく「愛宕坂」に残る木造建築。城下町の遺構とは言えないが、このあたりは古い趣を感じるのである。

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わしは、その旧市街から愛宕坂を下り、松川を渡った旧下伊那郡鼎町で生まれ育った。この写真が、愛宕坂からの旧鼎町の眺望である。わしにとって、旧市街はいわば「山の手」とも言うべき「ハイカラな街・飯田」だったのである(苦笑)。鼎が飯田市に合併されたのはわしが京都に来てからで、いまだにわしは、故郷を飯田というのがなんとなく落ち着かないのだ。

例に漏れず、飯田もまた旧市街は寂れ、郊外に出来た大型店が人を集めるようになった。水の便が悪くて田圃が作れず、桑畑と果樹園ばかりだった旧鼎町の高台にそうした大型店が次々と出来て、いまや24時間営業の店も幾つかある有様。
そんな状態への打開策らしく、旧市街に「トップヒルズ」という名前の高層建築が最近作られている。なんというかかつて飯田の目抜き通りに「銀座通」と付けたような情けないネーミングだが、さて、どうなっていくのであろうか・・・

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2007.01.16

飯田の雪景色

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病院と実家の行き来の毎日に、なにより慰めとなったのは、ふるさとの山の変わらぬ美しい景色であった。
穏やかな正月で、空も澄んでいた。

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しかし、二日ほど雪の日があり、10数センチは積もった。家の前の雪掻きをしなければならないが、それでも豪雪地帯に比べれば、何ほどのこともない。

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病院からの帰り道、夕闇の中の風越山は雪雲を背にしてかなり凄愴であった。飯田もときに、ゆきのまちとなる。雪景色の中に点る家の明かりが、なんとも懐かしいのはなぜだろう・・・

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2006.12.28

京都と飯田・行ったり来たり

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12月19日に、実家の母が急病で入院したため、急遽飯田に帰省。
今日28日に京都にとりあえず戻ってきました。
しばらくは、京都と飯田、行ったり来たりの暮らしが続きそうです。
まあ、飯田でもネットカフェを見つけましたし、なんとか頑張っております。
そんなわけで、年賀状も書いておりませんが、皆様、ご容赦を。

来年はよき年となりますように。

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2006.12.19

ありがたい一日

今日、12月18日は、京都に初雪があり、大原などに積もった。洛中には降らなかったようだが、北山、西山はうっすら白くなっているのが遠望できた。
そんな寒い日だったが、京都ファンブロガーのhayateさんと午前中、会う事が出来て、わしにとってとてもありがたい助言をたくさん頂き、感謝すべき日となった。

朝9時に待ち合わせたのは、三条堺町下ルの「イノダコーヒ本店」。
名高い喫茶であるが、わしも入るのは初めて。しかし懐かしい感じがして落ち着ける店であった。

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ここ、イノダコーヒ(コーヒーと伸ばさないのがこだわりらしい)の看板メニュー「アラビアの真珠」というブレンドは、砂糖もミルクもあらかじめ入って出されるんだけど、ちゃんと注文のときにそう断ってくれる。わしは普段ブラックを飲んでるけど、まずはお店に敬意を表し、砂糖ミルク入りを頼んだ。正解であった(^^)

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でもって、hayateさんとの話も弾み、場所を移して、今度は寺町御池下ルの「スマート珈琲」。
2杯目でもあり、ブラックで飲んだが、これも喉に触ることなく飲める一杯。hayateさんは名物メニューのホットケーキを注文され、わしも少し分けてもらったが、甘さ控えめの爽やかな味であったよ。
ここもわし、初めて入ると思っていたが、どうも昔、映画見た帰りに、そんな老舗と知らずに何度か入ってたような気がする(苦笑)

hayateさんと昼頃までミーティングしたあと、錦小路まで一緒に行った。
今日、仕事が休みの嫁さんから「錦で海老買うてきて」と頼まれていたのである。昼食に「海老チリソース」を作る予定であった。
まだ歳末の雰囲気になっていない、普段の錦市場をぶらつき、何軒か魚屋さんを覗いて、一匹80円のブラックタイガーを8匹買って帰った。
食べるのに夢中で、写真に撮るのを忘れたが(^^;)、これ、大変美味かったよ。ひとり4匹で大満足(^^)

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そして、晩飯の楽しみは、嫁さんが職場でもらってきた「スグキ」であった。
酸っぱい茎という名前のとおり、乳酸発酵ばっちりの酸っぱい漬物なんだけど、わし、これ好きなのね。
しかし、こうやってまな板に三株も置くと、なんか異様な生物みたいだ(苦笑)

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切って鉢に盛ると、まあ、何とか食べ物に見えますか?(笑)
あまりの酸っぱさに、嫁さんも息子も食べないので、もっぱらわしが、ごはんのおかずと酒のあてに消費します。

ありがたい、美味しい一日でした。

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2006.09.24

小説家宣言

このblogのプロフィールを見てもらいますと、
「主夫兼小説家」と書いてあります。

小説で食べていけるだけ稼いでいない現状では、そう書くのが適当と思っておりました。
もうひとつ、小説をそんなにしっかり書けていない、特に量的に圧倒的に書いてないという日常でした。

いろいろと機会は与えてもらっていました。
何度か賞の佳作などもらい、そこを突破点にがむしゃらに発表の場を獲得していけたはず。
しかし、子育てに追われる日常、体調のトラブルなど、目の前のハードルにくじけ、小説家としての覚悟は不十分のままでした。

今、3つの小説と格闘しております。
どれも、自分に命じた締め切りを守る事が出来ず、恥じながら、書いています。
そして愚鈍で怠惰な自分も、やっと、覚悟を固めています。

改めて、小説家を宣言します。
器用でないわしは、いろいろな文章を売り物に出来る「作家」にはなれません。
架空の物語、小説にすべてを託します。

去年も、夏前に似たような決意を語って、blog休止を宣言したのでした。
またか、と嘲って頂いて結構です。
すぐ逃げる自分に叱咤し、喝を入れるために、ここにまた宣言します。
弱くてずるくて情けない自分を見つめながら
それでも、胸を張って。

