2005.06.30

小説「流れのほとりで」第十七回

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 あの日、英輔は呼び出されて、祇園白川畔に赴いた。辰巳大明神近く、祇園の象徴とも言える吉井勇の歌碑に、菊の花が供えられていたのを見た記憶があり、「かにかくに祭」の翌日、十一月九日だったようだ。
 昼下がりの花街は、まだ眠ったように静かで、ほとんどひと気がなかった。英輔はわざとラフな服装をし、膝の擦り切れたジーンズで大またに歩き、とあるお茶屋の玄関に立った。
 案内を請うと、「仕込み」と思われる化粧気のない少女が取り次ぎに現れ、英輔が名乗ると緊張した面持ちで
「どうぞ、お通りやして」
と丁寧に腰を折り、上がるように促した。
 畳敷きの暗い廊下を進むうち、二・三人の女の笑い声が、襖の中から漏れてくる。やがて坪庭が明るく開け、その向こうに、茶室らしき離れが見えた。
「おかあさん、よろしおすか?」
仕込みの子が細い声で訊ねると、茶室の中から、張りのある女の声が響く。
「さあ、ずっとこちらへおこしやす」
 仕込みの小さな手が襖を開くと、炉の向こうにゆったりと座る五十年配の、大柄な女性が見えた。声はまだ、三十代かと思うほど艶やかである。英輔の目には高級そうとしか判断できない縞の和服を着て、柔和に笑っている。
「こないな商売をしてますよって、朝は遅おすし、夜はなんやかやありますよって、えろう半端な時間にお呼びたてしまして、ほんまにすんまへんことどした」
 屋形(いわゆる置屋)を兼ねたこのお茶屋のあるじらしい風格を滲ませる相手に気圧されまいと、英輔は精一杯気負って挨拶した。
「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません。やっとお会いできて、ありがたく思います」
 この女主人に会うために、何度となく電話し、ほとんどが「いま、おかあさんはいやはりゃしまへん」という返事に苛立ってきた英輔だった。今日こそ、と意気込み、勧められた座布団に肘を張って座った。
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2005.06.18

小説「流れのほとりで」第十六回

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 恩田と美沙子が去って、翌日は寒波が訪れ、京都は薄い雪に覆われた。
 英輔はまた、出町柳で川を見ていた。ふさいだ気持ちを少しは晴らそうと、歩いてやってきたのである。
(ここから仰ぐ比叡山は、故郷飯田の風越山に似ている、と思うのは、自分だけだろうか・・・)
 共に飯田から京都に来た沢井は、故郷を捨てている。言葉も京都弁を使い、京都人になりきろうとしている。だが、英輔にそれは出来ない。
(あいつのやり方は、間違っている。どんなに金を稼いで、京都に人脈を作っても、あいつは京都を好きなわけじゃない。京都に溶け込もうとしているわけではないんだ)
 しかし、省みて自分はどうなのか、という問いが、英輔をさいなむのだ。
 美沙子を見て思い出した、かつて自分が恋した舞妓・・・彼女とは無残に訣別を迎えるしかなかった。その時点で英輔は京都を去っても良かった・・・いや、そうすべきだったかもしれない。
 亀の形の飛び石を、無邪気に跳ねて行く少女たちを眺めながら、英輔は、封印していた記憶を掘り起こす。
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2005.06.10

小説「流れのほとりで」第十五回

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 冬にしては明るい日差しが鴨川を照らしている。英輔は穏やかな気分で、恩田夫妻を連れ、水面を眺めた。
「差し出がましいことをしてしまったかと、内心びくついてたんですけど」
英輔の言葉に、恩田はかぶりを振る。
「いえ、いい勉強をさせてもらいました。美沙子のためにも、しっかり仕事を取って稼がないといけないと思って焦って、危ういことの片棒を担がされるところだった。お礼を言いますよ」
 美沙子が顔を上げて、恩田を見つめる。表情が曇っている。それに気付かない様子で、恩田は上機嫌に続けた。
「今、少し教えていただいて、京町家に改めて興味が持てました。それで、新しいアイデアも浮かんできたんですよ」
「ほう?どんなことでしょう」
相槌を打つ英輔に、恩田は熱弁を振るい始める。
「バブル崩壊と、テロばやりで外国旅行がすっかり下火になって、代わりに京都が大ブームだ。東京のデパートでも毎日のように京都の物産特集をやってるし、ついには、京都の町並みを取り入れた、上品な和風テイストのショップも出来つつある。そして、ご存じないと思いますが、東京にも舞妓がいるようになったんです」
「え?なんですって」
英輔は耳を疑った。恩田はここぞと得意げに声を上げる。
「浅草に芸者がいるのはご存知でしょう?あそこに、振袖さん、というのが出来たんですよ。今まで、京都の舞妓にあたる若い半人前の芸者を半玉と言ってましたが、舞妓とはまるで格好が違ってたでしょ?それを、ほとんど舞妓と同じ姿にしたんです。正確には半玉がそのままなったわけじゃなくて、雇用形態は新しい形らしいんですが、まあ、そんなことはどうでもいい。特に外人客には舞妓そのもので通用します。その振袖さんを、正確に作った京町家に置くことで、一層グレードは上がるじゃないですか」
 唖然としていた美沙子が、恐れをなして口を挟んだ。
「あなた、何を言ってるの?新しいアイデアってまさか・・・」
「東京に、小京都を作るんですよ。もう、それらしいものは既にあるんですが、振袖さんと組み合わせることで集客力は大幅にアップします。舞妓さんのいる京都が東京に出来るんだ。日光江戸村など目じゃない、京都村、これは受けますよ。私がその町家を設計して・・・」
 激しい虚脱感とうそ寒さに身をさいなまれ、英輔は橋の欄干を握り締めた。救いを求めるように向けた視線が、哀しみに満ちた美沙子の目と交錯した。
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2005.06.04

