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2005.04.30

小説「流れのほとりで」第十回

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 二日後の昼下がり、英輔はまた、沢井に呼び出されていた。
 寺町丸太町を下がったところの、ひと気のない神社の境内。紅梅が社殿に寄りかかるようにして咲いているのに見惚れていると、玉砂利を荒々しく踏みにじる音がした。
 振り返った英輔の目に、沢井は明らかに不機嫌で、目の光は凶暴ですらある。
「なんで、こないなとこで待ち合わせしたか、わかるか!」
沢井の声は、咆え声に近い。英輔は唇を噛んだ。
「わかるさ。ここは、こんな時期にはまるっきり人が来ない。それと、おまえのオフィスに近いしな」
「一発、しばいたらな気がすまへんわ!あんだけ、踏み外すな、言うたやろが」
 沢井は唾の掛かるほど、英輔に顔を近づけて、鬼面となって喚く。
「恩田のおっさんに、ようも、余計な忠告さらしたな。ただの古いぼろ家を、町家に仕立てて高く売りつける、いんちき商売に加担すな、やと!おまえ、何様のつもりや!」
力任せの平手打ちに、英輔は砂利の上に打ち倒される。
「このクズが!恩田のおっさんには、大学の助教授で、アルバイトに京都のガイドをしとる、言うて紹介したったんは、わしの思いやりやったんやで。ほんまはなんやねん?わしが紹介してやるガイドの仕事以外、今、おまえに収入あるんか?」
 ひきつった顔で、英輔は立ち上がり、精一杯の気力で沢井に向き合う。容赦なく罵言が襲う。
「お前があの文学賞受賞して、わしが祝賀会、開いてやったな?あれから何年経つ?いまだに、本の一冊も出せへんやろが。そやのに、作家やと?原稿料一円も稼げへん作家がおるか?わしの紹介してやるガイドの仕事と、女にたかって、やっとこ食いつないでるおまえや。身の程わきまえたらんかい!」
 歯を食いしばって、顔面を紅潮させ、英輔は沢井ににじり寄る。
「言われなくても、わかってるさ、そんなこと・・・」
「わかってへんわ!おまえ、恩田の嫁さんに、惚れよったやろ。このクソ餓鬼が、色ボケが!」
 野卑な叫びも、静まり返った境内に吸い込まれ、外にはほとんど漏れない。
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2005.04.29

小説「流れのほとりで」第九回

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 両側を生垣の続く、とても長い参道をゆっくりと登って泉涌寺に着くと、英輔は少し疲れた様子の美沙子に、悪戯っぽく笑って、さらに少し東山に踏み込んだ。
 その小さな塔頭には、思いがけないほど広い庭園があって、うららかな陽光が緋毛氈に射し込む書院で、美沙子は大きく伸びをした。
「こんなに静かで景色の良いお寺を、独り占めできるなんて」
「天気がいいからね。頼んでおいたから、すぐに、お薄が来るよ」
英輔の言葉に、膝を投げ出して座っていた美沙子は、少し慌てて正座した。
 やがて、作務衣を着た老婦人がやってきて、抹茶を点ててくれる。神妙な顔で座っていた英輔は、老婦人が運んできた菓子を見て、目を丸くした。
「これは・・・」
そのとき、美沙子もそれに気付いて、英輔と同時に同じ言葉を発した。
「懐かしい、市田柿」

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 老婦人が驚いて二人の顔を見比べる。英輔と美沙子はもっと衝撃を受けて、見つめ合った。
「この干し柿、たしかに市田柿ゆうて、信州の名産らしゅうおすけど、お二人はそちらの方どすか?」
 老婦人の言葉に頷きながら、美沙子はおずおずと英輔に尋ねる。
「南原さんは、飯田の人なんですか?」
英輔は、干し柿に手を伸ばし、真っ白に粉を吹いているひとつをつまみあげた。
「この柿、おばあちゃが毎年、何百個も皮を剥いて、二階の軒下に吊るしていたよ。あの頃は、日本全国、秋になればどこでもこれを作ってると思っていた。いちだがき、ってブランド名みたいになって、こっちで売られてるのを見たときは、びっくりした・・・」
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2005.04.28