わしは、小説家です。

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2006.09.01

夏の記憶3・光

夏の光、今年もまた、鮮烈に目を射て

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2006.08.29

夏の記憶2・炎熱

なんだか、過酷なまでに暑かったと思う、この夏・・・
それでも生命は、輝いていた

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2006.08.27

夏の記憶1・夕空

この夏、記憶に残った「夕空」を集めてみます。

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2006.08.26

但馬の夏

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嫁さんのふるさとが、但馬=兵庫県北部で、毎年、地蔵盆のときに帰省します。
今年は、息子を初めて海水浴に連れて行きました。
何年ぶりかで訪れた竹野海岸は、お盆過ぎの平日で人も少なくなっていたけれど、青い空と緑の山、澄み切った碧い海は、目を見張るほどに美しかった。こんな海で初めての海水浴が出来た我が息子はなんと幸せなんだろうと感じ入ったわしです。

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嫁さんの両親が住む和田山は、毎年8月23日が「地蔵まつり」。辻辻のお地蔵様を綺麗に祀り、お供えをするのは京都と似ています。町の中心は車をとめて、屋台が並んで賑わいます。

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そして、町に沿って流れる円山川から、3000発の花火が打ち上げられて夜空を飾ります。
ほとんど真下まで近寄って見ることも出来、迫力なんですが、じいちゃんに言わせると「昔はもっと腹に響くごついのをうったモンじゃが、このごろはちいさいちいさい」とのこと。

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和田山の町には、古い洋館の医院があって、今も現役で活躍中。祭りの明かりに浮かび上がる姿はとても風格がありました。

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2006.08.20

ふるさと飯田のお盆

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息子を連れて、ほぼ一週間、長野県飯田市に帰省しておりました。
関西では初盆(はつぼん)といいますが、飯田では新盆(しんぼん)といい、去年のお盆以降に亡くなった人が居る家は、門の外に盆提灯をつるし、室内に祭壇を作って、お見舞いを受けます。
わしも、何軒か新盆見舞いに回りました。
そして飯田では、新盆の家には親戚からはこの写真のような「切子灯篭」が贈られます。うちは浄土宗で、ほかの宗旨の場合はどうなのかは知りません。この「切子灯篭」大変凝っていて美しいものです。ほかの地方では見られないらしいです。
「仙台の七夕飾りみたいだ」と、よそから来られた人が感心していました。

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うちの菩提寺はそれほど大きくも有名でもないですが、竹を洒落た形に切って、なかに蝋燭を灯し、美しい灯りで参道をライトアップしていました。今年が最初かどうかわかりませんが、わしは初めて見ました。

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石段、門前の地蔵や馬頭観音、鐘楼を兼ねた三門、本堂前の参道と、竹の明かりはほのかに、清らかに照らしていました。

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親戚の新盆見舞いに行った帰りに撮影しました。
もう夜も更け、お寺には参詣の人影はひとりもなく、竹の灯りと本堂内だけがきらめいていました。

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2006.08.03

3回目の朽木(くつき)

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一昨年、去年に続き、夏の家族キャンプに、滋賀県高島市朽木へ行って来ました。
キャンプと言うても、いつも「グリーンパーク想い出の森」の、エアコン完備の快適なバンガローに泊まるのですが(苦笑)
ここは京都大阪からすぐに来れるので人気が高く、夏休み期間の予約はかなりの激戦です。

ちなみに、朽木は鯖街道の途中にあり、1287年に佐々木高綱の子孫・義綱が朽木氏を名乗って以来、明治維新までずっと朽木一族が支配してきたという土地。歴史的にも民俗的にも興味深いのですが、まだそっちのアプローチはしておりません。もっぱら家族と自然を満喫するばかり。

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パーク内には、丸太の巨大アスレチックやグラウンドゴルフ場、「くつき温泉てんくう」(プールつき)などが揃っていて子供と遊ぶに事欠きません。

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夜はもちろん、バンガロー備え付けの野外グリルでバーベキュー三昧ですが、今まで肉を食べすぎていろいろ障害があったので、今回は「村井フィッシングセンター」で釣ってきた虹鱒を焼いたり燻製にしたり、ダッチオーブンでパンを焼いたりと、なるべく肉の摂取を減らしました(笑)

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テレビもラジオもパソコンもない夜は静かで長いです。
最初の夜は素晴らしい星空も見えました。
「プラネタリウムで見たとおり!」と息子も興奮。

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朽木で随一の古刹・興聖寺は、「足利庭園」で有名なのですが、それはまたの機会として、去年から我が家はこのお寺の門前お菓子屋さんともいうべき「栃の実庵」をひいきにしております。

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ショーケースにはケーキや団子、店内に煎餅や駄菓子系など、たくさんのお菓子が並ぶ中、窓際には自然木のテーブルが三つあって、シフォンケーキや珈琲が美味しいです。

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窓から見える安曇川沿いの、鯖街道の景色は、しみじみ、山村の懐かしさを感じさせてくれます。

行き帰りには湖西を走り、琵琶湖の景色も楽しんで、「滋賀の美しさと温かい人情」を満喫して京都に戻ってくるのでした。

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2006.07.21

雨の中で

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降り続く雨の中
杉苔の緑は鮮やかにして目に優しい
心の疲れも汚れも落としてくれそうなほど

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2006.07.14

行って来ました

しばらく書き込みが出来ませんでしたが、
まず、モデムが壊れまして、インターネットが出来なくなりました。
そして、交換のモデムが届く前に、故郷に帰省しなくてはならなくなり、留守にしておったのです。
本日13日、無事に戻ってきまして、留守中に嫁さんがちゃんとモデムを交換し、復旧してくれていたので、ここに久しぶりに記事をアップします。

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故郷の長野県飯田市も蒸し暑かったです。リンゴをイメージしたJR飯田駅で、久しぶりに電車に乗りました。
乗客のほとんど全部が高校生で、なんかくすぐたったくも懐かしかったです。
制服の着こなしなど、もう都会と差はないけれど、少年少女たちの雰囲気はあんまりわしらの頃と変わりなかったような・・・

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飯田の象徴というべき風越山(ふうえつざん)も、ずっと山頂は雲に隠れていました。
毎日、夕立のような短時間の雨がありましたよ。

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忙しくて、観光などする余裕はなかったけれど、親戚のおばさんが名物・五平餅を届けてくれたので喜んで頂きました。飯田の伝統的な形はこの、円盤を複数串に刺すもので、わらじ型はよそが起源のようです。

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京都に戻ってみると、駅の売店の缶ビールにも、鉾の絵柄。祇園祭のさなかでしたね。

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2006.06.22

ムシキング、羽化!

