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2007.06.05

太秦の広隆寺

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太秦(うずまさ)というのは、京都の地名の中でも難読のほうだが、映画村という著名な施設もあって、わりと知られているのではなかろうか。
しかしここにある最も根本的なものといえば、山城の国で最古の寺、広隆寺であろう。

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この写真が霊宝殿で、ここに、国宝第一号として知られる、弥勒菩薩像がある。
国宝シリーズをblogで連載しているtakebowさんに、この像のことを思い出させてもらい、中学時代の修学旅行以来、何十年ぶりかで訪れてみた。

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何せ記憶はほとんど朧で、境内の池にこんな睡蓮が咲いていたのは、望外の喜びであった。

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霊宝殿のほかには、余りひと気もなく、静かな佇まい。境内から出れば、太秦の地は、ひじょうに賑やかで生活観溢れる土地なのだけれどね。

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当然ながら、霊宝館内は撮影禁止。
弥勒菩薩像はやはり、素晴らしいものだった。
その優美、繊細、気高さは、人間が造り得たのが奇跡かと思う。
端正でいて柔和であり、しかも凛としている表情。
たおやかな腕と、絶妙のカーブを描く指。
人間離れしたほっそりした上半身と、それを受け止めてバランスを保つ下半身。
いくら言葉で描写しようが、その美しさをどれほども表現できないのが、口惜しいなあ。

国宝が20、重要文化財が48もこのお寺にはあるのだ。
弥勒佛も、著名な赤松作りの像のほか、百済伝来の『泣き弥勒』と呼ばれるものは、実に可愛らしく、確かに泣き顔にも見えて、しかも荘厳だった。
不空羂索観音、十一面千手観音の巨大な立像も圧倒された。
十二神将の精緻な造型も魅力的だった。

渡来人を祖とする秦氏の根拠地、太秦。その精神的中心であった広隆寺。
霊宝殿の薄暗い空間で、数々の仏像を前にしていると、心ははるか古代に飛ぶのである。

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コメント

お寺の前は嵐電がゆっくり通り過ぎる。
いいところにありますよね。このお寺。
大好きです。
門をくぐると そこは凛としていて 広い。
気の温もりが感じられる本殿。
そこまでで十分なのに、さらに奥の霊宝館の弥勒菩薩像は美しく。。

私の好きなお寺のひとつです。

ここ紅葉の季節の隠れ名所でもあります。

また行きたくなりました。

投稿: yume | 2007.06.05 22:26

☆yumeさん、太秦のあたりは、学生時代に友人が何人か下宿していて、結構行く事が多かったのです。にもかかわらず、広隆寺、素通りしておりましたねえ。
楓の新緑が実に爽やかでした。紅葉の季節もさぞかし、と思いました。

投稿: 龍3 | 2007.06.06 00:14

先日の嵐電散歩で広隆寺にも行きまして。
三年ぶりくらいでしょうか・・・。
まだ睡蓮は咲いていませんでしたから、
龍3さんの睡蓮を見せていただいたら
また行きたくなってしまいました(笑)
弥勒菩薩さまは心落ち着きますね・・・。

投稿: | 2007.06.07 01:03

☆蒼さん、睡蓮の池はささやかな規模でしたが、境内の感じがとても清々しいので気持ちよかったです。池にはトンボも舞っていました。

投稿: 龍3 | 2007.06.07 12:13

太秦らへんを通ると どうも役者さんがいないか キョロキョロしてしまう ミーハーな私です。先日嵐山へ出向いた時は どうやら妻ブキ聡くんがいたそうな...
次回はそういう欲望を捨てて 菩薩様に遭いに出かけてみます。

睡蓮しばらく楽しめそうですね

投稿: マリー(花奴) | 2007.06.07 21:34

☆マリーさん、撮影所通は、かつてはほんまに俳優さんたちが日常不断に見られたそうですし、祇園などでは勝新太郎が毎晩のように豪遊・・・だった、京都映画黄金期はもう、戻ってきません。
弥勒菩薩の救済を待ちつつ、睡蓮を楽しみましょう。

投稿: 龍3 | 2007.06.08 00:49

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