勝手に紹介・今熊野商店街 9

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東山区の泉涌寺道交差点から、東大路を少し北へ上った東側にあるのが、「青山豆十本舗」。
その名の通り、豆菓子のお店で、自家製造販売している。写真はお店が一番賑わう節分の日のもの。
自転車を引っ張ってるお客さんとも応対する、気さくな雰囲気が、今熊野商店街らしいのである。

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しかし、ここは「東山五色豆」を名物とする老舗なのだ。
今まで節分の豆くらいしか買ってなかったわしだが、今回、知人への贈り物にしようとこれを購入した。
店頭に並んでいるパッケージから選んで「これを」と言うと、店のおばあさんは、なんとわしの選んだものより値段的に得で量の多い買い方を勧めてくれたのである!
「なんて良心的で親切!」と感激した。
そのあと、「本で見て来ておくれやしたの?」と訊ねられたが、最近はガイドブックやらを読んで訪れる客も多いらしい。そんなお客さんがた、ここは良いお店です!

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2005.04.26

お姫様路線バス

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東山七条から、豊国廟まで続く坂道は、通称「女坂」。なぜそう呼ぶのかというと、ここには「京都女子学園」があり、この学校は、通称「京女=きょうじょ」として知られる、幼稚園と小学校が共学で、あとは中学、高校、短大、4年制大学、大学院まで女子だけの学校なのである。
さて、わしは息子を保育園に送迎して、朝晩その女坂を通るのだが、ここで最近深紅のバスをよく見かけるようになった。
ボディに「Princess Line」と大書した華やかなバス、京都駅八条口から、東山七条、そして京都女子学園前を循環しているのである。

「親鸞聖人の体せられた仏教精神によって、自己中心でない豊かな人格を育てようとする建学の精神」を持つこの学校は、伝え聞くところでは、教室の黒板をガラガラと開けると、中に仏壇があるのだそうだ。
その学風にして、プリンセス、とはなかなか大胆な・・・と思っていたら、どうもこのバス、学園とは直接関係がないらしい。ここを参照。
京女(きょうじょ)の姫君たちからは、どう評価されているのでしょうかね?

☆4月26日追記
25日に尼崎で起きたJRの快速電車脱線事故で、京都女子大学の学生さんも一人亡くなったと聞いた。
突然に断ち切られた青春の無念さを思い、追悼の思いやまない。

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2005.04.23

小説「流れのほとりで」第八回

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 山科の喫茶店から、タクシーを走らせて東山トンネルを抜け、英輔は東山七条の智積院に美沙子をいざなった。
 冬にしては驚くほどの明るい日差しが、書院の庭園を照らしている。瀧音が聞こえ、池の豊かな水面が広がっていた。 
「そんなに大きな庭ではないんだけど、迫力あるでしょう?」
「ええ、山がすぐそこで、わあ、池は、縁側の下まで!」

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 二人は縁側に座って、しばし庭を眺めた。
「枯山水のお庭より、この方が心が潤ってありがたいわね、特に冬には」
笑顔の美沙子に、英輔も笑って頷いた。
「ここは、真言宗のお寺で、禅寺じゃないですしね。僕も、水のある風景のほうが好きなんです。川のほとりで育ったからかな。京都も、流れと山の景色があるから、すぐに馴染んだというか、どこか懐かしいんですよね」
「懐かしい、うん、わたしもそれには同感だわ」
 二・三人のグループの観光客が二組ほどやってきただけで、ずっと庭は静けさの中にあった。気がつくと一時間近く、座っていたことに気付いて、英輔は立ち上がった。
「美沙子さんは、歩くのは自信ありますか?」
「ええ、山育ちだから」
生き生きとした表情の美沙子に、英輔は泉涌寺まで歩いていくことを提案した。
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2005.04.22