去年の夏、息子がカブトムシ・クワガタにいたく興味を示し、アーケードゲーム「ムシキング」にはまりまくっていたほか、実物を捕まえることにも熱中した。
コガネムシ・ハナムグリ・カナブン・カミキリムシなどはいっぱい捕まえたものの、カブト・クワガタは自力では捕まえられなかった。しかし、長野県の実家や、伏見稲荷の茶店などで親切に分けてもらって、2つがいのカブトムシを大切に飼っていたのである。

秋になり、虫たちは次々と命終えていったが、カブトムシの最後の一匹は、なんと11月半ばまで生きていた。
そのあと、飼っていたケースを片付けようとして仰天!
カブトムシのケースにも、コガネムシたちのケースにも、幼虫たちが育っていたのである!

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食料となる腐葉土を取替え取替え、霧吹きで水分を補給し続け、飼育すること半年。
コガネムシ10数匹とカブトムシ4匹が蛹となった。
そして5月からコガネムシが成虫となって地上に出現。
ついに6月中旬には、最初のカブトムシが羽化して、たくましく這い出してきたのである。

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最後の一匹の羽化は昨夜12時ごろ。
「ジュウジュウジュウジュウジュウ・・・・」
という微かな音と共に、長い角が腐葉土の中から突き出してきた。

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出現したのは、立派なオスのカブトムシ。オス3匹、メス1匹が成虫となったが、最後に羽化したこいつが一番大きい。

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息子は大喜びで毎日カブトムシを見て触っている。
「メスが足りないから、あと2匹お嫁さんを連れてきてやらないと」
などと言うておる(笑)
そして毎日、近所の友だちが
「ムシキング見せて!」と遊びに来るのである(爆)
ディスプレイ画面の中で華麗にたたかうムシキングではないけれど
(こいつは、「トルネードスロー」はできへんで、○○くん・笑)
実物の迫力はやはり、子供たちにとっても魅力的らしい。

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2006.06.20

琵琶湖博物館の魚たち

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滋賀県草津市にある、滋賀県立琵琶湖博物館。年に何度も訪れるお気に入りの場所です。
梅雨の時期でも、ここの大きな水槽で魚たちを見ると涼やかで時間を忘れます。

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日本最大の湖・琵琶湖を詳細に展示している博物館ですが、なんと言うても、琵琶湖の魚たちが沢山観れるのがありがたい。上の写真もそうですが、巨大なチューブ状の「トンネル水槽」は水の中に入って見ている気分になれますね。

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これぞ琵琶湖の主・ビワコオオナマズ。体長1メートルはありそうです。大ていは底にじっとしてますが、こいつだけ珍しく、頭上高いところでのんびり泳いでました。

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これも、琵琶湖特産種のビワマス。大きくなると50センチくらいになるそうで、これをメインターゲットにしていた漁師さんも琵琶湖には多かった。わしはまだ、食べたことないんですが。

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色素異常で黄金に見えるナマズもいます。ビワコオオナマズじゃなくて、ふつうのマナマズ。琵琶湖にはもう一種、イワトコナマズという特産種(余呉湖にもいるが)がいて、これは最高に美味いそうですが。

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他にも琵琶湖には、ホンモロコ、スゴモロコ、ワタカ、ビワヒガイ、ニゴロブナ(鮒鮨にするやつ)などなど、特産種がいっぱいいます。それらが象徴する豊穣な生態系が、多くの人の生活を支えていました。
その琵琶湖の魚を貪り食って迫害しまくり、悪名高いのが、このブルーギルとブラックバス(オオクチバス)。
しかし、別に魚が悪いわけじゃなく、よそから運んできて放流した人間に罪があるんですが。
わしも、よくこいつらを釣って楽しませてもらった人間です。外来魚の問題は書くと長くなるんで、別の機会に。

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琵琶湖産ばかりじゃなく、外国産の淡水魚も多く展示されてますが、この中国産・ケツギョは、くっきりした模様が一匹一匹違っていて見飽きなかった。ブラックバスに近い種類の魚です。

水族館だけでも、詳しく見ていると数時間はあっという間ですが、ほかにも見どころ多いのは言うまでもありません。
交通の便が悪いので、車で行くのがお勧め。
HPはこちらです。

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2006.04.21

飯田の古刹の枝垂桜

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雨模様の中、新幹線で名古屋へ行き、夜8時発の飯田行き高速バスに乗った。
10時半に郷里に着き、弔辞を清書して眠った。
翌日の葬儀は、阿弥陀寺という、飯田の古いお寺で行われた。
雨は上がり、仁王門越しに、大きな枝垂桜が見えて、満開であった。
樹齢400年の素晴らしい樹で、雄渾な枝ぶりに見惚れた。
葬儀の間中、その花びらが散り続けていた。
故人は、幼い日々、このお寺の境内で遊んだという。
そして、桜の花が大好きだった。
この枝垂桜は
91歳で亡くなった故人が、幼い頃見上げた花と、変わることなかっただろう。

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2006.03.31

桜・吹雪

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花冷えというには余りに寒すぎた今日3月30日、まさかと思っていたら、ついに雪が降った。
車を運転していて、前が見えなくなるほどに降りしきるときすらもあった。
昨日、ライトアップされているのを撮影した岡崎の枝垂桜にも、雪は降りかかり、桜吹雪ならぬ、桜に吹雪という稀な景色だった。

そして、二年前の春によく聴いていた「桜・吹雪」という歌を思い出したのである。
ちょっと特殊なCDだったから、今はもう、CDショップで見かけることも稀かと思う。
歌詞を引用すると著作権違反になるらしく、もどかしいのだけど
麗しき少女が「神様なんていない だけど誰か信じたい」と絶唱するのを聴くといまも胸がうずく。

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2006.03.30

淡路島旅行

家族で淡路島へ一泊旅行へ行って来ました。
息子の保育園の卒園式を終えたその足で、愛車マーチ(旧型)で高速道路を突っ走り、京都から2時間で到着。

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高台にある、ハーブをテーマにした宿泊・温泉施設『パルシェ』というところへ泊まりました。

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いろいろなハーブを漬け込んだ露天風呂から、海に沈む夕陽が見えて、身体も心も洗われる思いでした。

