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2009.04.10

インクラインの桜

4月8日、左京区岡崎の琵琶湖疏水から、蹴上のインクラインへと歩を進めた。
ここもまた、ソメイヨシノが満開であった。

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「インクライン」って、いったいなんや?と思う方も多かろう。
琵琶湖疏水について説明された文章には、必ず触れられているとは思うが、簡単に説明する。

琵琶湖の水を利用するため、大津から京都まで掘削された水路が「琵琶湖疏水」なんであるが、明治18年から23年に及ぶ、大工事であった。
この疏水が、蹴上のあたりでは、大変な傾斜地を通ることになる。水は流れ落ちるのに不都合はないのだが、物資を積んだ舟を通すのは無理。そこで、この傾斜地に来ると、舟を水路から持ち上げ、坂道に敷設したレールに乗せて上下させたのである。その施設を「インクライン」と呼んだのだ。

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動物園南の舟だまりから、インクラインは東の坂道へと登って行く。

そして、南禅寺前の、とても交通の激しい道路の下をくぐって、インクラインのレールは伸びている。
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トンネルを抜けた先、レールの両側は、桜の壁となっているのだった。

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これが、舟を載せて坂を上り下りした車台である。
むろん、今は琵琶湖疏水を物資を積んだ船が行き来することはない。
このインクライン、昭和26年まで、稼動していたそうだ。

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今は、桜の名所として知られているけれど、インクラインそのものがかつては観光名所だった。
わしが少年時代に愛読した、石坂洋次郎著「若い人」という小説は、戦前の女学校を舞台にした青春小説なんだけど、その女学生たちが京都に修学旅行に来るシーンで、インクラインが生き生きと描かれていたのを思い出す。

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インクラインを登った先には、琵琶湖疏水の施設や、工事責任者・田邊朔郎の銅像などがあり、さらに南禅寺境内の水路閣へと歩いて行くことができる。
時間がなくて駆け足で通り過ぎた南禅寺三門も、桜に彩られていた。

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