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2008.06.16

「源氏物語」をどう見るか(6)

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(写真は、左京区岡崎にある、京都市美術館。1933ー34年(昭和8-9竣工)

源氏物語を現代語に訳したものは、与謝野晶子以来、今に至るまでいくつも出版されている。
谷崎潤一郎が手がけたものも有名だ。
ところが、彼が現代語に訳した源氏物語は、3種類存在するのである。
なぜ彼は何度も現代語訳を試みたのか?

実は最初のものは1935年(昭和10年)から書かれ、1939年(昭和14年)から1941年(昭和16年)にかけて刊行されたのだが、一部が削除された不完全版であり、戦後になってそれを補う第2回のものを出版したのである。3回目は、かなり時間が経ってから「決定版」として、新仮名遣いのものとして出したのだった。

では、最初のもので削除されたのは、どこかというと、

「源氏の構想の中には、それをそのまゝ現代に移植するのは穏当でない三カ条の事柄がある。
その一つは、臣下たる者が皇后と密通してゐること、他の一つは、皇后と臣下との密通に依って生れた子が天皇の位に就いてゐること、そしてもう一つは、臣下たる者が太上天皇に準ずる地位に登ってゐること、これである」
という、部分であった。
この言葉を谷崎に申し渡したのは、校閲者として携わった国語学者・山田孝雄(よしお)である。
その背景には、皇国史観による、思想統制があったことは言うまでもない。山田孝雄は、国語学者として「山田文法」理論で知られる実力者だったが、国粋主義を推進した「国士」とも見られていた。

次に引用するのは、橘純一という国文学者が、1938年(昭和13)に発表した文章である。おそらく、源氏物語に対する、史上、最も苛烈な非難と弾劾の言葉だと思う。

「源氏物語の情的葛藤中、最も重要な枢軸をなす藤壷中宮対源氏の君の関係、これより起こつた第三帝(桐壷の巻に出で給ふ帝を第一帝として数え申す)御即位の事、源氏の君が太上天皇に准ぜられる事、これらは大不敬の構想である。源氏の君の須磨引退の原因となった第二帝の寵姫朧月夜内侍との関係も亦然り源氏物語は全篇一貫して、その性格が淫靡であり不健全である。平安貴族衰亡の素因を露呈した文学である。」
(小学国語読本巻十一「源氏物語」について文部省の自省を懇請する・太字は原文のまま)

 光源氏と藤壺の密通、その間の不義の子が皇位に就く、
 そして光源氏が皇位に就いた子の父として「太上天皇」となる、
 また、光源氏とやはり帝の妃だった朧月夜との密通、

 これらは「大不敬の構想である」と、橘純一は喝破した。

天皇・皇族・皇室に敬意を払わず、無礼な行為をするのを不敬というのであるが、「不敬罪」というものが存在した時代、これは法律違反と言う以前に、道徳的に糾弾されたのである。
それが、「大不敬」だよ・・・おそらく当時にあっては、最大級の非難、糾弾、弾劾だ。
山田孝雄は、橘純一のように、源氏物語全篇を否定したりはしなかったが、橘の指摘した部分に関しては、厳しく削除を言い渡した。

「(山田)先生が粛然と襟を正してこれを申し渡された時の態度は、いかにも古への平田篤胤などに見るような国士の風があったことを、今も忘れることは出来ない。」
(谷崎潤一郎「あの頃のこと」(山田孝雄追悼))

谷崎潤一郎はもちろん不本意だったに違いないが、「大不敬」とされた部分を削らなければならなかった。
そして、これ以降、源氏物語に関する書物は、この「大不敬」に関わる部分を削るか、伏字(××)にするものが多かったらしい。
源氏物語にとって、最大の受難時代だっただろう。

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コメント

そうですよね、不敬罪にあたりますよね。
口にするのも恐れ多いというか。。。
そう考えると、よくぞ今まで残っていたものだと思いますよ。
でも「えっ?こんなん書いてええのん?」と思いながらも、みんな心ときめかせながら読んでしまうんですよねぇ

投稿: れこりん | 2008.06.17 22:11

☆れこりんさん、本当に、よく禁書とか焚書にならなかったものです。
それというのも、やはり源氏物語が素晴らしい小説だったからで、まさに不滅の作品と言わねばなりますまい。

投稿: 龍3 | 2008.06.18 01:32

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