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2005.06.03

小説「流れのほとりで」第十三回

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 彼女も、ふるさとの川の名前を言ったはずなのだが、英輔はそれを記憶していない。あの頃の英輔は、祇園の白川の流れに映る舞妓姿に夢中だった。そしてその景色は、彼女のいなくなった今も、昔のままにあった。
 遠い声のように聞こえたのは・・・白川の瀬音だったのかもしれないと、英輔は川岸でぼんやりと思う。
「ここも、流れのほとりの街だったな・・・」
そう呟いた背中に、聞き覚えのある声が響いた。
「南原さんじゃないですか?京都は狭いって言うけど、たしかにそうだな」
胸に痛みを覚えながら振り返ると、恩田の顔が日の光の下でほころんでいる。その少し後ろには、美沙子が顔を心持ち伏せている。
「ご忠告ありがとうございました。京都で仕事はしたかったんですがね、今日の夕方に新幹線に乗りますよ。で、御覧の通り、土産物を漁ってるところです」
恩田は屈託なく英輔に語りかけ、手に提げたいくつもの紙袋を振って苦笑した。
 なんとなく息苦しくて、英輔は恩田から視線をそらし、美沙子を見る。美沙子の色白の顔に不審の色が浮かぶ。
「南原さん、お顔、腫れてません?」
「あ、いや、ちょっと二日酔いでね・・・」
慌てて恩田の方に向き直り、英輔は無理に笑顔になる
「そうですか、じゃあ、これで、お別れですね」
「うん・・・いや、お願いがあるんですが」
恩田が真面目な表情になり、手にした袋を石畳に置く。
「ニセモノの町家を飾り立てて高く売りつける仕事、と南原さんは今回の件をおっしゃいましたね」
「ええ・・・」
たじろぎながら、英輔は恩田のひたむきな視線を受け止める。
「これでも、建築家のはしくれなのに、京町家についてはあまりに不勉強でした。だからあの沢井氏の魂胆も見抜くことは出来なかった。泥縄で恥ずかしいんですが、本物の町家を、教えてもらえませんか」
「いま、これから、ですか?」
「ええ。厚かましいお願いですが」
 意外な言葉に、美沙子が目を見張っている中、しばし沈黙が流れた。英輔の胸には、どこか爽やかな小さな感動が生まれている。
「いいですよ、喜んでご案内します!」
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