2007.03.30

届かぬ想い

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    届かぬ想い

稚い心に 何を思ってか
あの頃の僕は 黄昏の切ない懐かしさばかりを
追い求めていた

年経て 黄昏の光がわが身に纏わりつく
そんな年齢になると あの頃のノスタルジイを
僕は忘れたふりをした

でも どうしようもなく切ない夜には
あの日 どうしても言えなかった少女への想いが
胸を掻き毟るんだ

そうとも あの日 あの子は あんなにも
僕を呼んでいたのに 求めていたのに
僕は傲慢にも振り返らず
遥かな地平に続くと信じた道へ踏み出したのだ

届かぬ想い

少女の面影だけが
いま
黄昏の光の中で煌く

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2006.09.17

野良猫みたいに

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野良猫みたいに

なんもかもサボって
シブヤとかうろついてるあたしたちを
野良猫みたいだって?

行き場所がないからね

あたしを捨てたのは誰さ?

振り向いてくれないのは誰さ?


流行の服とアクセサリー拾って
とりあえず笑ってれば
ここなら誰か声掛けてくれるよ

読者モデルになりませんか?なんてさ

もっと顔が小さかったらなあ
もっと脚が長かったらなあ
もっと目が大きかったらなあ

もっとイイ人たちに拾われたならなあ

あたしだって・・・野良猫にならずに

ちぇ
トラックバックもできないのかよ

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2006.09.06

確かなものなど何もないけれど

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確かなものなど何もないけれど

 世界の果てから滑り落ちてしまいそうで
 あの頃のきみは 爪を立ててもがいていた

 「天文台で 星を見て一生過ごせれば良いなあ」
 憧れて そう何度も言っていたね

 天かける星たちに比べれば
 ぼくたちは砂粒みたいで
 何一つ確かなものなどなかった
 いつだって傷ついていて 弱虫で卑怯で
 曲がった胸の中に抱えた心臓の鼓動以外
 何一つ変わらぬものなどなかった

 昨日まできらめいていた星が 
 唐突に暗黒の淵に消える 
 世界だって、今夜滅びるかもしれない
 ぼくたちのちっぽけな足跡など
 だれが覚えているだろう

 それでも
 きみの瞳がどんなに美しかったか
 ぼくがどんなにかきみを好きだったか
 ぼくは忘れない
 行くあてなんかないけれど
 どこまでも一緒に行くと決めた

 確かなものなど何もないけれど
 今は このいのちを抱きしめて

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2006.06.10

清冽な闘志

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息子の小学校の運動会を見に行ったら、
走り、たたかう子供たちの姿が、ひたむきで
まぶしいくらいに綺麗でカッコよかったのである。

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もちろんフォームは全然整っていやしない。
まだ未発達の肉体はギクシャクしてる。
でも、彼らからほとばしる、清冽な闘志!

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勝ったからって何にも報酬なんかない。
それでも、全力で走る。
それが、一番気持ちいいからである。

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アニメの戦闘シーンのBGM(半妖・犬夜叉)の轟く中、
騎馬戦だってやるのだ。
壮絶な一騎討ち!
女の子だって、一歩も引かずに渡り合うのである。

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ただ、ひたすらに全力を尽くしてたたかったことは
珠玉の思い出になるだろう。
さあ、どこまでも駆けていけ!子供たち!
その、清冽な闘志を抱いて。

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2006.02.20

さよなら・茨木のり子

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茨木のり子と黒田三郎が
青春をのたうってた俺の光明であり
彼らのような詩を作りたかった

凛として立ち、ジャンヌダルクみたいに
俺を叱咤した茨木のり子の詩
純情でボロボロで困ったオヤジで
だから大好きだった黒田三郎の詩

俺が真似して書いた詩は駄作ばかりで
誰の心も打つことは出来なかったが
今も俺は書き続けてる
俺にしか書けない何かを

「自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ」
  (詩・自分の感受性くらい・最後の部分 同名詩集より)

茨木のり子の叱咤は今も俺を鼓舞する

「    紙風船
 落ちてきたら
 今度は
 もっと高く
 もっともっと高く
 何度でも
 打ち上げよう
 美しい
 願いごとのように」
(詩・紙風船 詩集「もっと高く」より)

黒田三郎の呟きは今も俺の胸を潤す

押入れにあんたの詩集があったはずだと探したけど
あれは、詩友tokuちゃんが持ってたんだ
彼が茨木のり子なら、俺は黒田三郎を買うと
どっちかが持ってたら借りればすむと
だから、俺はあんたの詩集を買わなかったんだった
新聞に載ったあんたの写真に
さよなら と告げて
あした、あんたの詩集を探しに行くよ
新刊書店には
雑誌と株の儲け方本ばっかだろうけどな


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2006.01.12

冬の日には

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冬の日には
どこか静かな喫茶店で本を読みたい

別に有名な店でなくていい
スポーツ新聞や漫画週刊誌が
雑に置いて在るような店だっていい
でも、窓の外に樹が見えるところがいい

京都の西郊、宇多野の喫茶店だった
学生だったあの日、一学年上の友人と
何冊も本を持って、冬木立の見える席で
時間を忘れて読みふけった

時おり、目を上げて
「こんなことが書いてあるぜ」
と教えあった
お互い、どんなことが好きか
どういうことに驚くか知っていたから
伝え合う言葉は刺激的で心地よく
どんなにそうしていても飽きなかった

冬の日
ストーブの音を聞きながら
パソコンのキーを叩いていると
不意にあの日が無性に懐かしくなる
あの友は、今どこにいるか知らない
けれどあの日、読んでいた本は
今も、本棚の隅にある

革命を夢見たあの頃
色あせた本の表紙
若いままの友の面影

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2005.10.12

さらば夏の光よ

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若くして逝った詩人たち、立原道造・矢沢宰・津村信夫の、秋の歌を紹介してきた。
なぜか、いま、そうせずにいられなかった。
僕がそうだったように、今の少年少女たちは、これらの詩を愛してくれるだろうか?
もはや詩は、若き魂をふるわせるものとはなり得ないか?

