小説「流れのほとりで」第十七回
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あの日、英輔は呼び出されて、祇園白川畔に赴いた。辰巳大明神近く、祇園の象徴とも言える吉井勇の歌碑に、菊の花が供えられていたのを見た記憶があり、「かにかくに祭」の翌日、十一月九日だったようだ。
昼下がりの花街は、まだ眠ったように静かで、ほとんどひと気がなかった。英輔はわざとラフな服装をし、膝の擦り切れたジーンズで大またに歩き、とあるお茶屋の玄関に立った。
案内を請うと、「仕込み」と思われる化粧気のない少女が取り次ぎに現れ、英輔が名乗ると緊張した面持ちで
「どうぞ、お通りやして」
と丁寧に腰を折り、上がるように促した。
畳敷きの暗い廊下を進むうち、二・三人の女の笑い声が、襖の中から漏れてくる。やがて坪庭が明るく開け、その向こうに、茶室らしき離れが見えた。
「おかあさん、よろしおすか?」
仕込みの子が細い声で訊ねると、茶室の中から、張りのある女の声が響く。
「さあ、ずっとこちらへおこしやす」
仕込みの小さな手が襖を開くと、炉の向こうにゆったりと座る五十年配の、大柄な女性が見えた。声はまだ、三十代かと思うほど艶やかである。英輔の目には高級そうとしか判断できない縞の和服を着て、柔和に笑っている。
「こないな商売をしてますよって、朝は遅おすし、夜はなんやかやありますよって、えろう半端な時間にお呼びたてしまして、ほんまにすんまへんことどした」
屋形(いわゆる置屋)を兼ねたこのお茶屋のあるじらしい風格を滲ませる相手に気圧されまいと、英輔は精一杯気負って挨拶した。
「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません。やっとお会いできて、ありがたく思います」
この女主人に会うために、何度となく電話し、ほとんどが「いま、おかあさんはいやはりゃしまへん」という返事に苛立ってきた英輔だった。今日こそ、と意気込み、勧められた座布団に肘を張って座った。
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