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2005.05.02

小説「流れのほとりで」第十一回

sho-ki

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 怒号する沢井に向かって、その息が掛かるほどに顔を近づけた英輔は、ささやいた。
「恩田の奥さんの、美沙子さんはな・・・市田柿を知ってたよ」
「はあ?なんのことやねん」
「おれの生まれ育った家、お前の田舎のうち、美沙子さんの実家。天竜川を挟んで、三つをつなぐと綺麗に正三角形になるんだ。美沙子さんは、おれたちと同郷なんだよ」
「それが、なんやちゅうのや」
 顔をそむける沢井に、英輔は噛み締めるように言った。
「おれと美沙子さんは、京都を見る目が似てた。おれたちの、ふるさとは、どうしようもなく変わって行ってしまってるけど、京都は辛うじて変わらずにいる。だから、京都を守りたいと思うんだ」
「寝言抜かしてる場合か・・・」
喚きかけた沢井の胸倉を、英輔は掴んだ。
「お前は、京都弁らしいものを身に付けて、地元の人間みたいな顔をしてるけど、おれと同じで、どうしようもなくヨソサンなんだよ。ワルぶって、金儲けに走って、いつか後悔する時が来るぞ。ヨソサンだから、平気で京都壊しをしたんだって、ずるい京都人に、責任を全部押し付けられて、スケープゴートにされるんだ、わからないのか?」
「けっ!!」
 沢井は力まかせに、英輔の手をもぎ離し、唾を吐いた。そのまま、英輔に背を向けて門に向かって歩いていく。
「お前に説教されるほど、落ちぶれたくないわ。時間の無駄やった」
捨て台詞を残して、沢井の姿は寺町通りに消えた。

 殴られて痛む頬を、寒風になぶらせながら、英輔は裏通りを行く。煤け、壁土も剥がれて老朽化している町家が目に留まった。二階の虫籠窓(むしこまど)の隙間に、小さな人形がある。瓦土で焼かれた鍾馗(しょうき)だ。魔除けのために、京町家にはよく庇のうえに見かける。おそらく、家の者にも忘れられているであろう埃だらけの鍾馗が、みじめな自分の姿に重なって見えて、英輔は深く嘆息した。

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