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2007.02.16

京都案内本の真贋

京都ブーム、「京都検定」人気の余波、いろいろあって、書店の「京都コーナー」はどんどん本が増えていくようである。

わしが京都に来て、ともかく京都のことを知らねばと思って買った本の一つが
岩波新書・青版の「京都」で、林屋辰三郎先生の名著である。
1962年に第一刷が発行されて以来、版を重ねて今に至るも読み継がれている。

その冒頭を引く。
「 御池
 京都は、神泉苑からうまれた。そういっても京都をおとずれる人々に、神泉苑の名はあまり耳なれたものではなかろう。いや京都に住む人々にも、このごろはさほど関心をもたれてはいない。しかし御池といえば、京都を知る人なら誰でも知っているはずである。その通りには京都市民のための市役所もあれば、京都訪問客のための著名なホテルもある。そのうえ戦後、疎開跡を利用して道幅をひろげてからは、祇園会の山鉾巡行路ともなって、一躍その名を高めた。」

さて、次に引用する文章は、2004年10月に発行された、京都を案内する本の一節である。

「 神泉苑
京都のルーツ
 京都は神泉苑から生まれた。そういわれても神泉苑の名は余り耳慣れないものかもしれない。しかし「御池」といえば、京都の人なら誰でも知っているに違いない。単に御池と呼ばれ、古来親しまれてきた名園である。二条、三条といった京都洛中の大路の真ん中にあるのが御池通で、戦後は祗園祭りの山鉾巡航路となって一躍その名を高めた。」
 

一目瞭然、ほとんどそのまんまパクリである。
しかも、よく知られた名著の冒頭をいただくという大胆不敵さ!
わしは呆れ果てたのであるが、ふとわが身を振り返って思うところがあった。
わしも、京都の案内をブログに載せている。寺社や名所の由来などを綴るとき、先人の著作を参考にするのは当然である。
そのとき、データを引く程度なら許されるであろうが、文章をそのまま盗み、あるいはあちこちから切り取ってきてつぎはぎして、自分の創作のように披露し、得意になっていないか?
固く自戒せねばならぬと思った。

京都の名所案内の本は、江戸時代から沢山出ていて、一つヒット作が出るとその海賊版みたいなものが続々と出たようである。
現代は手軽なガイドブックや地図を兼ねたムック本、イラスト本から、花の名所や美術や骨董や庭園やらの専門的な案内書まで、百花繚乱状態。
インターネットのHP、そしてblogもまた京都関係のものがたくさんある。
わしのblogなどは偏向がはなはだしく、忸怩たるモノではあるが、限りなく良心的でありたいと思う。

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2007.02.12

智積院・法住寺の梅花

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東山七条界隈、智積院の境内、法住寺の門前で、梅の花が咲いています。
智積院は、広く明るい境内で、梅も姿よく伸びやか。ただ、ここんところ年中庭園の手入れで大規模な土木作業をしているので、落ち着けないのが残念。

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上手くアングルを決めないと、クレーンだのトラックだのが入ってしまうのであります。

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本堂の右手、蓮池の横に建つ不動堂の堂内はいつも落ち着けるんで好きです。この前に咲いている紅梅は、そろそろ散り始めていましたね。

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三十三間堂の東側にある法住寺。門前の紅梅が咲き始めていました。色を塗りなおしたばかりの三十三間堂をバックに撮ると、なかなか絢爛とします。

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この写真を撮ったのは、もう一週間くらい前です。この竜宮城みたいな門の少し北側にある、もう一つの門の前には白梅があって、そっちはまだちらほら咲き始めでしたが、もう、かなり開いているでしょうか。

そして法住寺境内の枝垂れ梅は、まだまだ咲いておりませんでした。

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2007.02.10

山科の毘沙門堂

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山科盆地の北辺を走る琵琶湖疏水は桜の名所でもあります。そこからさらに北へ登ると、枝垂桜で知られる毘沙門堂がひっそりとあり、今はその枝垂桜の横で、一本の白梅が香気高く咲いています。

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JR山科駅から、ほぼ真北へ住宅街を抜け、坂道を登り、疏水を越えてさらに一キロくらいでしょうか。
木立に囲まれ、仁王門に向かう急な石段がそそり立ってます。

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途中に、ヤマモモの古木がねじれてそびえたち、仁王門を守護するかのように枝を張ってます。

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門も本堂も寛文年間の建立で、日光東照宮に通じる極彩色の装飾・・・だそうですが、今は色褪せてそれほど派手でなく、静かな山科の山際にたたずむ古刹です。

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護法山出雲寺、というのが正式な名前だそうですが、ご本尊が毘沙門天なので、毘沙門堂と呼ばれるとのこと。
枝垂桜や梅は、本堂でなくて、宸殿(寝殿なのかな?)という建物の前にあり、そのさらに前に勅使門というのがありまして、この門から枝垂桜を撮るのが写真の定番のようです。

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本堂をよく見ると、確かに彫刻や色の装飾はかつての華やかさを偲ばせますな。
ちなみに、本堂で毘沙門天を拝むのは無料ですが、庭園や本堂の後ろに続く霊殿の「動く襖絵」とやらを見るには500円の拝観料が必要。どうしようか迷いましたが、わし一人で拝観するのにお寺の方を煩わせるのは申し訳なく、桜の季節にでもまた・・・と今回はパス(苦笑)

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境内案内図ですが、赤線で印したところに樹齢百数十年の大きな枝垂桜があり、春が待たれます。

