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2008.06.04

「源氏物語」をどう見るか(3)

仏教の教えに五戒というものがあり、そのひとつは「不邪淫」である。簡単に言うと、「不倫をしてはいけない」というものであり、源氏物語の主人公たちはまさに不倫の連続であって、その意味で罪深いとされた。

やがて鎌倉時代になり、儒教の朱子学が移入されて盛んになると、こちらからの「源氏物語」排撃が行われる。
「忠孝」や「倫理」を説く立場からは、光源氏が父帝の妃と密通するなどという行為は、もってのほかであった。近親相姦は最も嫌悪すべきタブーなのである。
儒教の影響の強かった中国・韓国では、いまだに「同姓不婚」であり、特に韓国では、民法でそう決まっているそうだ。
光源氏は、「空蝉」という人妻のところへ忍んでいったおり、彼女に逃げられ、同じ部屋にいた空蝉の義理の娘「軒端荻」を「まあ、これでいいか」と抱いてしまっているが、儒教倫理に照らせば(照らさなくてもか・笑)、言語道断だろうなあ・・・

そうした儒教・朱子学は京都五山の僧らが持ち込み、広めていったのであるが、武士階級がそれを主に受け入れ、徳川幕府の御用学問となっていった。
反面、公家は余りこれに染まらず、「源氏物語」の文化を保ち続けたというのが一般的なイメージである。
ところがどんな事にも例外があり、それも時に過激に現出する。

Gosho
(写真は京都御所)

江戸時代初期、京都で藤原惺窩らが活躍し、僧に担われていた儒教から、学問としての儒学に変容し、さらに広まる。
そうした空気の中、漢詩文を好み、和歌や物語を蔑視する傾向があったらしい。中でも突出したのが、後光明天皇であった。

「同帝(後光明天皇)常々被仰候は、吾国朝廷の衰微いたし候は和歌の発興と源氏物語の行はれ候との二つより起候。(中略)況、源氏は淫乱の書に相極候旨被仰候て、一向歌は不被為読候。源氏、伊勢の類は御目通へも遣不申候。」(室鳩巣『鳩巣小説』)

 儒学者・室鳩巣が肯定的に記述するところで、
「わが国の朝廷が衰えたのは、和歌と源氏物語のせいだ」
「源氏物語は淫乱の書、その類のものは一切読まない。和歌も詠まない」
 と言い切る帝であった。
 このお方、剣術も好んでいたという硬派ぶりなのである。

しかし、この後光明天皇、父親はあの、後水尾天皇なのだ。
ご存知だろうか?
後水尾天皇は、徳川秀忠の娘・和子を妃(女御のち中宮)として迎えた帝で、徳川幕府と長年熾烈に渡りあう一方、修学院離宮を造営させ、気概と覇気を示した天皇と知られる。
そして、子どもの数は皇子皇女合わせて、公式に36人!第19皇子は58歳で、第17皇女は61歳で産ませているというのである。
ホントかうそか知らぬが、遊女を宮中へ呼んだり、お忍びで遊郭に通ったりと言う話も伝わる。
なんというか、光源氏みたいなスーパープレイボーイなのだった。学問好きでもあり、「伊勢物語御抄」という本も書いているが、もちろん自分自身を業平や光源氏になぞらえていたに違いない。

そんな父親に対して、息子がとった硬派的生き方というのは、やはり、父への反発がそうさせたのじゃないかと言うのが、わしの想像である。なにしろ、後光明天皇が即位したのはわずか11歳で、父の後水尾上皇の院政の手の中。公私ともに巨大な壁である父親に反抗し、剣術に、源氏物語批判にとあがいていったのではなかろうか。

そんな後光明天皇、わずか22歳で崩御してしまっている。公式には天然痘が病名だが、毒殺説もある。
幕府の朝廷抑圧と巨大な父親の存在に反抗するなかで発した「源氏物語なんぞいらん!」という叫びは、時の流れに埋もれて久しい。

Sennyuji
(写真は、東山の泉涌寺。皇室の菩提所であり、後水尾天皇も、後光明天皇もこの寺内の月輪陵に葬られている)

