試験の説明が終り「質問はありますか?」と試験官が言うと、教室から次々と質問が飛びます。
「合計150点満点だそうですが、要項では8割以上の正解で合格とありました。何点以上で合格ですか?」
「小論文問題が5問あるようですが、下書き用紙には3問分しかマスがありません。もっともらえますか?」
気迫十分のおじさんたちの声に、試験官もたじろぎ気味(^^;)
そして13時45分から、90分間の試験が開始されました。
まず、1問2点の問題が50問あり、例えば
☆寛永5年(1628)再建された南禅寺の三門は、誰の寄進によるものか。
☆六波羅蜜寺の「空也上人立像」の作者である康勝は何派の仏師か。
などというものでした。
また、「()のなかに適当な語句を書きなさい」という形式のものもあり、
☆落語家の祖として、北野天満宮などで落語を行ったことで知られる大名跡( )が、今年、約300年ぶりに復活した。
☆京都で初めてのクラシック音楽専用コンサートホールとして建設された京都コンサートホールを設計したのは( )である。
などなど、です。
これらは、選択肢を選ぶわけでなく、自分で考えた答えを正しい漢字で記述しなければなりません。
さらに、最後の5問は各10点で、
☆第二代京都府知事・槇村正直が行った京都近代化政策を(知事就任以前も含む)、具体的に5つ書きなさい。
というような記述問題が2問、
☆平安京について、150字以上200字以内の文章で書きなさい。(平安遷都を行った天皇名、平安京に遷る前の都、モデルとなった中国の都市、大内裏から南に走る大路名、都市区画制度の名称、は必ず含むこととする)
というような小論文が3問でした。
わからぬところは飛ばして よし、これは覚えてる!というところから埋めて行き、小論文を一気に書き進め、残った時間でわからない問題に記憶力を絞る、という作戦を立てて、猛然とシャープペンシルを動かします。教室中に鉛筆の音が響き渡り、それは壮絶なほどでした。
しかし、わからぬところが多すぎる!小論文は関連する知識を盛り込んで、わからぬキーワードを補足して文字数制限いっぱいまで書きましたが、2点50問のほうは渡月橋を観月橋と書いたり、弥勒菩薩の漢字を間違ったり、ぼろぼろでした(涙)そして、記憶力を絞る間もなく、タイムアップでした(無念~)

メチャ疲れましたが、まっすぐ家に帰るのも惜しく、キャンパスをうろつき、さらに校門を出てからは、平野神社~北野天満宮と足に任せて散歩しました。名残の紅葉が、きれいな落葉になっていました。

その北野天満宮の参道で、小さな祠と石の鳥居を発見。案内板を見ると「伴氏社」とあります。
するとこれが、受験勉強で覚えた「京都三珍鳥居」の一つと名高い、伴氏社の鳥居か!と思い、まじまじと見ます。そんなわしの傍らに、スーツ姿の50年配と見える男性が、やっぱり感慨深げに佇んでおられます。もしやと思い声を掛けると、やはり京都検定一級を受けた方でした。
「いやもう、難問ばっかでしたな」と嘆きあい、話が弾みました(笑)

「それにしても、どこがそんな珍しい鳥居なんやろ?」と二人で探しましたが、この鳥居の柱の台座に蓮弁が刻んであるのが珍しいのだそうです。そのうち、またこの鳥居に足を止めた女性の方がひとり。「京都検定受けられましたか?」と訊ねると「はい、玉砕してきました」との返事でした(苦笑)
「もう、学問の神様に頼るしかありまへんな」と笑いあい、「受かってると良いですねえ」と励ましあって別れてきました。
難しくて苦戦したものの、試験勉強や、試験を受けることが「楽しい」と感じられたのは、稀有のことだと感心しています。一緒に受験した方々、みんな良い顔をしておられました。年かさの人ほど、そうだったと思います。