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翌日は、「イングランドの丘」という、農業テーマパークみたいなところで遊びました。ここに咲いていた菜の花が、この旅では一番印象的な花でした。
親戚が企画してくれた旅行だったのですが、淡路島は全島至る所に観光スポットがあり、様々な施設が出来ていてびっくり。今回はほんまに駆け足だったので、また、ゆっくり行って見たいと思いました。

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2006.03.23

土筆(つくし)

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家族で近所の空き地で土筆(つくし)を摘むという、実に春分の日らしいことをしました。
しかし、生えている土筆の数は余りに沢山。わしはすぐに飽きて、近くの梅の花など撮影してたのですが、嫁さんと子どもが夢中になって摘み続け、気がつくと一時間。スーパーのビニル袋は、はちきれそうなほどに・・・
「どないすんねん、これ?」
「うー、とりあえず頭とハカマを取って、茹でてアク抜き・・・」
2時間ほどかけて、全部頭は取りましたが、ハカマは総量の四分の一くらいとったところで音を上げました。
そんでも茹でると、ほんのり紅くなり、ダシ醤油をかけて食べると春の味わいがしましたよ。

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2005.12.12

京都検定1級に大苦戦

昨日、12月11日は、第二回京都観光文化検定試験の試験日でして、今回わしは、今年から始まった1級に挑戦しました。
勉強不足だったのは痛いほど自覚しておりましたが、わしにとっては予想以上の難問で、おそらく6割くらいしか点を取れなかったと自己採点しております。合格基準は8割とのことですので、あかんやろな~(涙)
まあ、やっと余裕が出来ましたので、挑戦レポートをぼつぼつ書きます。とりあえずご報告まで。

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2005.12.06

冬の訪れ

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募る寒さの中でも、まだ京都の山々は紅葉に輝いていましたが・・・

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ついに今朝、12月6日は雪です!

あわただしい時期ではあるけれど、師走はわしにとって、京都が一番京都らしく感じられるのです。
南座の「まねき」、ロームのイルミネーション、13日の「事始」、何箇所かの「大根焚き」、14日の山科義士祭、21日の終い弘法、25日の終い天神、31日のおけらまいり・・・
風邪やインフルエンザに気を付けつつ、気張ってまいりましょう(^^)


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2005.11.28

酒バトン

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アクアリウムさんから、「酒バトン」なるものが、少し前に回ってきました。
遅くなりましたが、酒は好きなので、やってみたいと思います。

酒バトンとは、次のような問いに答えを記して回して行くものらしいです。

1・今、冷蔵庫にはいっているお酒の容量は?
2・好きな銘柄は?
3・最近最後に飲んだ店は?
4・よく飲む、もしくは思い入れのある5杯
5・お酒が入るとココが変わります(こんな癖がでます)
6・お酒が絡んだ最大の失敗
7・ジョッキを渡す人

では、わしの回答

1・今冷蔵庫に入っているのは、上の写真のものです。
ドメーヌ・リュユ ボージョレ・ヴィラージュ ヌーヴォ 2005
つまりは、先頃解禁になったボージョレ ヌーヴォ」の一つらしいのですが、詳しいことは存じません。知り合いから貰ったものでして(^^;)
しかしこのところ、飲むのは赤ワインばかりです。血管や身体に、割と良いらしいと言う事で(苦笑)全然「ワイン通」というわけではなく、買うのは安いものに限り、銘柄などこだわるどころではありません。

2・好きな銘柄というても、特になくて、何でも飲みます。体調によっても変わりますしね。
ただ、混ぜモノや添加物のない、材料の良いものを選びたいです。

3・最後に飲んだ店は、このblogでも書いた、八月末の鴨川の床です。もう3ヶ月も前ですな。

4・☆学生時代、一時期、いつも行動を共にしていた先輩・「徳ちゃん」と、「戦場(^^;)」で飲んだバーボン「I・W・ハーパー」。あの頃、ウイスキーは値が張って、輸入モノを飲むのは特別なときだった。
  ☆独身時代、下宿のすぐ側にあった行きつけの飲み屋で、店主のおっちゃんとしみじみ語りながら飲んだ滋賀県の清酒「萩の露」。
  ☆中学時代(爆)、台所で見つけたジン(多分サントリーのだったと思うが)を自室に持っていって、量もわからずストレートで飲んだ。気がついたら次の日の昼だった(オオバカ)。
  ☆小学校時代(もはやなにをかいわんや)、親戚の結婚式に出席し、祖父ちゃんと一緒に座った。祖父ちゃんは全く飲めない人で、体調も悪かったのか、わしに膳を食べていいといって早く帰った。ありがたく料理を平らげた上に、お膳に載っていたお銚子を、調子に乗って一本空けてしまった。
  ☆結婚してほどない頃、スーパードライはじめ、ビールの新製品のラッシュの時代があった。その中でわしがいたく気に入ったのは「ワイルドビート」というやつだったが、全然売れなかったらしく、すぐに姿を消した。思えば文字通りあの頃は、ビールにとってもバブル時代だったのだなあ。

5・お酒が入ると・・・変わらないつもりですが、どうも行動が荒っぽくなるようで、友人T氏がわしの好きだったアイドルの悪口を言った途端、持っていた酒を顔にぶっ掛けたり、友人T氏と一緒に、歩道に並んでいた自転車を目に付く限り全部薙ぎ倒したり、友人T氏と・・・いや、昔のことです、もう時効です(大汗)

6・お酒が絡んだ最大の失敗は・・・そんなこと、別にないなあ?思い出せません(爆)

7・お酒を無理強いするのはあかんと思いますので、好きな人は、バトンを持っていってください。特に指名はいたしません。

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2005.11.15

秋の一服

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毎年、秋に恒例になってるとあるイベントに出かけた日曜日、京都も北のはずれなので、紅葉はかなり進んでました。

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いつもはこの肉、わしも焼く係なんですが、今回は座ってご馳走になっただけ(^^)
でも、大人並に食べるようになった息子に、ほとんどとられてしまいましたが(;;)

京都は今日・15日夜に入洛する米大統領のための警備で、てんやわんやになってますな。
迎賓館のある御所は完全封鎖、周辺道路はマンホールを封印、京都駅のロッカーは閉鎖、ゴミ箱も撤去、市内全域検問だらけ・・・
京都議定書にサインもせんと、ただでさえ人の多い時期に、ようまあ、来はりますな、「藪」はん。

