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2010.02.19

北野天満宮 咲き始めの梅

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2月18日、北野天満宮に参拝し、梅苑で咲き始めの梅を楽しんできました。

(時間がないのでとりあえず写真を披露し、あとで中身を書き足します)


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コメント

私も、今日行って来ました!!
しかも、TOP写真同じアングルで撮影!!
私も、TOPに使用としたいと思っていました~笑。
考えることは同じですねw
今日は、流石に土曜日といった感じで、人が多かったですよ~汗。
梅、そんなに満開じゃないのに、人は満開って感じでした・・・苦笑。

投稿: よりりん | 2010.02.21 00:05

☆よりりんさん、土曜日は混んでましたか。
もうじき梅花祭ですね。
今日(日曜)もあったかかったし、祭りのころには程よく花開いているでしょうか。もちろんその頃は人ももっと満開でしょう・・・

投稿: 龍3 | 2010.02.22 01:10

コメントではなく、イキナリ勝手な書き込みで申し訳ありません(しかも長文)。まず最初にお詫び申し上げます。「ごめんなさい」
でも、もう黙っているのが我慢の限界なので、掟やぶりを承知で書きます。もう二度としませんから。
龍3さん、「マジすか学園」というB級深夜ドラマご存じですか?今一押しの快作にして怪作ドラマです。未見ならばとにかく一度ご覧下さいませ(ネットで検索して第7話だけでも)。

このドラマの何が小生を魅了したのかというと、一に「生の意味喪失がもたらすニヒリズムの克服」というニーチェ的主題展開。二に、かつての少年漫画の王道「番長モノ」(「熱笑!花沢高校」とか)を女子高を舞台に実写化してくれたことです。

ドラマの影の主人公である高校3年生の大島優子(最強番長)はひそかに自分が卒業式まで生きられない体である事を予感している。が、失われてゆく自分の命を観念論的に意味づける事でニヒリズムを紛らわそうとするルサンチマン的生き方は峻拒する。生の意味を既成の意味追求的世界観(真理を僭称する既存の宗教や社会規範)に求めて生きたとしても、それは所詮、ニヒリズムを誤魔化しながら複製の生を生きる事であり、「現にここに在る」真の自分の生はまっとうされないと知っているからだ。

自らの死を予感するゆえに、彼女は自らの生を肯定する(逆に、主人公の前田敦子(謎の無敵転校生)は過去の親友の死に捕らわれて自分の生を十全に肯定できない)。
喧嘩をしながら「愉し~い」と連呼する優子は、命の一刻一刻を「不断の生成」として波立たせる。その生きざまは「命はただ命であるというだけで丸ごと肯定されるのだ」というニーチェリアン的な叫びとなって物語の世界を疾走してゆく。
転校生の前田敦子は優子の「余命一ヶ月」の生の疾走に心ならずも併走させられるうちに、図らずも自分自身の生命の躍動を恢復してゆく。死を睫前にした儚げなニーチェリアン優子が影の主人公である所以だ。

このドラマは、アイドル・ドラマではあるが、ニーチェの没後100年余を閲して極東の地に咲き落ちた、ニーチェ嫡流の可憐な徒花として愛でたい。久しぶりに次週が気になるドラマです(とは云え、マジドラではなく、あくまでもバカドラ。そこがいい)。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.06 00:32

☆次元ジプシーさん、お久しぶりです。
あなたに関しては、どんな掟破りの書き込みでも歓迎いたします(無期限)。
ああ、文を読ませていただくだけで、そのドラマに感動してしまいます。
寡聞にしてそのドラマ、知りませんでしたが、さっそくなんとか見てみますね。

今、ここに生きている自分の命を、今、輝かせないでなんとする・・・わしも、そう思います。

投稿: 龍3 | 2010.03.07 22:36

☆次元ジプシーさん
ネットで漁って、第一話、そして第七話、勢いで第六話と夕べ見てしまいましたよ。
明日、○×▼総会で、準備に追われている身なのにね(苦笑)
実に怪作にして快作。エンディングテーマの「桜の栞」が沁みますねえ。