小説「流れのほとりで」第七回

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 英輔の言葉に、美沙子は喜びの色を浮かべて、紅茶を啜った。
「今日、そのいんちきな仕事の打ち合わせに行ってるけど、夜にはまた、恩田に会ってそう言ってくださらない?」
「いいですよ。」
英輔は軽く応えたが、美沙子は信頼しきった様子で、少女のように目を輝かせる。
「憧れの街だわ、京都は。わたしみたいはおばさんはもちろん、若い人にだって、そうなんだから。・・・ほら、舞妓さんにしてくれるっていうか、舞妓体験、舞妓変身どころ、っていうの、あるでしょ?あれ、人気なのよね。わたしももう少し若かったら、やってみたいと思った」
「あれですか・・・僕らは、ニセ舞妓って呼んでますが」
英輔は苦笑した。そして、遥かな記憶が蘇って、知らず知らず口調が鋭くなっていた。
「最近はほんとに、化粧の仕方、自毛で髪を結う方法なんか、本物そっくりになってますけど、ニセモノだってことは地元の人間には一発でわかりますよ。本物はね・・・あの、高いおこぼって下駄で、走るように歩くんです。出来ますか、素人にそんなこと?・・・本物の舞妓は、自分の時間なんてないですからね・・・いつも追われるように急いで、京都の花や景色を見に行くこともなくて、屋形とお茶屋、狭い花街のなかだけで青春を潰して」
 あっけにとられて見つめる美沙子に気付いて、英輔は慌てて口を閉ざした。
「南原さんは、舞妓さんのことも、詳しいんですね。個人的なおつきあい、あったのかしら?」
「そんなの、無理ですよ。僕みたいな階級じゃ、お茶屋遊びなんて、一生できません」
「階級って、おおげさね。南原さん、沢井さんのお話じゃ、本職は日本文学の助教授なんでしょ?」
英輔は微かにひきつった笑顔で早口に答えた。
「ええ、学者は貧乏なものと決まってますよ。さて、夕方までまだ時間がありますね。どんなところをご案内しましょうか」
 陽気に声を上げながら、英輔は脳裏に浮かんだ面影を振り払おうとしていた。ふく髷に結い上げた髪、白塗りと紅の下に輝いていた誇り高い表情、憧れ、恋慕したただ一人の妓・・・
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2005.04.21

街角おもしろ物件

京都を歩き回っていたら見つけた、ちょっとした面白いものを紹介。

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京都国立博物館で開催中の「曾我蕭白~無頼という愉悦」展の宣伝のぼり。
「円山応挙がなんぼのもんぢゃ!」だったんですな(笑)

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御池通を歩いていたら、お店の中になにやら異様に輝く自転車が!
金箔屋さんが製作した、24金・黄金箔貼りのものでした。

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我礼寺というお寺の表札・・・ではありません(笑)

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2005.04.20

西陣・桜巡り

今日、4月19日は光柔らかな春の好日。もうこんな日は、憧れの桜に会いに行こう!
いろんなものをうっちゃって、西陣目指して走っていってしまった。

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一番観たかったのが、「引接寺(いんじょうじ)=通称・千本ゑんま堂」の「普賢象桜(ふげんぞうざくら)」だった。
ゑんま堂はちょっと雑駁な感じがする庶民的なお寺であるが、紫式部供養塔を覆うように咲くこの花は、見ていると魂を吸われるような気がするほどに魅惑的である。

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花の中心に二本伸びている雌しべを、普賢菩薩の乗り物である、ゾウの牙に見立てて名づけられたそうだ。花びらの数は一つの花に100枚以上!そしてこの花は花びらが散らず、椿のようにぽとりと落ちるという。まだ、一つも落ちていなかった。

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ゑんま堂の北に、「上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)」=通称・十二坊」があり、紅枝垂桜がまだ美しかった。静かで、観光臭のほとんどない境内は清々しかった。

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また千本通を南に戻り、ゑんま堂を通り過ぎて、千本上立売を東へ行くと、「雨宝院」。かつては広大なお寺だったそうだが、今はとても境内が小さい。だが、そこには溢れんばかりの花々。まず観たのは「御衣黄(ぎょいこう)」。珍しい緑色の花を咲かせるのである。