小説「流れのほとりで」第十四回

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 いかにも京都らしいお茶屋の続く前を、英輔は通り過ぎ、恩田と美沙子を招いたのは、あまり古くもない住宅の前である。
「祇園新橋伝統的建造物群保存地区、って言いまして、あっちのお茶屋のほうこそが京町家の典型みたいに見えますが・・・」
英輔は、照れたように顔をほころばせ、説明を始める。
「お茶屋は二階でお客をもてなすんで、普通の町家より、二階が大きいんですよ。で、わかりづらいんで、こっちの方で観てもらいます。二軒の家が、ほとんどくっついて建てられているでしょう?」
恩田と美沙子が、英輔の指差す先を振り仰ぐ。
「屋根を見てください。隣り合った家の屋根の高さが僅かに違っていて、重ねてありますね。あの重なっている部分の屋根を、ケラバって言うそうです。あの小さな屋根で、隙間の壁に雨が降り込むのを防ぐんです。」
恩田が敏感に頷く。
「そうか・・・町家は、こうやって隣り合って続いているから存在しうるんだ。単に統一した綺麗な景観という以前に、それでないと保全が難しい・・・」
「さすが、本職ですね、おれは、本で読みかじっただけなんで、あまりえらそうに講釈するのもなんですが、隣がなくなって、町家が単独で立つと、あの側面の壁が剥きだしになります。防水も何もしてない壁なんで仕方なく板を張ります。焦がした杉板とかなら、格好がつきますが、値が高いし耐久性もあまりないので・・・ほら、あそこみたいにトタン板を張るところが多い。するともう、風情も景観も台無しになっていくわけですよ」
 恩田は空き地に面して無残にトタン板の壁を晒している町家を見て、腕組みをした。
「古ければ、京町家、というわけではないんだね」
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2005.06.03

小説「流れのほとりで」第十三回

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 彼女も、ふるさとの川の名前を言ったはずなのだが、英輔はそれを記憶していない。あの頃の英輔は、祇園の白川の流れに映る舞妓姿に夢中だった。そしてその景色は、彼女のいなくなった今も、昔のままにあった。
 遠い声のように聞こえたのは・・・白川の瀬音だったのかもしれないと、英輔は川岸でぼんやりと思う。
「ここも、流れのほとりの街だったな・・・」
そう呟いた背中に、聞き覚えのある声が響いた。
「南原さんじゃないですか?京都は狭いって言うけど、たしかにそうだな」
胸に痛みを覚えながら振り返ると、恩田の顔が日の光の下でほころんでいる。その少し後ろには、美沙子が顔を心持ち伏せている。
「ご忠告ありがとうございました。京都で仕事はしたかったんですがね、今日の夕方に新幹線に乗りますよ。で、御覧の通り、土産物を漁ってるところです」
恩田は屈託なく英輔に語りかけ、手に提げたいくつもの紙袋を振って苦笑した。
 なんとなく息苦しくて、英輔は恩田から視線をそらし、美沙子を見る。美沙子の色白の顔に不審の色が浮かぶ。
「南原さん、お顔、腫れてません?」
「あ、いや、ちょっと二日酔いでね・・・」
慌てて恩田の方に向き直り、英輔は無理に笑顔になる
「そうですか、じゃあ、これで、お別れですね」
「うん・・・いや、お願いがあるんですが」
恩田が真面目な表情になり、手にした袋を石畳に置く。
「ニセモノの町家を飾り立てて高く売りつける仕事、と南原さんは今回の件をおっしゃいましたね」
「ええ・・・」
たじろぎながら、英輔は恩田のひたむきな視線を受け止める。
「これでも、建築家のはしくれなのに、京町家についてはあまりに不勉強でした。だからあの沢井氏の魂胆も見抜くことは出来なかった。泥縄で恥ずかしいんですが、本物の町家を、教えてもらえませんか」
「いま、これから、ですか?」
「ええ。厚かましいお願いですが」
 意外な言葉に、美沙子が目を見張っている中、しばし沈黙が流れた。英輔の胸には、どこか爽やかな小さな感動が生まれている。
「いいですよ、喜んでご案内します!」
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2005.06.01

