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2006.10.05

京都と「作家」 その2 梶井基次郎

Rojiura_008

セレブな文豪と対極的なアプローチで、京都を題材にした作家の代表は、「檸檬」の梶井基次郎だろう。
(念のためですが、「檸檬」は「レモン」と読みます。)

では、「檸檬」とはどんな小説か?とりあえずまとめると・・・

学業を放擲し、肺を病み、「見すぼらしくて美しいもの」に惹きつけられて京都の街を放浪する学生。寺町二条の果物屋の店先に輝いていたレモンに魅せられて一個買い、河原町の書店「丸善」に行って、画集を広げて積み重ね、ゴチャゴチャな色彩の上にレモンを置いて出てくる。
「丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛て来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなに面白いだろう。」と夢想しながら。

なんというかまあ、生活が乱れきって、刹那的になってしまったお兄さんの独りよがりの妄想なのだけれど、テロが日常化した現代では、あんまりシャレにならんかもしれないなあ。(苦笑)
わしも二十代、いろいろ挫折しては引きこもりみたいになった時期があって、鬱屈した気分は体験した。また、うらぶれた裏通りの方に惹きつけられる感性は共感できる。しかし、「だからどうやちゅうねん?」という読後感ではある。

なのにどういうわけかこの作品は「青春の憂愁」を象徴する名作、みたいに讃えられていて、主人公がレモンを買ったと目される寺町二条の「八百卯」には、その説明を記したレモンが今に至るもずっと陳列販売されている。そして先頃店を閉じてしまった河原町蛸薬師の「丸善」も名作ゆかりの店として名を売り続けた。確か閉店のときも店内の本の上にはレモンがごろごろしてたはずである。

それでは、梶井はそんなに京都に深く関係しておったのか?

彼は、1901年(明治34)に大阪で生まれ、サラリーマンの父の転勤に伴い、東京、三重県鳥羽と引っ越しつつ育ち、1919年(大正8)に第三高等学校に入学。これは現在の京都大学教養課程にあたるもので、本来3年で卒業のはずが、彼は2回落第して、5年間過ごした。1924年(大正13)には東京帝国大学英吉利文学科に入学して、なんの未練もなく東京へ行くのだ。「檸檬」が発表されたのは東京で始めた同人雑誌「青空」の創刊号である。以後、この同人雑誌に次々と書き、これが休刊となっても他の同人雑誌に書き続けた梶井だが、京都時代から患っていた肺結核が悪化。1931年(昭和6)に創作集「檸檬」が発行されたものの、翌1932年(昭和7)に、31歳の若さで世を去る。

わしの手元にある梶井の本は、「檸檬」(新潮文庫 昭和56年発行 第28刷)であるが、これには20の短編小説が収められている。
京都を舞台にしている作品は、「檸檬」と「ある心の風景」の2作だけなのは、ちょっと驚いた。
「ある心の風景」のほうも、京都の街の描写がかなりあり、夜更けに四条通や新京極を、赤や青の七宝に飾られ、「美しく枯れた音」のする朝鮮の鈴を腰に下げて歩く主人公は印象的だ。でも「街では苦しい」と何度も呟く彼の憂愁の源は「娼婦に移された悪い病気」である。これではやはり、「京都が売り物にする名作」とはなり得まい(苦笑)

梶井の京都での生活は三高生としての5年間であるが、新潮文庫の解説によれば、実に乱暴で「頽廃的」だったということになる。
琵琶湖疏水で仲間と夜中に泳いで震えあがり、寒さしのぎに酒を飲んだ勢いで売春宿に行ったのが始まりで「甘栗屋の鍋に牛肉を投げ込んだり、中華蕎麦の屋台をひっくり返したり、借金の重なった下宿から逃亡したり、自殺を企てたり・・・」「京都で少しは顔の売れていた『兵隊竹』という無頼漢に左の頬をビール瓶でなぐられたり」したそうである。既に肺の病があったのに、そんなことを繰り返しておれば命を縮めるのは当然であろう。
しかし、誰しも青春の日々にはやりきれぬ憂悶があり、破壊、あるいは破戒の衝動を覚えるものである。それを正直に突っ走った梶井に、当時の読者たちには共感と憧憬があったのであろうか。

梶井が居た頃、寺町通りはけっしてみすぼらしい裏通りなどではなかった。むしろ華々しい表通りだったはずである。しかし今、寺町通りは明らかに「表」ではない静けさのなか、不思議に情緒溢れる雰囲気がある。その一端に、「檸檬」のイメージがあるのは、確かだろう。

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コメント

読めます!読めます!
梶井基次郎の「檸檬」、知っていますよ~
といっても、読んでないので内容は知りませんでした(~_~;)
京都が舞台だったのですね。
寺町通りって、ひっそりしていますが、わたくしは結構好きですね。
今度「八百卯」というお店に行ってみたいなぁ~

投稿: れこりん | 2006.10.05 21:40

れこりんさん、「檸檬」はすぐに読める短さです。
ネットの「青空文庫」などを検索されると、著作権が切れている作品ですので堂々とダウンロードし、読む事が出来ますよ。
また、「八百卯」は二階がフルーツパーラーで、新鮮な果物のパフェは絶品だそうです。

投稿: 龍3 | 2006.10.06 01:46

こんばんは。
広小路のあたりの町名は梶井町なのですね。最近気がついて、この龍3さんの記事を思い出してました。
でもペンネームじゃないのですね。ただの偶然。(^^?

投稿: winter-cosmos | 2006.10.13 22:38

winter-cosmosさん、なかなか京都では町名を日常生活で使わないので、知らないのが多いですが、梶井町、ほんまにありますね(@@)
わしのもってる地図で見ると、府立医大の北で、まさしく梶井基次郎も間違いなくここを通ったであろうあたりです。偶然とはいえ面白いですね。

投稿: 龍3 | 2006.10.15 00:15

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