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八重の「歓喜桜」は、まさに花吹雪を散らして、見惚れる我らは歓声をあげるばかり。

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千本通に戻って、五辻通を西に向かうと、「大報恩寺=通称・千本釈迦堂」。花の檻のように枝垂れる「阿亀桜(おかめざくら)」はすっかり葉桜となっていた。だが、醍醐寺の五重塔の次に古い京都市内の建築物である本堂(1227年建立)の前には、八重桜が花開いて艶やかだった。「手弱女桜(たおやめざくら)」だろうか?

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上七軒を抜けて、北野天神を通り、平野神社へ。多種の桜で知られるここは、まだ幾種類も桜が競い合っている。
その中でこの「白雲桜(はくうんざくら)」は、実に清爽な感じで、晴れた空に似合っていた。

デジカメの記録メディアも電池も使い尽くすほど、沢山の名花を撮りまくっても、全行程2時間で回れる西陣は、すごいところである。
そして、この西陣・桜巡りは、京都をそれぞれの視点で鮮やかに写しているblogの方々に刺激を受け、沢山の示唆と教授を頂いた成果である。心からお礼を申し上げたい。

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2005.04.19

東山七条界隈の春景色

花に浮かれていて、小説を書くのがすっかりおろそかになってましたが、そろそろ本腰入れます。
その前に、撮り貯めた東山七条界隈の春景色を。

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京都国立博物館では、「曾我蕭白~無頼という愉悦」展をやっております。
「円山応挙がなんぼのもんじゃ!」と書かれたのぼりが何枚も翻っておりまして、ぎょっとしたりします(笑)

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その博物館から七条通を隔てて南、三十三間堂の東隣は日本赤十字社京都府支部で、血液センターとして機能しております。「血天井」で知られる養源院に並んで血液センターがあるのは、何かの因縁かと思ったりもしますが、その前の枝垂桜はなかなか見事でした。

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博物館の北には秀吉を祀る豊国(とよくに)神社があり、国宝・唐門の黒と金に、桜がよく映えていました。

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豊国神社から西へ正面通を行くと、すぐ左手にあるのが耳塚。
凄惨な歴史を埋めた供養塔も、春の花に囲まれて憩っています。

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豊国神社の西側には、秀吉が建立した方広寺大仏殿の石垣が残っていますが、巨石の隙間から春草が芽吹いていました。

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2005.04.18

春景色・点描

ソメイヨシノは散りゆき、枝垂桜、八重桜が彩る京都の春です。
日々の行き来に、横目で撮ってきた風景を並べてみます。

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4月15日午後、賀茂川西岸の加茂街道の車窓から、「半木(なからぎ)の道」の枝垂桜

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4月16日午前、岡崎の京都市動物園から、疏水を望む

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上に同じ、疏水の桜

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動物園内、イワトビペンギンのプール

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4月15日午後、わしのほか、誰一人訪れる者なき、山科神社
山影に玲瓏と咲く一樹
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4月17日昼下がり、醍醐と小栗栖の間を流れる山科川の岸辺

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2005.04.15

京都と中国の絆

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平安神宮を中心に、桜見物の人々で賑わっている左京区岡崎。琵琶湖疏水には、十石舟が浮かんで、岸辺の桜を愛で、花吹雪を浴びながら優雅に行き来している。
そんな中、京都国立近代美術館から疏水と道路を隔てて南側に、不思議な建物があるのをご存知だろうか?
凝った装飾に彩られた四角いビルの屋上に、八角形の屋根を持つお堂が載っている。
「藤井斉成会有鄰館 (ふじいさいせいかいゆうりんかん)」という、美術館なのである。
わしは昔、この建物を能楽堂だと勘違いしていたが、藤井紡績の創業者・藤井善助という人物が、収集した八千点を超える中国美術品を展示する目的で1929年に建てたそうだ。
そして、ひときわ目に付く、この屋上の八角堂は、なんと中国の北京の故宮=紫禁城の一角にあった建物なのだ!
1924年、当時の北京で道路拡張工事が行われ、紫禁城の西北が一部分削られることになり、そこにあったこの八角堂が、中国大使やその舅であった犬養毅らの斡旋で、京都の岡崎にやってきたのである。
屋根の瓦は、1737年(乾隆2)に焼かれた瑠璃瓦、軒丸瓦には中国皇帝を象徴する五爪の龍の紋様、八角の棟には龍、獅子、麒麟などの「走獣」と呼ばれる魔除け人形が載っている。丸ごと美術品というべきお堂である。