小説「流れのほとりで」第十二回

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 暗澹たる気分で、ただひたすら足を動かし、英輔は鴨川を東に渡って、祇園の路地に踏み込んでいた。
 無知と、無鉄砲と、理想とで突っ走っていた若い頃、英輔は奇跡のように一人の舞妓に出会い、恋をした。成就するはずのない想いに燃え上がり、思いあがり、学生生活を棒に振った。
 それから幾年月・・・その舞妓の顔すらも忘れていたつもりだった。なのに、今、鮮明に浮かんでくるのはなぜだと、自問する。
(似ているのか・・・?美沙子が)
 厚い白塗りの下の素顔を、英輔は記憶の彼方からたぐりよせる。そうだ、彼女もまた、京都生まれではなかった。中学まで過ごしたふるさとの話を、隠れ家のように使ってデートした御幸町錦の小さな暗い喫茶店で、無邪気に話してくれたのではなかったか。

「うち、京都に来て、鴨川と比叡山が見えたとき、安心したん。川があって、その向こうにおっきな山が見えるんは、うちのふるさとの景色とおんなじやったから・・・」
「へえ!おれも、そうおもったよ。おれの場合は、鴨川に当たるのが、松川、比叡山は、風越山・・・って、言っても知るわけないよな」
「うん、しらへん。でも、いつか見てみたいな」

 遠い声が耳を打つ。
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2005.05.02

小説「流れのほとりで」第十一回

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 怒号する沢井に向かって、その息が掛かるほどに顔を近づけた英輔は、ささやいた。
「恩田の奥さんの、美沙子さんはな・・・市田柿を知ってたよ」
「はあ?なんのことやねん」
「おれの生まれ育った家、お前の田舎のうち、美沙子さんの実家。天竜川を挟んで、三つをつなぐと綺麗に正三角形になるんだ。美沙子さんは、おれたちと同郷なんだよ」
「それが、なんやちゅうのや」
 顔をそむける沢井に、英輔は噛み締めるように言った。
「おれと美沙子さんは、京都を見る目が似てた。おれたちの、ふるさとは、どうしようもなく変わって行ってしまってるけど、京都は辛うじて変わらずにいる。だから、京都を守りたいと思うんだ」
「寝言抜かしてる場合か・・・」
喚きかけた沢井の胸倉を、英輔は掴んだ。
「お前は、京都弁らしいものを身に付けて、地元の人間みたいな顔をしてるけど、おれと同じで、どうしようもなくヨソサンなんだよ。ワルぶって、金儲けに走って、いつか後悔する時が来るぞ。ヨソサンだから、平気で京都壊しをしたんだって、ずるい京都人に、責任を全部押し付けられて、スケープゴートにされるんだ、わからないのか?」
「けっ!!」
 沢井は力まかせに、英輔の手をもぎ離し、唾を吐いた。そのまま、英輔に背を向けて門に向かって歩いていく。
「お前に説教されるほど、落ちぶれたくないわ。時間の無駄やった」
捨て台詞を残して、沢井の姿は寺町通りに消えた。

 殴られて痛む頬を、寒風になぶらせながら、英輔は裏通りを行く。煤け、壁土も剥がれて老朽化している町家が目に留まった。二階の虫籠窓(むしこまど)の隙間に、小さな人形がある。瓦土で焼かれた鍾馗(しょうき)だ。魔除けのために、京町家にはよく庇のうえに見かける。おそらく、家の者にも忘れられているであろう埃だらけの鍾馗が、みじめな自分の姿に重なって見えて、英輔は深く嘆息した。