昨日14日の夕方、見慣れないヘリコプターが、京都上空を旋回していた。
灰色の軍用機のような塗装で、かなり大型の機体が、タイトな2機編隊で、威嚇するように低空を飛んでいた。
警察のものでも自衛隊のものでもなさそうで、気になったので検索してみたら、なんと、米大統領専用ヘリで、訓練飛行で御所に離着陸していたのだという。
京都新聞電子ニュースによると、4機飛来してたらしい。

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2005.10.31

入院してました

しばらくblogの更新が出来ず、コメントくださった方には大変失礼しました。申し訳ありませんでした。
実は、わし、入院していたのです。

10月20日の朝、突然右手右足に力が入らなくなり、立つ事さえ出来なくなったので、覚悟を決めて救急車を呼び、緊急入院。
なんと、脳梗塞でした。入院直後は症状が進行して麻痺が進み、右足は指を動かすことすら出来なくなったのですが、治療を受けると目覚しく回復し、数時間後には全く機能は回復しました。
その後、夕方に一時的に軽い麻痺がありましたが、翌日からはそれも出ることなく、28日に無事退院。
現在は自宅で、体力の回復に努めております。
日常生活に支障はありません。土日と家族で出かけたりもしました。

こうしてまた、blogの記事を書けることに感謝しています。
倒れたとき、真っ先に思ったのは「まだ、小説もほかのことも、書きたいこと、やりたいことが一杯ある、これからなんだ!」という思いでした。
今は、回復できた喜びとともに、これまでの生活や考えを省みています。
今までのようには更新できないかもしれませんが、blogも続けます。
とりあえず、ご報告まで。

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2005.10.17

秋のひそやかな足音

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大乗寺からの帰り道、石段を歩いていると、かろん、ころん、と何かが石に跳ね返る音がする。振り仰ぐと、楓と竹の葉の緑がまぶしい。

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音は、このどんぐりの実が、参道に落ちる響きだった。さざ波のような葉ずれのなかで、竪琴をはじくような、澄んだ軽い残響を残して心地よかった。

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旧東海道の坂道を下れば、田圃の畦道の面影を残す山科の隘路に、秋の祭礼ののぼりがはためく。

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我が家の近くまで戻ったとき、路傍の田畑のふちに、コスモスが高く胸を張るように咲いていた。


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2005.09.27

真紅の渦

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近所の田圃の畦(あぜ)に、彼岸花がたくさん咲き誇っている
稲を刈り終えた田園風景は、地味で和やかなのだが、この花の色彩はあまりに鮮烈だ。
それでも、違和感を覚えないのが不思議である。

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2005.09.25

再開にあたって

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休止するときにあれだけ決意を述べた以上、再開にあたっても、ちゃんと説明しておかねばならないでしょう。

わしが第一の優先課題とした、小説の執筆、それについて、「逃げない自分を確信できたら戻ってくる」と、そう書きました。
現状を正直に述べるならば、小説の土台となる構想、メモ、骨格などは出来上がってきましたが、まだ本文は一行も書いておりません。しかし、もう、沸き立つ溶岩となって気持ちの中には文章が溢れています。
逃げない自分、確信できました。
同時に、小説を書くだけでは満足できない自分も十分にわかりました。
物書きとしてのわしに、このblogはもはや、欠くことのできないものとなっていました。

ただ一人、風に向かって立つ気概を忘れることなく
blogやネットで得た絆も、強めて行きたいと思います。

☆写真は、四条通の一角。夕暮れに向かって佇む鷹は、石像です。


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2005.09.24

秋の声

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夏のきらめく輝きは過ぎ
されど
野は色づく
--------------------
本日をもって、このblogの休止を解除します。

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2005.07.30

僕が僕であるために

このblogを始めた頃は、なんの方針も持っていなくて、ただ思いついたことを記していました。
やがて、小説をここで連載し始めました。
まだ自称小説家の域を出ないわしのでも、多くの人に読んでもらえるからです。
なかなか、書くことへのテンションを維持できない怠惰なわしでも、反応がもらえると励みになると、
「背水の陣」で始めたつもりでした。
自分で撮影したデジカメ写真と組み合わせることで、思いもかけぬ作品が生まれて、わしは夢中になりました。

同時に、デジカメを通して、自分の住む京都の魅力を再確認しました。
京都の写真を掲載するblogが幾つもあったことに大いに刺激されたこともあります。
中でもilikewalkingさんの「京都・哲学の道案内」の作り方に影響されました。
わしもそれに習って、京都の美しい景色や風物を発信すると、敏感に反応が返ってきて手応えを感じました。
そんな中では、「わしにしか書けないモノ、独自の視点」と突っ張って、存在感を主張してきたつもりだったのです。

気がつくと、blogに載せる写真を撮ることを最優先に考えている自分がいました。
なかなかそれが出来ないことに苛立っていました。
わしがなすべきこと、わしが、最優先すべきことから逃避して、京都の写真を撮りに行きたがっていました。
京都の写真を載せると、何よりも・・・小説よりもずっと、たくさんの反応が返ってくるからです。
その、快感に取り付かれて、わしがわしであるためになすべきことから、目をそらしていました。

ほったらかしにしていた、書くと約束した小説があります。
ひとつは、ここで連載している「流れのほとりで」ですが、
もうひとつは、歴史・時代小説です。
枚数は四百字詰め原稿用紙500枚。
それを、なんとしても書き上げなければなりません。
それこそが
「僕が僕であること」の証なのです。
わしの志は、小説家として立つことにあるのです。

このblogを見てくださった方、コメントやトラックバックを下さった方々、
深く感謝しています。
しかし、怠惰なわしは、皆さんとの交流の楽しさに「逃げて」しまっていました。
小説を書くことは、自分の力量の限界と、真っ向から向かい合うことで、
大変苦しいのです。
書くたびに、もっと上手く書けるはずだと、原稿を破き、煩悶し、諦めと戦い続けるのです。
そのしんどさから、目をそらして、
「今日だけは楽をしよう」と、blogに浸り、約束の原稿にはいつまで経っても取り掛かれず。