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ちなみに、この日2月7日、山科の琵琶湖疏水はほとんど水を抜いて工事中。コンクリートの水路が日に曝されていました。

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2007.02.08

二重写しの京都・下鴨本通

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下鴨神社の西側を南北に走る、下鴨本通は、わしにとっては馴染みの道であった。
ここに、「京都プリンスホテル」というホテルがあったが、これは岩倉にある「京都宝ヶ池プリンスホテル」とは縁もゆかりもなかったそうで、2000年に営業を終え、今は跡形もない。
わしはこのホテルの屋上ビアガーデンで友人10数人と飲んだ事がある。当時の先生に連れて行ってもらったのだが、「支払いは任せろ」と太っ腹だった先生が、請求書を見て青くなり、皆で慌てて出し合ったというほほえましい記憶が(笑) 
あと、「加茂みたらし茶屋」の近くの「からふね屋 下鴨店」にしばしば行った。当時、深夜営業の店が京都には数えるほどしかなくて、非常に重宝したのである。この店も今はなくなってしまった。
ほかにも、老夫婦でやっていた小さな洋食屋とかもあったのだが、そのレトロな雰囲気は「グリル生研」に残っている。「生産開発化学研究所」というやたら理系っぽい名前のビルの一階にある老舗洋食店で、下鴨神社で結婚式をすると、ここで披露宴をさせてもらえるとのこと。
しかし、そんな懐かしい匂いに取って代わり、いまや、下鴨本通は「パティスリーなんとか」とか京懐石の料亭とか、堂々たるお店が並んでいて驚いた。そのどれも新築ながら古いヨーロッパの町並みみたいな洋風に洗練された建築である。
この通りをどんどん北に歩いて北大路を越えれば、「京都ギリシアローマ美術館」とかもあるし、北山通に至れば、モダンだったり前衛だったりという建物がずらり並んでいる。まるで「欧米か!」である(笑)。

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2007.02.04

二重写しの京都・下鴨神社(2)

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さて、今、下鴨神社というと、絶大な影響力のある「そうだ 京都、行こう」というキャンペーンのポスターに使われている「光琳の梅」が注目の的かもしれないが、まだ、一・二輪ほころんでいた程度。

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全体的にはこんな感じ。

しかし、この光琳の梅、昔のわしの記憶にはないのである。後で植えられた・・・はずはないのであるが(^^;)

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それよりも楼門をくぐった中にあるものでは、この舞殿の清々しい姿が印象深い。
昔、この辺りで映画のロケをやっていて、故・三船敏郎と舞殿の横で肩をぶつけそうになった事があったなあ・・・

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足漬け神事などをする、泉川の上をまたぐ橋殿もまた、清らかな雰囲気の建物。この日は金屏風に午後の陽射しが当たって、神々しい眩さ。

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光琳の梅こそ、まだであったが、境内には椿も咲いていて、冬のみどりの中で気品ある彩りを放っていた。

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で、参拝のあと、楽しみにしていたのが、「加茂みたらし茶屋」でみたらし団子を食べること!だったのであるが、なんと、この日はお休み!
がっくりしていたが、下鴨本通をはさんで反対側に、とても素敵な喫茶店を発見。
「木下珈琲店」というこのお店、隅々まで神経の行き届いた清々しいお店で、チーズケーキセットを頂いてきた。珈琲は、ちょっと京都の店にしては薄かったかもしれないが、磨き上げられた店内の綺麗さは、下鴨神社の清爽な雰囲気と似て、とても気持ちよかった。

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2007.02.02

二重写しの京都・下鴨神社(1)

京都で暮らした年月がかなりなものになって、想い出の中の京都と現在の京都に、かなりの差異を感じるようになってきた。
わしはやたらと京都の中で引越しを重ねたので、いわゆる引越し貧乏である代わりに、あちこちに想い出を持つ事が出来ている。それをそろそろ引き出しから出して、現在の京都と重ねながら、二重写しの思い出語りを始めようと思う。

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1月31日、久しぶりに下鴨神社へ詣でた。ここは、わしの京都生活の最初の思い出の地である。
高校を卒業して、京都に来たわしは、左京区の高野に下宿し、御蔭橋を渡っては、この神社の境内を毎日横切っていたのである。

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下鴨神社を包む森林を「糺の森」という。平安遷都以前の山城盆地の風景をとどめる、太古の森なのである。完全に住宅地に囲まれ、東西300メートル、南北1キロくらいしかないけれど、巨木の立ち並ぶ雰囲気は荘厳だ。そして、かつては境内にはまったく照明がなくて、夜になると本当に真っ暗だった。肝試しのつもりで何度か強引に夜の境内を突っ切ったときの、ドキドキ感が懐かしい。

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現在は参道に照明が整っているのは、世相を考えると仕方ないだろう。
そのほかにも境内は整備と遺跡調査が進んでいる。今回「散策路」というものを見つけた。かつては踏み込めなかった森のなかに道が出来て、樹を縫い、泉川のほとりを歩けるのは楽しい。古代の祭祀跡なども表示されていて、神寂びた雰囲気を味わえる。

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朱塗りの楼門の鮮やかな色彩と軽快な姿が、いつ観ても爽快である。かつては21年ごとに建てかえられたそうで、神社の建物は「古さ」を良しとしない。穢れなさが身上なのだ。
しかし、変わらぬかたちは、心を落ち着かせてくれる。

追記・前に下鴨神社の夜の景色をアップした事があったなあ・・・と思って振り返ってみたら、ちょうど一年前に「夜の下鴨神社」というのを書いておりました。

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