まだそれだけしか見ていないけれど、久しぶりにわしにも詩神が降りてきています。

迎えることのできない卒業式めがけて、優子は笑顔で疾走し、最後に敦子と激突するのでしょう。
拳をぶつけ合い、血を流し、そして敦子は凍えた魂をたぎらせて、その頬に再び笑顔と涙が輝くのでしょう。
最大の敵にして魂を共鳴させる友を、獲得すると同時に喪って・・・

投稿: 龍3 | 2010.03.09 01:06

>あなたに関しては、どんな掟破りの書き込みでも歓迎いたします(無期限)。

 龍3さま、ご寛容なるお言葉を頂戴いたしまして、不肖次元ジプシー、驚懼にたえませぬ。誠にありがとうございます。

>今、ここに生きている自分の命を、今、輝かせないでなんとする

 そう、まさに小生が言いたかった事もそれなんです。

>実に怪作にして快作。エンディングテーマの「桜の栞」が沁みますねえ。

 同感です。夕暮れのせまる丘の上の境内で、「桜の栞」がBGMに流れる中、優子とサドが決闘を繰り広げる第7話のオープニングが小生は好きです。ほんの1分16秒ほどのシーンですが、優子とサドの青春のエッセンスが凝縮された印象的なシーンでした。
それにしても四天王は後に出てくる奴ほどどんどん非人間化していきます。最後の四天王トリゴヤは完全に人間じゃないです。妖怪です。こんな連中を束ねていた優子っていったい・・・

>久しぶりにわしにも詩神が降りてきています。

 おお、それはとても愉しみなお言葉です。小生も思い切って紹介した甲斐がありました。

>迎えることのできない卒業式めがけて、優子は笑顔で疾走し、最後に敦子と激突するのでしょう。
拳をぶつけ合い、血を流し、そして敦子は凍えた魂をたぎらせて、その頬に再び笑顔と涙が輝くのでしょう。
最大の敵にして魂を共鳴させる友を、獲得すると同時に喪って・・・

 やっぱりラストは、卒業式で「桜の栞」を歌うサドの手に優子の遺影が抱かれて・・・というような切ない展開になるのでしょうか。<卒業は さくらの下にかよう風 あるいは消える虹の郷愁>

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.09 18:56

☆次元ジプシーさん
今日、無事に○×▼総会を成功させまして、祝杯をあげております。
そして、じっくり「マジすか」を見ます。

サドは良いですね。割とわし好みのキャラです。優子とサドの絆は、どのように描かれていくのか、楽しみにしています。

>・・・あるいは消える虹の郷愁
まことに、青春はそのさなかにあるときには気づかず、求めても届かない虹の如しです。

投稿: 龍3 | 2010.03.09 23:23

・・・とうとう、マジすか、9話まで観てしまった。

投稿: 龍3 | 2010.03.11 02:04

>・・・とうとう、マジすか、9話まで観てしまった。

お疲れ様でした。余すところあと3回ですね。
 今日は「不毛地帯」の最終回でしたが、まあまあまあの出来でした。特に感想もないです。小生の父もシベリア帰りだったので、主人公の壱岐と同じように「ソ連のスパイ」呼ばわりされる事もあったようです。そういえば生前、関東軍の金庫の中にはアヘンがどっさり入っていたなんて話もしてました。

「マジすか」はちょっと展開の予想がつきませんね。今の流れからすると、ラッパッパと前田グループが共闘してヤバクネの侵攻から学園を守るという王道の展開は敢えてハズすのかな。個人的には、バカドラだけに素直なカタルシスがあって欲しいのですが。
「不毛地帯」「龍馬伝」「マジすか」と3本の連ドラを観ていて、次回が気になるのは「マジすか」だけでした。
優子は伝説になれ。敦子はマジすかのダチと今を生きろ。だるま、お前はいつも最高だ。サド、負けるな中間管理職。四天王、負けても華があった。前田四天王、お前らこそ番長モノの王道だ。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.12 02:30

☆次元ジプシーさん
関東軍の金庫・・・伝説のような世界ですが、いまだ生々しい記憶でもあるのかなあ・・・

バカドラですが、ゲキカラの血塗れ度は過激だったなあ。トリゴヤの妖怪ぶりは、まあまあ可愛かった。
どうも激突するのは敦子と優子でなく、敦子VSサドになりそうで、じゃあ、優子は浮いちゃうじゃないか・・・などと楽しく気を揉んでおります。

