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2008.06.25

「源氏物語」をどう見るか(番外編)

Daigojito

さて、源氏物語にとっての最大の受難時代の話が長くなってしまった。
だいぶ「源氏物語をどう見るか」から、道が外れてしまっているような気もする。
外れついでに、「大不敬」問題をめぐる人々の、その後の人生について触れてみたい。

まず、「大不敬」論を展開し、源氏物語排斥の急先鋒だった橘純一。
彼の論は結局、国文学界からは黙殺されてしまった。
彼はそんな中、陸軍士官学校の国漢教官(国語と漢文を教えたのだろう)となる。しかし、1943年(昭和18)に出版しようとした「日本神話の研究」はなんと陸軍当局から「発禁処分」になってしまった。当時国策として公認されていた神話解釈と異なるものだったせいだ。
やがて敗戦となり、陸軍士官学校は閉鎖となって自然退官。5年後に跡見短期大学教授となったが、その4年後、70歳で死去。

橘純一の攻撃した教科書を編纂した井上赳。
彼は引き続き教科書編纂事業に携わったが、1944年(昭和19)、文部省図書局廃止に抗議して辞職。戦後は1946年から1947年まで衆議院議員。日本国憲法の審議にも参加。
1951年から1956年まで東京文科大学(現二松学舎大学)、1958年から1965年の死去まで共立薬科大学の教授を務めた。
彼は戦後、「戦時中の自分は軍部や国家主義・国粋主義と戦い、その干渉に抵抗し続けた」と主張している。

源氏物語のことを
「いかにわが民族が、優秀なる民族であるかを、最も具体的に説明することであって、その内容が、頽廃的であるかどうか、などいふことは、まったく問題にならないことである」
と戦時中、国粋主義的に発言していた小説家・舟橋聖一。
彼は、敗戦の翌年、雑誌「国語と国文学」で
「自分の戦時中の考えは『もののあはれこそ国文学精神』というものだったが、大東亜文学者会議の事務局に握りつぶされて、発言を許されなかった」
と書いた。
その後、日本文芸家協会初代理事長、文部省国語審議会委員などを務め、1976年死去。

ちなみに「国語と国文学」の同じ号で、橘純一は
「戦前は為政者の魔術にかかって、科学的態度を軽視し、独善的態度に陥っていた」
と反省?している。

最後に、橘純一に対し、唯一名指しで反論した蓮田善明。
その当時、成城高等学校教授であり、日本浪曼派の論客としても活躍していた。やがて軍隊に召集され、陸軍中尉としてマレー半島で敗戦を迎える。その翌日、8月16日に、上司を射殺して自決。


このブログにコメントをくれる畏友が、示唆を受けたという
「文学部をめぐる病い(」高田理惠子著 松籟社)
という本を、数日前に読んだ。
副題に、「教養主義・ナチス・旧制高校」とある。
主に戦時中から戦後への日本のドイツ文学者たちの右往左往する言動を、シニカルで客観的、かつ愛情に満ちた筆で描いて、「二流」の自覚にさいなまれた「半端な文化人」がどう生きてきたかと言う問題を提起した本・・・だと思う。
戦時中から戦後に掛けての、源氏物語に関する国文学者たちの右往左往と、この本に書かれたドイツ文学者たちと、相似形であるのは言うまでもない。

彼らの「論」に対して、わしは批判的であるが、彼らの生き方、人格については何も言うことはできないだろう。
高田理惠子氏の言葉を借りれば、
彼らの「努力、悔しさ、悲しみ、そして過ち」を、何とか理解しようと思うだけである。

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コメント

源氏物語ってダルソーで、これまで読んだことなかったです。きっと一生読まないだろなと思っていましたが、龍3さんのブログをきっかけに、ふと、読んでみようかなと思いました。
まずは古典文法の復習からと思って、今日、仕事帰りに本屋に直行。
気がついたら漢文、英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語の文法書まで買ってもーてた。受験生か、わしは!(自己ツッコミ)。どうせ読めねーよ。教訓→おべんきょはすべき時にちゃんとやっとかないと駄目っすね。

P.S.
タレントの神戸みゆきさんが今月の18日に、24歳の若さで亡くなっていたと、ついさっき知りました。セーラームーンミュージカル(彼女は第3代ムーンでした)の遅れてきたファンとしては大ショックです。安らかなご冥福をお祈りいたします。
ムーンのアニメ、実写、ミュージカルを併せたトリビュートCDを作ったのでいずれ龍3さんにご進呈いたします。(泣けます)

投稿: 次元ジプシー | 2008.06.26 22:39

☆次元ジプシーさん、コメントおおきに。
実はわしも、源氏物語をまともに読んだことがなかったのです。
今年になって「千年紀」とやらで、騒がしいので、周辺的なことを書いてみようと、こんな論文もどきを書くうちに、逆説的に「源氏物語って、凄いやん」とやっと気づいたうかつさです。
でもって、今、とり憑かれたように読んでおります。次回からこのココログで「源氏物語を読む」の連載を始めます。(笑)やるべきときにちゃんとやっておけば・・・という後悔は、まあ、眼をつむりましょう(笑)

しかし、ラテン語の文法書なんて、まるでギムナジウムの学生ではないですか・・・

神戸みゆきさんの急逝は、わしもショックでしたよ。
実写版セラムンでマーキュリーを演じた子(旧名・浜千咲・現・泉里香)が、芸能界に復活したという朗報を聞いた直後にそれを知ったので、余計に痛ましい思いでした。
トリビュートCD、頂けるなんてもったいなくも光栄です。申し訳ないです。
貰えたならば、大いに泣いて、神戸みゆきさんの供養にと思います。

投稿: 龍3 | 2008.06.27 00:43

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