そんな中、最近交流した「コトモノBLOG」のモヨコさんが、blogを締めて、新たな出発をされたことに衝撃を受けました。
「僕が僕であるために」の歌が、わしの胸に響き始めたのです。

今は亡き歌手・尾崎豊が作った歌です。
歌詞を紹介したいところですが、著作権侵害になるので、まだご存じなくて、知りたい方はCDを買うか、レンタルして下さい(苦笑)

僕が僕であるために、わしは、小説の完成に向けて、もがきながら突き進みます。
しばらく、このblogは休止します。
でもほどなく、わしの文章を、お目に掛けることが出来るようにしたいと思います。
逃げない自分を、確信できたら、戻ってきます。

このblogを見てくださった方
コメント、トラックバックを下さった方
本当にありがとうございました。

祇園祭の七月も終わります。
京都の華やかさと陰翳に魅かれて
ここを住処と定めたわしです。
ここで、小説を書いていきます。

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2005.07.26

ちょっと避暑

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山科に住んでいて良いことの一つは、すぐに琵琶湖へ行けることです。
大津市の湖畔に立つ「浜大津アーカス」は、京都中心部に行くよりも便利に映画が観れることに最近気がつきました。で、これはその四階からの眺め。

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出航していく観光船・ミシガンを噴水がお見送り。

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琵琶湖畔から、比叡山ドライブウェイに駆け上れば、涼風に吹かれてこういう景色も楽しめるのです。通行料は高いけど(^^;)

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ミシガンとか、ビアンカとかの観光船は、まだ乗ったことがありませんが、観ているだけでも楽しい。
かつては、京都から水泳に行く人で夏の琵琶湖は賑わい、湖西にはいまも水泳場がいくつもあります。今は「バーベキュー」を楽しみに行く人が多いのではないかと思われ、夏の琵琶湖畔は、京都の庶民の手軽な避暑地なのです。

☆ポレポレまるこさんの「まるこの京都散策日記」に、琵琶湖の水泳場のことが書かれています。

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2005.07.19

何をしていたかというと

祇園祭の宵宵山、宵山、そして山鉾巡行も行かず、どこで何をしていたかと申しますと
滋賀県の山の中で、バンガローを借り、↓こういうことをしておりました。

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夕暮れ迫る松林の中・・・

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まずはバーベキューを!(^^)

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日が暮れれば、近所の温泉へ。途中、アスレチックや雨天運動場の上に輝く月に見惚れ。

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翌日は朝から釣り。5歳の息子も自力でニジマスをキャッチ。

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ルアーでも釣れた。塩焼きやバター焼きにして食べました。

後は温水プールで泳いだり、昆虫採集に朝昼夜と歩き回り、朝市で栃餅や取れたて野菜を買ったり・・・
ずっと観たかった戦慄的に美しい蛾・オオミズアオをついに撮影でき、また甲虫類を何匹も捕まえたりしましたが、そっちの写真は割愛します(^^;)

さんざん祇園祭のことを書きながら、クライマックスのときに京都にいなかった不届き者をお許しください
m(__)m
でもおかげで、リフレッシュできたので、また京都案内と小説を頑張ります!

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2005.07.12

ムシキング大会に初参戦

え~、唐突ですが、京都とも小説とも全く関係のない話で申し訳ありません。
興味のない方は、あっさりスルーしてくだされ。

日曜日は、祇園祭の鉾立てを、夕方に見に行くつもりだったのが、とんでもないことになった。
実は、息子が夢中になり、ついに嫁さんもわしもはまってしまった、アーケードゲーム「ムシキング」の大会にこの日の午後、初めて参戦し、それが思いのほか長引いて、鉾立て見物どころでなくなってしまったのである。

ムシキング、については上のリンクを参照してくだされ。
最近、おもちゃ売り場にやたら、この関係のものが増えているのをご存知の方もおられるだろう。
簡単に言えば、コンピューターでCG画像を映し出し、カードを使って戦うじゃんけんゲームなのだが、
戦うキャラクターはすべて、実在のカブトムシ、クワガタムシなのである。
ヘルクレスオオカブトだの、ギラファノコギリクワガタだの、この世のものとは思えぬ巨大な甲虫が熱帯地方にはいるのだが、それらに強さのランク付けをし、ダイシャリンだのハヤブサだのサイクロンホイップだの、プロレス風の派手な必殺技を付与し、画面で戦わせるわけ。
甲虫たちは、画面の中でまるで怪獣のように咆哮を上げ、地響き立てて激突する。じゃんけんで勝つと技が発動し、敵の体力が減少。体力ZEROになると負けなのである。
一般的にはゲーム機のコンピュータ相手に戦うのだが、「ともだちとたたかう」という対戦モードがあって、それを利用してトーナメントや勝ち抜き大会が全国で開かれているわけ。
遅まきながらムシキングにはまった我が家は、ついに近所の●ガワールドで行われた大会に、意気込んで参加したのである。

熱心に遊ぶ息子は、ゲーム機相手だとほとんど負けを知らないまでに習熟。
しかしまだ保育園児なので、一人だけでエントリーは難しかろうと、「親子タッグ」トーナメント大会に申し込んだ。
エントリーは一週間前で、「リングネームを付けてください」というので、「チームひっさつ(必殺、ね^^;)」と付けた。
タッグを組むのはわしであるが、息子のほうが強いのはもちろん、実は嫁さんのほうがわしより、強いのである。
「おとうさんは、じゃんけん弱いからなあ、足引っ張らんといてや」
とほざく息子と嫁さんに、くそーと思いつつ、しかしどきどきしながら大会の日を迎えた。

32組が参加していて、わしら「チームひっさつ」の一回戦は最後から3番目の試合だ。待つこと一時間半・・・常連らしい出場者たちは、慣れたふうに淡々とゲームをこなしているが、わしらは初めて見る試合の雰囲気に興奮。息子は緊張に唇をきっと結んでいる。
大丈夫だ、最強の虫「ヘルクレスリッキーブルー」で戦うんだろうが、と励まし、ついにわしらのデビュー戦。
息子のリッキーブルーと組むわしの虫は「グラントシロカブト」である↓
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相手も父子タッグである(母子タッグも結構多い)。そして先攻はどっちも子供。おないとしくらいの男の子だ。
対戦するのは、おお、息子のリッキーブルーの通常タイプ、ヘルクレスオオカブト。どっちも強さは最高の200。
さあ行け!
あ、何でそんなに早くスイッチを押すのだ(汗) もっと落ち着け。そうだ、タッチするタイミングをはずすな・・・げ!負けっぱなしではないか。
ほとんど良いところのないまま、敵の「合体必殺技」を食らって、息子の虫は撃沈されてしまった。青ざめてわしにタッチする息子。敵は二匹ともほとんど無傷である。既に相手は交代してパパがわしの相手だ。
敵の虫は「ヒルトゥスヘラヅノカブト」で、わしの「グラントシロカブト」よりも強さのランクは上。タッグの相性(相性が良いと合体技のパワーがあがるのだ)を優先して、強さでは少し不利な虫を選んだわしだったが、一匹だけになってしまった今は、圧倒的に不利だ。