投稿: 龍3 | 2010.03.12 23:55

えーと、すっかり、「マジすか」感想板となりつつありますが・・・

サドと背中を守りあって戦うとはなあ・・・
最高だった。もっとバリバリ戦闘シーンがほしかったが、30分の時間枠じゃ無理か。
でもやっぱり、次は敦子VSサドの激突なのね。

投稿: 龍3 | 2010.03.14 00:45

今回は久しぶりの四天王登校(一名失そう中)の他、だるま、ホルモン、敦子&みなみ、みんな色々いいセリフやシーンもらっていたけど、
サドの「うちの生徒に何してくれてんだよ」の一言に全部もってかれちゃいましたね。

>サドと背中を守りあって戦うとはなあ・・・
最高だった。もっとバリバリ戦闘シーンがほしかったが、30分の時間枠じゃ無理か。

まさしく。サドの男気に喝采でした(あ、女気か)。
それから回想シーンの敦子&みなみはやたら輝いてました。さすが旬のアイドル。まぶしかったです。しかしあの輝きは旬だけのもの。
負けてなお華をうしなわぬ四天王もキャラが立ってます。
個人的に、その昔少年チャンピオン連載の番長マンガ「熱笑 花沢高校」を毎週たのしみにしてた頃を思い出します。
よくぞアイドルを使ってこんなバカドラマをマジに作ってくれました。血糊で顔を汚して、慣れないアクションを真剣にこなすAKBも良くやってると思います。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.14 02:05

☆次元ジプシーさん
次の放映が待ち遠しい、という久しぶりの感覚を味わっておりますね。
と言うても、京都では放映がないのでyoutube頼りなんですが。
ほんまに、AKBの美少女達、よくぞやってくれていると感謝します。
たぶん、大ヒットもせず、記録にも残らず、まともに評価もされないであろうバカドラマ。
けれど、花沢高校や、スケ番刑事とかに、熱い血を燃やした記憶の残党に、地中の溶岩の如きものを感じさせてくれる、希有のドラマであります。

投稿: 龍3 | 2010.03.18 00:04

 スケ番刑事ありましたね。小生は鉄仮面編が好きでした。確か決めゼリフが「おまんら、許さんぜよ」でしたね。
そういえば友人が南野陽子の実家の近所に住んでいて、そいつの家に遊びに行ったときに、「ナンノのウチ見にいくか」と誘われた事がありました。当然断りましたが。今となっては遠い遠い思い出ですw。

 スケ番刑事は松浦亜弥のリメイク版がありましたがテイストは昔のシリーズと違います。小生は途中で観るのをやめました。なんかやたら深刻ぶったストリーで演出も暗くて地味で主役の麻宮サキがいつも不快なリアルヤンキーの設定で、バカドラの突き抜けた爽快さとは無縁のものでした。
救いの無いリアルさの追求が製作サイドの狙いだったのは分かりますが、観ていて不快になる映画でした。案の定、ハロプロアイドルを投入したにも関わらず興行的にも失敗でしたね。

 マジすかは作り手が完全にバカドラ確信犯です。与謝野鉄幹の詩ではありませんが、美わしく情け深く才たけた女たちの女気と、書を読み六分の侠気と四分の熱をはらんだ男たちの男気が、時にひかれ合い、時に反目し、その葛藤の中でしだいに互いの魂を共鳴させていくようなドラマチックな群像劇が小生は好きなのですが、その手のTVドラマは時代劇でやるか、現代劇でやるとするとバカドラしかないのです。
AKBを素材にして安易な恋愛ドラマに走らずに、昭和テイストの番長もので乙女たちに男の侠気を演じさせた秋元康のセンスはさすが(今までチャライ業界人の一人としか思っていなかったよ)。残り2話も楽しみです。

今回も長文になって失礼しました(ぺこり)。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.19 00:31

☆次元ジプシーさん
スケ番刑事、わしは鉄仮面も好きでしたが、前にも話したように、浅香唯ちゃんの「魔界血戦篇」が大好きでした。
松浦さん主演のリメイクの映画版は、幸い?にも見ておりません。

