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2009.06.04

祇園祭と八坂神社・3 祭神について

Yasakasan1
(八坂神社本殿)

八坂神社が、かつては違う名前で呼ばれていたように、この神社が祀る神さまの名も、変遷を経ている。

現在の八坂神社の祀る神さまは

スサノヲノミコト(素戔嗚尊)
クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)
ヤハシラノミコガミ(八柱 御子神)

であるが、主神はスサノヲノミコトであり、クシイナダヒメノミコトはその妃、ヤハシラノミコガミは、スワノヲ・クシイナダ両神の間に生まれた八人の子である。

しかしながら、この祇園の地で最初に祀られていたのは
「祇園天神」
という名の神さまであるらしい。
(「日本紀略」延長4年=西暦926年6月26日条)
そしてこの天神さまは、「牛頭天王」の名でも呼ばれていた。

牛頭天王・・・頭に黄牛の面を戴き、鋭い両角を持ち、夜叉のように容貌魁偉な神であり、疫病にかかわる存在と考えられた。
八坂神社に伝わる社伝によれば、斉明2年=656年に、高麗の国からやってきた副使(大使の補佐)伊利須(いりす)もしくは伊利之(いりし)が、新羅の国の牛頭山に鎮座していた大神の霊を奉戴し、山城の国の八坂郷に鎮座したのが、すなわち牛頭天王だという。
この神さまが、やがて神仏習合の考えから、スサノヲノミコトにみなされて行ったのであった。

牛頭天王にしても、スサノヲノミコトにしても、その素性についてはさまざまな考察がなされており、一筋縄ではいかない。
牛頭天王については、さまざまな説話が伝わっていて、インドの土俗信仰の対象であったという説から、ラマ教、ヴィシュヌ信仰とのかかわりなど、かなりインターナショナルな雰囲気がある。
また、スサノヲノミコトも、「日本書紀」には、新羅国のソシモリなる地に降り立ったという記述があり、そのソシモリこそ牛頭山という説があるのだ。
大胆に推測すれば、東アジアの古代のひとびとが、海を越えて交流する中でつくりあげていった神格が、牛頭天王・スサノヲノミコトに結晶して行ったのではないだろうか

ただ、いずれにしても祇園の地に祀られた神さまが、異国からの伝来という伝承を持ち、疫病に関わる神という面を持っていたのは確かなようである。
そして、祇園祭は、疫病を鎮めるための祭礼として始まったのであった。

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