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コメント

後光明天皇は朱子学が幕府の官学として佐幕思想にアレンジされる以前の朱子学徒だからウルトラ天皇主義者ですね。
しかし、「源氏物語なんぞいらん!」という朱子学の「からごころ」と源氏や万葉に民族霊魂の在処をたずねた「やまとごころ」の国学という相反する思想のアマルガムが維新回転から近代日本へ至る起爆剤となったと事を考えると色々と感慨深いです。「からごころ」と「やまとごころ」の錬金術的醸成に250年の時間が必要だったのだとすれば、徳川250年の太平も奇妙にファンタジックです。

投稿: 次元ジプシー | 2008.06.05 00:43

☆次元ジプシーさん、そう、国学では本居宣長が源氏物語を称揚し、「もののあわれ」「やまとごころ」を謳いあげました。しかし、維新から明治にかけての国学は、どうも宣長のその路線をあんまり受け継いでいないような気がします。現在鋭意その辺を勉強中。
それにしても、徳川時代の思想醸成、おっしゃるように奇妙にファンタジックに感じられますね。

投稿: 龍3 | 2008.06.05 01:21

>維新から明治にかけての国学は、どうも宣長のその路線をあんまり受け継いでいないような気がします。

宣長の路線が受け継がれなかったと云うより、「やまとごころ」と「からごころ」の錬金術的アマルガム(あるいは奇怪なキマイラ)が維新を駆動した当時の国学の正体です。時代を牽引した平田派国学(オカルトですな)は神・儒・仏に耶蘇教まで混ざったバロックの玉手箱です。これは、同じく時代を牽引した水戸学が神儒一致という、「やまとごころ」と「からごころ」のキマイラだったこととも韻を踏んでいます。そしてその後の近代日本の「和魂洋才(尊皇攘夷と舶来崇拝のシンクレティズム)」路線とも構造的に地続きです。実は、神々が諸仏を受容した「本地垂迹」や縄文が弥生を受容した「ことむけやは(言向け和平)」とも、また地球人とバッフクランの命の雨が宇宙胚子となって太陽系第三惑星に降り注ぐ物語も、ブリタニアの捨てられた王子が非占領国民イレブンと合衆国日本を建国する物語も、同じ構造の「産びのわざ」であり、双分制と並ぶ日本の民族霊魂の具現です。小生はひそかに、天皇霊の秘密はこの「産びのわざ」と「双分制」にあると思っています。

投稿: 次元ジプシー | 2008.06.05 14:10

☆次元ジプシーさん、久しぶりに絢爛たる次元ジプシーさんの文章を読めて嬉しいです。
ただ、イデオンまではわかりますが、その後がわかりません、残念だ。また、どこかでそのあたり、詳しい展開を読めることを期待します。

投稿: 龍3 | 2008.06.05 22:48

イデオンの後の文はアニメの「コードギアス 反逆のルルーシュ」のことです。現在第2部が放映中ですが、第1部の22話「血染めのユフィ」と23話「せめて哀しみとともに」だけは必見です(表現に携わる人は絶対に見なくてはいけません)。
とりあえず、You Tubeからでもすぐに観て下さい(表現者の義務です)。矢印の下のタイトルをコピーしてYou Tubeで検索すれば観られます。

Code Geass - Folge 22 (1/3)

投稿: 次元ジプシー | 2008.06.07 23:42

☆次元ジプシーさん、
・・・見た!見ましたよ。
すげーな、これ。
教えてくれてありがとう。

投稿: 龍3 | 2008.06.09 11:43

>次元ジプシーさん
維新後の日本に揮発し有毒な水銀となったのはいずれかは知らず、思想のアマルガムって面白い表現ですね。

>龍3さん
>コードギアス
ついこの3月くらいまでMBSで土曜の夕方再放送しとりました。2は日曜の夕方にやってます。ほとんど観られてないけど。CLAMPがかかわってるらしいので気にはしてるんですが。

>後光明天皇
摂政王ドルゴンが亡くなると、わずか13歳で親政した清の順治帝を思い出させます。叔父のドルゴンの匂いを消すがごとく矢継ぎ早に新しい政策を打ち出した。順治帝は漢文化に心酔し、ドルゴンは儒教的にはどうかと思われる行動があり朝鮮からも確か詰問されていたw順治帝の24歳の若さで崩御というのも何か似ています。