マジすか、11話をなかなか見れません。12話の予告が先に見れてしまいちょっと残念。

投稿: 龍3 | 2010.03.22 15:28

「魔界血戦編」は山風の忍法帖みたいなシリーズでしたね、風間三姉妹が出てくる。思い出しました。三姉妹の長女がポニーテイルで可愛かった。般若役の萩原流行もいい味だしてました。因みに萩原さんは、鉄仮面編の蟹江敬三が手抜きなしに演じているのをたまたまテレビで観て、自分もこの手の仕事か来たら断らずに真剣にやってやろうと思ったそうです(こういう大人好きです)。

マジすか11話、圧巻でした。まさか篠田麻里子(サド)の演技に泣かされる日が来ようとは・・・
敦子の「サドさんのマジは、ハンパなかった」の一語に尽くされる回でした。誠にサドは漢のなかの漢一匹。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.22 19:09

☆次元ジプシーさん
そう、萩原流行さんの、マジな快演も、印象深かったです。

マジすか11話、正々堂々たるタイマンでした。
死力を尽くし、ついに力及ばずに泣くサド。
わしも、そういう闘いを、一度くらいはしてみたかったなあ・・・

しかし、ネズミ軍団はもうお呼びでないのか?
次回、卒業式だけど、どんな波乱が残っているのだろう。
待ち遠しいです。

先日、息子の通う小学校の卒業式でした。
まだ息子は4年生ですが、わし、PTAの副会長などしていて、卒業式は来賓席にいました。
なんつーか、学校はぐちゃぐちゃでして、いろんな思いの交錯する、苦い卒業式でしたね。
「マジに生きなきゃ!」と、このところ、強く思いますよ。

投稿: 龍3 | 2010.03.24 01:15

>マジすか11話、正々堂々たるタイマンでした。
死力を尽くし、ついに力及ばずに泣くサド。
わしも、そういう闘いを、一度くらいはしてみたかったなあ・・・

そういえば龍3さんは、剣士でもありましたね。
クロスカウンターの後、先に倒れた敦子の方が実は勝っていたという演出は剣豪ものの決闘シーンを連想させました。
サドの激甚な男泣き(女だけど)は肉体言語の発露として鮮烈。「われ敗れたりとも、一片の悔いなし」と言う叫びが伝わってきました。

>しかし、ネズミ軍団はもうお呼びでないのか?

ネズミ軍団の旗揚げも砂上の楼閣でしたね。ケジメとしてネズミには最終話で誰かにシメられてもらいましょうw。

>まだ息子は4年生ですが、わし、PTAの副会長などしていて、卒業式は来賓席にいました。
なんつーか、学校はぐちゃぐちゃでして、いろんな思いの交錯する、苦い卒業式でしたね。

PTAですか。実は、PTAの活動内容をよく存じあげないのですが、大変そうですね。最近の親御さんは、皆さん自己主張の強い方が多そうですし。PにもTにも右も左もいますしね。
小生は小学5~6年の頃が人生で一番幸せでした(トホホ)。
息子さんの小学校生活がこれからも充実した稔り豊かなものとなりますよう、摂津の空の下からお祈りしております。

>「マジに生きなきゃ!」と、このところ、強く思いますよ。

ハイ、そうですね。マジに生きるのはしんどいですけど、「マジに生きなきゃ」死者の皆さまに申し分けないですね。そう思って小生も老骨にムチ打って頑張ります。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.25 00:58

☆次元ジプシーさん
観れる人はいいなあ・・・と思いつつ過ごす金曜の夜。

>クロスカウンターの後、先に倒れた敦子の方が実は勝っていたという演出は剣豪ものの決闘シーンを連想させました。

うん、あれは、時代劇の決闘の血統を受け継いでおりますな(笑)

わが息子は、充実した小学生生活を送っておりますね。
今日など、友達(クラスメイトにして少年サッカー仲間)が何人も弁当持ちで朝から我が家へ押しかけ、一日中ゲームをはじめ、遊び三昧。そして、みんなでサッカーの夕練に自転車軍団で出かけて行きました。やつらは最高です。いつか、やつらの物語を書きますね。