ところが、わしのグラントシロカブトは、鬼神の如き奮戦を始める!
なんと、ほとんどじゃんけんに負けずに、ヒルトゥスヘラヅノカブトをあっさり撃破。頭をかいて子供と交代する相手のパパ。
さあ敵は、強さがこちらの倍もあるヘルクレスオオカブトだ。めらめら闘志を燃やして、わしは必死に敵の手を読む。
あいこを挟んで、こちらの究極必殺技「スーパートルネードスロー」が連続して炸裂。
黒マントの司会者(ゲームセンターの従業員のお兄さん)が、「すごいぞ!グラントシロカブト、大奮戦だ!」とマイクで絶叫する。
うしろから息子が必死に叫ぶ「おとうさんがんばれえ!」
しかし、敵の技も決まるとダメージが大きい。わしの方は体力がレッドゾーンに突入。あと一回、じゃんけんで負けたら終りだ。しかし、特殊技「あいこやぶり」「特殊ふうじ」も発動させて勇戦力闘。再びスーパートルネードスローが決まって、ついに敵もレッドゾーンへ。そして、あいこの連続。あいこやぶりのために、こっちの体力は減らず、敵の体力だけが減っていく。
隣の試合が終わってしまっているため、会場中の視線がこっちに集まっている。どよめきが背中を打つ。
「いい勝負やなあ」
なに、わしは賞賛されている?なんて晴れがましさ・・・
あと一撃、あと一撃決まれば、勝てる。
「あいこでもおとうさんの勝ちだ!」息子の叫び。

最後は、チョキでグーに敗れたのか、それとも究極必殺技を狙ったパーがチョキに撃たれたのか、よく覚えていない。
観戦用大画面に火花を散らして、わしのグラントシロカブトは散っていった。
茫然と画面を見上げる息子の頭を撫でて、観戦していた嫁さんのところへ戻る。
「すごい、よく頑張ったね!」
興奮とか感激とかにはいつもほとんど縁のない嫁さんが、目を輝かせ声を弾ませて迎えてくれた。
その懐へ飛び込んで、息子は泣き出した。
全精力を使い果たし、へろへろになりながら、わしは近来稀な満足感でいっぱいだった。
一回戦敗退。でも、最後のじゃんけん大会まで残り、誇らしくわしらは、会場をあとにしたのである。

・・・そのおかげで、物凄い渋滞に巻き込まれ、鉾立てを見にいけなかったばかりか、夕食を摂ったのは9時近くになるという目にあったのだが、充実した一日だった(笑)
 あほな自慢話を最後まで読んでくださった方に、深く深く感謝します。

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2005.06.12

入梅(つゆいり)の木陰に

namegon
近畿地方梅雨(つゆ)入りと宣言された。うちのマンションの生垣の下、こんな生き物を見つけた。
写真のネジの長さが大体2センチくらいか・・・可愛いでしょ?
「紫陽花にカタツムリ」が風物詩ともてはやされるけど、ナメクジだって梅雨空の下、生き生きとしてます。

oom
そのナメゴンのすぐ近くにいたのが、この王蟲だ。(笑)
こいつは、上の写真のネジの半分くらいもありました。正式な和名はダンゴムシ。つかまえるとボールみたいに身体を丸めるやつです。

曇り空でも、雨に打たれても、日々の暮らしをしっかり営んでいこう・・・

☆注 
ナメゴン
  =昔「ウルトラQ」という特撮番組に出てた怪獣
王蟲
  =オームと読む。
   「風の谷のナウシカ」に出てくる巨大節足動物

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2005.05.27

小京都・飯田市

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今まで、わが故郷・伊那谷という風に記してきたが、わしの実家の在所は、長野県飯田市である。
市としては長野県で最南部にあり、天竜川の西岸、木曽山脈の東、独立峰・風越山の麓の扇状地にある地方都市だ。

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1600年ごろに、京極氏が城下町を整備し、碁盤状の町並みを作り上げたので、街の風情が京都と似ることになり、いつからか「小京都」の名が冠せられることになったようである。
この写真は、飯田最古の道標で、「南は三河(=愛知県)へ、北は善光寺(=長野市)や甲斐(=山梨県)へ、西は木曽へ通じる」ということが記されている。

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道標の置かれた辺りは江戸時代の繁華街の中心で、今も土蔵を持つ古い造りの商家が結構見かけられ、城下町の風情がとどめられている。

しかし、わしが故郷を「伊那谷」と書き、飯田と書かないのは、この城下町の雰囲気の中で育ったのではないからだ。
わしの育った頃、実家は下伊那郡鼎(かなえ)町だった。飯田の街並から、松川の流れを挟んですぐ南側に位置する人口1万ばかりの小さな町。わしが京都に来てほどなく、飯田市に吸収合併されたのである。
小京都としての飯田の風情は、わしにとって「憧れのとなりまち」であって、故郷のものではないのだ。
憧れの街という点で、飯田は京都と重なっているといえるかもしれない。
だが、わしが京都に親しみを覚えたのは、飯田の街と似ていたからではない。

その理由は、再開する「流れのほとりで」で記す事になろう。

・・・って、思わせぶりでかっこつけててすみません(^^;)

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2005.05.25

復帰のご報告

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また、一週間ほど故郷・伊那谷に行っていました。
山々の緑は目に沁み、谷を吹き渡る風は甘く、川の水は澄んでいました。
でもちょっと疲れて、京都に戻ってもへばっておりましたが、なんとか復活です。

