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2006.10.04

京都と「作家」 その1 いわゆる文豪

Gionya_002

「京都在住 小説家 作家」
という検索ワードでググってみたら、わしんとこの、このblogが第1位で出てきて、思わず「げっ?!」とのけぞってしまった。(苦笑)

過去に名を残している作家で、京都に住み続け、京都で亡くなったという人は、わしの知る限り 吉井勇くらいである。祇園の白川のほとりに「かにかくに」の石碑があり、毎年11月8日には、祇園甲部の芸妓さん舞妓さんが花を手向けて舞を奉納する。祇園を愛し、祇園に愛されて昭和35年に肺ガンにより、京大病院で死去。
しかしこの人は歌人であり、都をどりの歌詞なども書き、また戯曲も手がけているようだが、小説は残されていないようである。

ほかに、京都に関わる著名な作家といえば、谷崎潤一郎と川端康成が双璧だろう。

谷崎は昭和20年に京都にやってきて、まず寺町今出川上ルに間借りし、続いて「永観堂の西二丁若王子みち白川の岸」に居を構え、さらに下鴨の糺の森東側にある邸宅に移る。この屋敷は今も谷崎が暮らしていた頃のままに残り、先頃、一般公開もされたというニュースをきいた。池泉回遊式庭園が美しく、御殿風の建物があるという豪邸である。
ここがとても気に入って、作家活動も旺盛だった谷崎であるが、夏の暑さ、冬の寒さに耐えかねて昭和31年に熱海に転居したそうだ。

川端は谷崎以上に京都の名所旧跡を作品の舞台に使っている印象があるが、京都に住んだことはない。中京の老舗旅館「柊屋」と、三条蹴上の「都ホテル」(現・ウェスティン都ホテル京都)が定宿であった。
ちなみに柊屋旅館は現在、1泊2食付で30000円から80000円と、HPに出ている。

これらを見る限り、京都は筆名を揚げた文豪が、セレブな楽しみを味わう街だった。
谷崎など「私は三日に一度は美食をしないと仕事が手に付かない」と言い、川端の書いた色紙や掛け軸は、市内の一流どころの料亭、割烹には山と残っているようである。
彼らの小説に、今熊野商店街をうろつき、タコヤキを子供と分け合って食うような描写は間違っても出てこない(笑)。
祇園の御茶屋で舞妓さんを揚げて遊び、超高級料亭で京料理の粋を味わい、柊屋だの俵屋だの都ホテルだのを定宿にする・・・それは素晴らしいことである。
しかし、望んでできることではない。このどれ一つとっても、自腹で出来ますか?

わしは、そんな特権階級とはほぼ、無縁である。
そんなわしが、ここでどんな小説を書けるのか。精一杯あがいてみようと思う。

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コメント

龍3さん 何もセレブな生活している人だけがいい小説を書けるわけじゃありませんよねぇ。

 普通の生活をしている人の方が親しみを感じる小説を書けたりすると思いますよ。

 龍3さんの大作 楽しみにしています。

投稿: yume | 2006.10.05 22:18

yumeさん、おっしゃるとおりで、祇園のお茶屋を知らなければ京都を書けない、なんてこたあないのですよね。
できないことに切歯扼腕しておっても話にならないし、わしはわしの道を行くまでです。
でも、そう覚悟を決めるに、なんと時間のかかったことか(苦笑)。
励ましのお言葉、ありがとうございます。

投稿: 龍3 | 2006.10.06 01:49

> 「京都在住 小説家 作家」
> という検索ワードでググってみたら、
> わしんとこの、このblogが第1位で出てきて、
> 思わず「げっ?!」とのけぞってしまった。(苦笑)

これが、googleの面白さであり恐さでもありますね。
今は、意図せざるところで「名が残る」世界なんでありますなぁ。

投稿: karesansui | 2006.10.08 20:18

karesansuiさん、意図せざるところで名を残すのは、怖いし時に無念にすらなりますからね。気をつけたいと思います。
書いているものも、自分の意図せざるところで評価されることは多いですが(^^;)

投稿: 龍3 | 2006.10.11 02:01

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