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2008.06.20

「源氏物語」をどう見るか(7)

Jidaigissha


前回、昭和13年以降、敗戦に至るあたりを「源氏物語にとって最大の受難時代」と書いた。
しかし、これにはもう少し説明を加えなければならないと思う。
単純に「受難、暗黒時代」であったなら、焚書だの禁書だのになったように思われる。
ところがこの時代、源氏物語は、なんと小学校の国定教科書の教材になり、全国の少年少女が読まされていたのだ!

そもそも、橘純一が源氏物語を非難・弾劾したのは、国定教科書(この時代、これ以外は学校で教科書にすることは禁じられていた)に載る事に際しての反対意見だったのである。
彼の意見は確かに大きな反響を生んだ。しかし彼に賛成したほとんどは、源氏物語に関して専門化ではない人々である。
肝心の教科書編纂側、そして国文学界は、ありていに言うと彼の意見を黙殺した。
かくて、国定教科書「小学国語読本」巻十一=六年生用に1938年(昭和13)から1947年(昭和22)まで源氏物語は載っていたのである。

これをして、教科書編纂者や国文学者たちが、軍国主義や国粋主義に抵抗し、良心を守り抜いたから・・・と賞賛する向きもある。ところが、そうではなかったのだ、残念ながら・・・

たとえば、彼らのうち、正面から橘純一に反論した意見はほとんど・・・いや、ひとつもなかったのである。
教科書編纂者井上赳(たけし)は
「区々たる俗論の如きは敢えて論ずるに足らない」と言っただけ。
ほかには、「源氏物語をもつて頽廃文学とするのは一知半解の考であらう。」「もし源氏物語を頽廃文学と認める立場から考へれば、わが国の古典文学は何らかの意味で退廃的であり不健全といふ事になる」「源氏物語を排撃する人々は(中略)左翼思想を隠した人々に多いことを一言しておく」などと、頭ごなしに恫喝した者もあれば、「橘は主催していた国語研究の雑誌が運営困難になったので、名前を売ろうと過激なことを言ったのだ」と、誹謗するやつなど、ろくでもない意見しか残っていない。
実は、教科書に源氏物語を載せようとした彼らの意見もまた、十分に当時の軍国主義、国粋主義的時流に乗っかったモノであった。(続く)

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