投稿: 龍3 | 2010.03.27 02:23

マジすか・・・終わってしまったなあ
予定調和のような終わり方には、不満も残るが
現代の美少女達で、古めかしい神話のような、拳で語る友情を見せてくれて、大感謝。

それにしても、わし、
AKB48という面々を、このドラマで初めてまともに見たので、以後、彼女らをマジすかのキャラでしかとらえられないのは火を見るよりも明らか(笑)

投稿: 龍3 | 2010.03.29 02:15

> 観れる人はいいなあ・・・と思いつつ過ごす金曜の夜。
 
まさしく。こちらは月曜の深夜の放送でございます。とは言え一刻も早く見たくていつもネットでお先に拝見しておりました。
う~ん、最終回は悲しかったけれど、すがすがしかった。感想→やっぱりバカドラはいいなぁ。突き抜けてるぜ。
凡庸な制作者の発想ならばアイドル=恋愛ドラマ(ちょっと前なら難病もの)となる所でしょうが、少女だけの友情ドラマ、それも女子高を舞台に昭和風味の番長ものとはぶっ飛んだ企画でした。
前田敦子に「うんこ」と言わせたり、清楚派で売るメンバーにゲキカラ役をふって血まみれにさせたり、果敢に遊んでましたな。しかしそんな要求にもマジで応えたAKB48はエラかった。新たなファンを開拓したと思います。まさしく「勝利の手羽先や」。

>わが息子は、充実した小学生生活を送っておりますね。
>やつらは最高です。

ああ、いいですね。少年の日に永遠のアルカディアを体験した者は、いつでも立ち返る事のできる魂の原郷を心にもった事になります。

>いつか、やつらの物語を書きますね。

アナザーワールドで少年たちが龍3さんによって語られる日を待っているのですね。

>現代の美少女達で、古めかしい神話のような、拳で語る友情を見せてくれて、大感謝。

ハイ、まったく同感でございます。これはまさに少女達によって演じられた神々の物語でした。このような神話劇は本来、舞台を過去に置く時代劇か空想世界を描くファンタジーでしか成立しません。あくまでも現代劇としてやるならば、バカドラにするしかないテーマです。TV業界もそういうバカドラの意義というか、表現手段としてのバカドラに少しは注目して欲しいものです。

風が大島優子の髪をよぎる。すると風はたちまち浄化され、命の胎動を帯び、その風にふれたすべての者の衰弱した魂を賦活させる。

小生にとってマジすかの大島優子のイメージとはこういうものでした。

かくて優子は自らの生をして完璧な詩を詠い、完璧な音楽をかなで、その生を全うした瞬間に死の影から身をひるがえして永遠回帰の神話世界へ飛翔を遂げたのでした。

>AKB48という面々を、このドラマで初めてまともに見たので、以後、彼女らをマジすかのキャラでしかとらえられないのは火を見るよりも明らか(笑)

小生もそうですが、このドラマで初めてAKB48(それにしても人数多すぎ)をじっくり見た人は多いと思います。みなみは身長148センチ、優子は152センチ(行きつけの喫茶店で読んだ週刊ポストに書いてあった)だそうですが二人ともそんな小ささをまったく感じさせずに大暴れしていました。あれがまさに旬のアイドルの輝きというものでしょう。いのち短し、輝け乙女。マジなメッセージの数々、おじさんたちもしかと受け止めました。

投稿: 次元ジプシー | 2010.03.29 17:26

☆次元ジプシーさん
なにかもう、次元ジプシーさんの書き込みで、わしの「マジすか」への想いもすべて書きつくされており、ほとんど付け足すこともなく、茫然と過ごしておりましたね。

この間(かん)、故郷の長野県飯田へ帰省し、母と息子を連れて、桜の大樹を見て回りました。
老いて魁偉になった幹にも、巡る春ごとに、乙女の如き花を咲かせる不思議さ。
まこと、いのちというものは、生々流転、一つの形にとらえられるものではありません。

旬のアイドルの輝きもまた、繰り返し、繰り返し現れては消えていくものの、一人として同じものはなく、その瞬間のきらめきは唯一無二のものでしょう。

いのち短し、輝け、われら、であります。

投稿: 龍3 | 2010.04.05 02:18

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