「さらば夏の光よ」
これは、津村信夫の遺稿を、彼の兄が編纂して出版した詩集のタイトルである。
そしてもう一つ
「さらば、夏の光よ」というタイトルの小説が別にある。
これは、遠藤周作が1965年から翌年にかけて雑誌連載した小説「白い沈黙」を改題したもので、
ボードレールの詩集「悪の華」の一編「秋の歌」の冒頭からとられているという。

その冒頭の一節は、こうだ。
「やがて沈まむ、冷ややかなる闇のさなかに。
さらばよさらば、束の間の夏の光の烈しさよ。
既に聞ゆる 中庭の甃石(しきいし)の上(へ)に
惨(いたま)しき響を立てて 落つる薪(まき)。」
  (岩波文庫「悪の華」鈴木信太郎 訳)

秋の歌はすなわち、青春の挽歌である。
若い生命の輝く季節が去っていくことを悼み、嘆きと哀惜を込めて絶唱する歌である。
夭折の詩人の持つ悲傷のきらめきこそ、その象徴となるであろう。

小説「さらば、夏の光よ」もまた、青春の挽歌だった。映画(1976年松竹・郷ひろみ・秋吉久美子主演)やテレビドラマ(1984年CBC・岡田奈々・柳沢慎吾主演)にもなった哀切の物語。
僕は既にぼろけて疲れた中年男だが、秋になると、たまらなくこれらの詩や小説が呼びかけてくる。
そしてまた、物語を書こうと決意する。
まだ、小説も詩も、死に絶えてはいない。その力を信じて、僕はあがく。

あがきながら、また、呟く。
さらば夏の光よ
永遠にいとおしい青春よ

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2005.10.11

津村信夫詩集より

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詩集・愛する神の歌

     抒情の手
       ―夏のいやはての日娘たちが私に歌ってくれた―

美しい日和は あと幾日つづくだらう。夏の終り、日のをはり。

人は去る。私たちのさしのべた手、優雅に、又うち戦き、人は去る。またの日の想いのなかで。
空なる馬のいななき、うち振るたて髪に、「秋の歌」が聞えるやう。

美しい日和は、ほんたうに幾日つづくだらう。
美しい日和は、こと切れた私たちの胸ぬちで。

それを信じないのはお前だけだ。
それを知らないのはお前のみだ。


☆作者・津村信夫について
1909年、神戸に生まれる。室生犀星に師事し、堀辰雄らと「四季」を創刊。立原道造らに影響を与えたが、1944年、鎌倉にて35歳で死去。

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2005.10.09

矢沢宰詩集「光る砂漠」より

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光る砂漠

   そして終わりに
     (一)
いい人になってください。
幸せになってください。

私だってあなたに負けないぐらい
いい人になります。
幸せになります。

     (二)
しかし
私は予感していた。
首飾りをした美しい
あなたが
黙って椅子にかけていた と。
とおい国を想っていた と。

     (三)
秋の日の中で
あなたと会う約束はもうはたせない。
風は泣くだろう。
野菊は飛行機雲を見あげないだろう。

     (四)
俺が悪かったな
欲情な言葉
愚劣な行為
俺が悪かったな
悪いことをした
利己主義だった

     (五)
よくわかった。
私はよくわかった。
私はまだやれる。
私はやってみせる。
そしていつかきっと帰ってくる。

     (六)
それでも秋の夕暮れに淋しいときは
夏の日のよみがえる想いを許してください。


☆作者・矢沢宰(おさむ)について
1944年、中国江蘇省で生まれる。父の現地応召で日本に引き上げるが、小学校二年にして腎結核を発病。
療養生活を繰り返し、新潟県立三条結核病院小児科に入院。14歳から詩や日記を書き始める。
病を克服し、新潟県立栃尾高校に入学するが、2年生で結核を再発。1966年、21歳の若さで永眠。
詳しい年譜や詩・日記などの遺稿は、こちらで見れます

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2005.10.08

立原道造詩集より

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詩集 優しき歌
   Ⅱ 落葉林で

あのやうに
あの雲が 赤く
光のなかで
死に絶えて行つた

私は 身を凭せてゐる
おまへは だまつて 背を向けてゐる
ごらん かへりおくれた
鳥が一羽 低く飛んでゐる

私らに 一日が
はてしなく 長かつたやうに

雲に 鳥に
そして あの夕ぐれの花たちに

私らの 短いいのちが
どれだけ ねたましく おもへるだらう か

            
☆作者・立原道造について
1914年、東京日本橋に生まれる。
中・高校生時代は短歌を志したが、のち詩作に転じ、堀辰雄、室生犀星に師事。
処女詩集「萱草に寄す」を刊行して二年後の1939年、25歳で早世。

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