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2005.05.15

鯉料理が結ぶ京都と伊那谷

koiryori
写真は、GWに帰省したときに食べた、伊那谷の郷土料理・鯉の旨煮である。
山国である長野県では、宴席のメインディッシュとして、鯉が用いられてきた。
特に鯉を筒切りにして砂糖・醤油・酒・味醂で煮付けたこの料理、はらわたの美味さがこたえられない。
海産物がたやすく手に入るようになった今でも、鯉の味は、信州人のDNAに訴えるものがある・・・といったら大げさかな。

海から遠い地、ということでは、いにしえの京都も同じであった。
ゆえに、京都の伝統的料理では、鯉は最上のランク付けをされているのである!
伊那谷と同じなのである!
オスを洗いにし、腹子を持つメスを、鯉こくや、飴煮にするという。
宮廷料理である「有職」、その食の儀式である「式包丁」で扱う、やんごとなき魚が、鯉なのである。

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2005.05.10

わが谷は花の園

ゴールデンウィークに、わが故郷・伊那谷に家族を連れて帰省した。
谷は花と新緑で輝いていた。

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伊那谷有数の古刹・開善寺では、300株に及ぶ牡丹の花が真っ盛り。
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大きな藤棚もあって、無数の花房が垂れていた。近くの屋台から、おでんやカキ氷を買って、藤の花を見ながらのんびり味わった。

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三門は室町時代初期の中央(つまり京都)の建築様式を、今に伝えるそうである。江戸時代に楼上に樹が倒れて、二階部分を失ったものの、多くの戦乱・火災を耐えて来た。虫食いだらけの柱と装飾のない木組だが、荘厳である。少し前はシャクナゲの花に囲まれていたようだ。

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実家の近所の田は、一面のレンゲ。見はるかす南アルプスには残雪。

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リンゴ園には白い花が咲き、八重桜もまだ残り、桐の樹には紫の花。庭木のハナミズキもさやかに開いて、風越山は花の園を見下ろしていた。


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2005.04.21

街角おもしろ物件

京都を歩き回っていたら見つけた、ちょっとした面白いものを紹介。

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京都国立博物館で開催中の「曾我蕭白~無頼という愉悦」展の宣伝のぼり。
「円山応挙がなんぼのもんぢゃ!」だったんですな(笑)

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御池通を歩いていたら、お店の中になにやら異様に輝く自転車が!
金箔屋さんが製作した、24金・黄金箔貼りのものでした。

garage
我礼寺というお寺の表札・・・ではありません(笑)

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2005.03.10

香住の土産・小説新連載のお知らせ

nihonkai
曇天に霰。荒海と断崖が壮絶。日本海の冬の光景の典型かな。

kasumiduru
但馬の自信!銘酒「香住鶴」。汽車の旅には、ワンカップに限る(おっさんクサ~;;)。

amarube
余部(あまるべ)の鉄橋はやはり、壮観。しかしこれも、架け替えの計画が進んでいる。

kani
安く買ってきたカニ。残念ながら香住産ではなく北海道産。足も一本ない。でも味には満足。

というわけで、かなり精神はリフレッシュできたので、そろそろ、新たな小説連載を始めます。
舞台は京都ですが、長野県伊那谷とも関わっていきます。
あまり長くはしないつもりです。(原稿用紙30枚が目標)

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2005.01.17

阪神大震災10年

@nifty:NEWS@nifty:阪神大震災10年、犠牲者の冥福を祈る(ロイター)

追悼の言葉が、テレビから聞こえている

僕は、どんな言葉を贈ることができるだろうか

平凡で、それだけに幸福だった沢山の生活が、あの日に瞬時に崩れ落ちた
絶望と失意が溢れ、悲しみは果てるともなく続いた

あの頃、僕は被災した人々に
何一つ掛ける言葉を見つけることができなかった
そして、被災した地にいた友だち、知人は
今も、あの頃のことを、口ごもる
「わかってもらえるようなもんやない」

あの頃、京都を離れることができぬまま、僕は
被災地へ向かう救援の車、ボランティアの人々を見かけると
力いっぱい手を振った
乏しい財布から僅かなカンパをした
そんなことしかできることはなかった

あれからも、僕は自堕落に生き
いろんな大切なことを忘れ
沢山のかけがえのないものを失くして・・・

それでも、いまここに、生きている
言葉をつむいでいる
大切ないのち
かけがえのないもの
それを守り続ける覚悟
僕の言葉に、魂を刻む 決意
                  2005年1月17日

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2005.01.06

碧空

konpeki

碧空に白雲 旗の如く翻り
我が行く手を鼓舞す
奮起せよ

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2005.01.04

わが谷は真白なりき

masiro
帰省した日に雪が積もり、翌日、もっと積もり、わが谷は真白でした。

真白になっても、すべてがリセットされるわけではないが、新年を始めるには、嬉しい景色だったかもしれない。
何年ぶり?いや、何十年ぶりかに雪掻きをしたのも、新鮮であった。

本当に大切なものを見つけ出して
余分なものを振り捨てて
真白な道に
勇気を持って歩みだそう

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2004.12.29

わが谷は緑なりき

「わが谷は緑なりき」
というのは、西部劇の巨匠・ジョン・フォードが西部でなく、イギリスのウェールズの炭鉱町を舞台に撮った映画である。これ、わしは、高校時代に故郷でテレビで見た。切なく熱く、ノスタルジアと人間賛歌に満ちた傑作。

そして、わが故郷は、伊那谷である。長野県の南部、赤石山脈(南アルプス)と木曽山脈(中央アルプス)に挟まれ、天竜川が中を貫く。
風はさやかで、空は澄み、優しい方言の、わが谷。
わが谷は、緑なりき・・・

今日、年末年始を、わが谷で過ごすために出発します。
遣り残したことが一杯あるのに悔いつつ、なんとか無事に激動の年を乗り切れたことに感謝。

この一年、わしを力づけ、励まし、支えてくださった、沢山の皆様にお礼申し上げます。
では、皆様、良いお年を!

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2004.11.20

紅葉2

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小説のほうは、いまだに真夏のあたりなので、秋の写真が使えないままに終わるかも、
と焦り、少しアップしてみます。
山科にある小さなお寺で撮りました。

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2004.11.17

紅葉

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団地の中にある公園で
何気なく拾った
あまりに綺麗な一枚の葉

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2004.02.28

とりあえず

始めてみることにします。
GO!

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