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2005.04.30

小説「流れのほとりで」第十回

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 二日後の昼下がり、英輔はまた、沢井に呼び出されていた。
 寺町丸太町を下がったところの、ひと気のない神社の境内。紅梅が社殿に寄りかかるようにして咲いているのに見惚れていると、玉砂利を荒々しく踏みにじる音がした。
 振り返った英輔の目に、沢井は明らかに不機嫌で、目の光は凶暴ですらある。
「なんで、こないなとこで待ち合わせしたか、わかるか!」
沢井の声は、咆え声に近い。英輔は唇を噛んだ。
「わかるさ。ここは、こんな時期にはまるっきり人が来ない。それと、おまえのオフィスに近いしな」
「一発、しばいたらな気がすまへんわ!あんだけ、踏み外すな、言うたやろが」
 沢井は唾の掛かるほど、英輔に顔を近づけて、鬼面となって喚く。
「恩田のおっさんに、ようも、余計な忠告さらしたな。ただの古いぼろ家を、町家に仕立てて高く売りつける、いんちき商売に加担すな、やと!おまえ、何様のつもりや!」
力任せの平手打ちに、英輔は砂利の上に打ち倒される。
「このクズが!恩田のおっさんには、大学の助教授で、アルバイトに京都のガイドをしとる、言うて紹介したったんは、わしの思いやりやったんやで。ほんまはなんやねん?わしが紹介してやるガイドの仕事以外、今、おまえに収入あるんか?」
 ひきつった顔で、英輔は立ち上がり、精一杯の気力で沢井に向き合う。容赦なく罵言が襲う。
「お前があの文学賞受賞して、わしが祝賀会、開いてやったな?あれから何年経つ?いまだに、本の一冊も出せへんやろが。そやのに、作家やと?原稿料一円も稼げへん作家がおるか?わしの紹介してやるガイドの仕事と、女にたかって、やっとこ食いつないでるおまえや。身の程わきまえたらんかい!」
 歯を食いしばって、顔面を紅潮させ、英輔は沢井ににじり寄る。
「言われなくても、わかってるさ、そんなこと・・・」
「わかってへんわ!おまえ、恩田の嫁さんに、惚れよったやろ。このクソ餓鬼が、色ボケが!」
 野卑な叫びも、静まり返った境内に吸い込まれ、外にはほとんど漏れない。
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2005.04.29

小説「流れのほとりで」第九回

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 両側を生垣の続く、とても長い参道をゆっくりと登って泉涌寺に着くと、英輔は少し疲れた様子の美沙子に、悪戯っぽく笑って、さらに少し東山に踏み込んだ。
 その小さな塔頭には、思いがけないほど広い庭園があって、うららかな陽光が緋毛氈に射し込む書院で、美沙子は大きく伸びをした。
「こんなに静かで景色の良いお寺を、独り占めできるなんて」
「天気がいいからね。頼んでおいたから、すぐに、お薄が来るよ」
英輔の言葉に、膝を投げ出して座っていた美沙子は、少し慌てて正座した。
 やがて、作務衣を着た老婦人がやってきて、抹茶を点ててくれる。神妙な顔で座っていた英輔は、老婦人が運んできた菓子を見て、目を丸くした。
「これは・・・」
そのとき、美沙子もそれに気付いて、英輔と同時に同じ言葉を発した。
「懐かしい、市田柿」

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 老婦人が驚いて二人の顔を見比べる。英輔と美沙子はもっと衝撃を受けて、見つめ合った。
「この干し柿、たしかに市田柿ゆうて、信州の名産らしゅうおすけど、お二人はそちらの方どすか?」
 老婦人の言葉に頷きながら、美沙子はおずおずと英輔に尋ねる。
「南原さんは、飯田の人なんですか?」
英輔は、干し柿に手を伸ばし、真っ白に粉を吹いているひとつをつまみあげた。
「この柿、おばあちゃが毎年、何百個も皮を剥いて、二階の軒下に吊るしていたよ。あの頃は、日本全国、秋になればどこでもこれを作ってると思っていた。いちだがき、ってブランド名みたいになって、こっちで売られてるのを見たときは、びっくりした・・・」
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2005.04.23

小説「流れのほとりで」第八回

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 山科の喫茶店から、タクシーを走らせて東山トンネルを抜け、英輔は東山七条の智積院に美沙子をいざなった。
 冬にしては驚くほどの明るい日差しが、書院の庭園を照らしている。瀧音が聞こえ、池の豊かな水面が広がっていた。 
「そんなに大きな庭ではないんだけど、迫力あるでしょう?」
「ええ、山がすぐそこで、わあ、池は、縁側の下まで!」

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 二人は縁側に座って、しばし庭を眺めた。
「枯山水のお庭より、この方が心が潤ってありがたいわね、特に冬には」
笑顔の美沙子に、英輔も笑って頷いた。
「ここは、真言宗のお寺で、禅寺じゃないですしね。僕も、水のある風景のほうが好きなんです。川のほとりで育ったからかな。京都も、流れと山の景色があるから、すぐに馴染んだというか、どこか懐かしいんですよね」
「懐かしい、うん、わたしもそれには同感だわ」
 二・三人のグループの観光客が二組ほどやってきただけで、ずっと庭は静けさの中にあった。気がつくと一時間近く、座っていたことに気付いて、英輔は立ち上がった。
「美沙子さんは、歩くのは自信ありますか?」
「ええ、山育ちだから」
生き生きとした表情の美沙子に、英輔は泉涌寺まで歩いていくことを提案した。
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