投稿: Bach | 2008.06.10 02:22

Bachさん、お久しぶりです。

>Bachさん
思想のアマルガムって面白い表現ですね。

>龍3さん
・・・見た!見ましたよ。
すげーな、これ。

戦国時代には、ラテン語で魂を意味するアニマと仏教用語の色身(肉体)をあわせてアニマ色身という美しい日本語が作られました。ヘラクレスを脇侍にした仏陀像や、ギリシャ王メナンドロスとインド僧ナーガセーナの問答による仏典「ミリンダ王の問い」など、思想のアマルガムと云うか、シンクレティズムの産物は時にオリジナル以上に人の心を惹きます。小生はそこに、火と水に象徴される相反するエレメントが霊的親和力により賢者の石(黄金の霊魂)を生成すると云う錬金術の秘儀を連想させられるのです。また、天津神が国津神から葦原中国を譲られる国譲りの物語や、縄文人と弥生人の産霊(むすび)の物語のようなドラマを感じさせられるのです。これらの背景となった史実は、おそらく「国譲り」などという綺麗事ではない、酸鼻を極めた光景の連続だったでしょうが、惨劇の中にもイデオンに於けるシェリルとギジェのように、黄金の霊魂を生成した交流もあったのだと想像するのです。そして「あなた方が良きものなのか、我々が良きものなのか、いや、共に良きものかもしれぬし、悪しきものかもしれぬ。それを私は知りたい」と云うギジェの言葉を思い出すのです。
「コードギアス」のユーフェミアの挿話は久しぶりにそんな事を想起させてくれました(しかし、よくあんなの放映できましたね。特区日本はチベット自治区を連想させて嗤わせますし)。

投稿: 次元ジプシー | 2008.06.10 17:04

☆Bachさん、コードギアス情報ありがとう。
順治帝はじめ、清朝の最初のほうの皇帝はみんな、強い個性を感じさせてくれますな。
後水尾天皇、後光明天皇も珍しく「個」を見せてくれた天皇ではありますが、いかんせん清朝初期にはスケールで負けます。

☆次元ジプシーさん、まったく、なんつーか、「よくあんなの放映できたな」と思いましたよ。
特区日本、そして「日本人のみなさあん、死んでください」から、合衆国日本の独立宣言。虐殺の惨劇のなかから、国譲りや「産霊」の物語も恐らくつむぎだされてきたものでしょう。
国文学の基礎を作った芳賀矢一は、「日本神話や御伽噺に、残酷なものは一つもない。温和で寛恕な国民性を現すものだ」などと能天気で自己チューなことをほざいてましたが、明治の明朗性はそんなものに支えられていたのでしょうかね。

それにしても、アニマ色身、初めて聞きましたが、凄い言葉ですな。戦国を舞台に、一応小説書き続けてるわしですが、まだまだ、掘り起こさなければならない面があるんだ・・・

投稿: 龍3 | 2008.06.11 00:38

>コードギアス
ゼロが、四月一日(わたぬき)がふざけてるようにしか聞こえんw少年時代は侑子さんだし。
天子様はコハナちゃんか
わかわかめなレスでスマソ

>日本神話や御伽噺に、残酷なものは一つもない
古事記は読んだのか?当時はまだカチカチ山とか舌切り雀とかはなかったんだろうなあ(んなわきゃあない)
まだあるな、花咲じいさんに猿蟹合戦、芳賀氏の頃の桃太郎は鬼退治ではなく鬼との話し合いで解決したんだろうw(原典版の鬼退治って結構残酷な描写があったような気がする)

投稿: Bach | 2008.06.15 22:11

☆Bachさん、コードギアスのほうは、わからんのでまた今度勉強してから(笑)
で、芳賀先生、結構、残酷な御伽噺にも言及していることはいるんですが・・・
「これらは日本古来のものではなく、外国から伝わってきたものに違いない」と、端から断言されておりました。わし、それを読んで腹を抱えて笑ってしまいましたがな。
もうちょっと時代がたつと、芥川などは、桃太郎の残酷さを、日本の中国侵略に重ねて風刺的に描いてるんですけどね。

投稿: 龍3 | 2008.06.16 01:03

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