藤井氏は中国の美術・文化を愛し、貴重なこの建物を惜しんで移転を引き受けたのであろう。しかし、その後の日本と中国の関係は戦争へと突き進んで行った。そうなっては、軍国日本が中国の文化遺産を略奪したような形になってしまったのではないだろうか。多大な犠牲と引き換えに、平和は戻った。岡崎の八角堂は、そんな歴史の痛みを刻みながら、両国友好の絆にしていくべきであろう。

今、中国では反日デモが荒れている。
「愛国無罪」などと喚いて乱暴狼藉を働く輩を見ると、感情的に怒りが湧く。
しかし、こんなときこそ、いろんなモノを振り返ってみなければいけないと思う。
岡崎もそうだが京都の桜の名所の一つに、嵐山が数えられるだろう。
その中ノ島公園には、「日中不再戦の碑」が建っている。
桜を愛でる人々よ、岡崎や嵐山には、そんなものもあることを知って欲しい。

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小説「流れのほとりで」第六回

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 その喫茶店は山科の住宅街にあって、洋館が違和感なく郊外の景色に溶け込んでいる。
 英輔は、暖炉の前の席に美沙子を導いて腰掛けた。
「年季の入ったテーブル・・・市外にもこんな素敵なお店があるのね、京都って」
「あの、ここも京都市内なんですけどね」
 目を輝かせて室内の調度を見まわす美沙子に、英輔は苦笑した。ベイクドチーズケーキと紅茶を二人分注文すると、英輔は真顔になり、テーブルに手を置いて美沙子に訊ねる。
「それで、ご主人に内緒で、相談というのは・・・?」
 茶色のスーツ姿の美沙子は、白い首を曲げて、窓の外を眺めた。独り言のように言う。
「あの、沢井っていう人が、恩田にさせようとしている仕事・・・ご存知?」
「いや・・・私は、ガイドですから。ただお客様に京都を案内するだけですよ」
「京都のおんぼろ民家を、できるだけ安く改修して、まちや、に見せかけて、喫茶店や雑貨屋をしたいと思っている人に売りつける・・・いんちきな商売の片棒を担がされようとしてるの」
 英輔は言葉に詰まり、コップの水を飲んだ。

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「私は、京都が好き。なんか、日本の中でも、ひとつだけ特別に憧れる街。だから恩田には、そんな、京都を壊していく仕事に関わって欲しくないの。南原さんも、京都のガイドなら、京都を守っていきたいでしょ?なんとか、ならないかしら・・・」
 紅茶とケーキが運ばれてきた。英輔は黙ってフォークを取り、チーズケーキを口に運んだ。美沙子もそれに習う。
「・・・美味しい!」
「でしょ?・・・ここは、30年、ケーキも、料理のソースも全部手作りでやってきたお店なんです。それこそ、こんな郊外の不便な場所でね。値段は安くはない。でも、この店を愛する人は多い。だってここは、憧れの店だから・・・そうですね、京都も、憧れの街でいなくては、いけないと思いますよ」

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巨樹・12 養源院のヤマモモ

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さて、養源院には、咲き誇る枝垂桜の隣に、神と祀られている名木があるのだ。
樹齢400年を超えると伝えられる、ヤマモモである。

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木の前には鳥居・祠が建ち、幹には注連縄が張られ、御覧の説明版も設置されている。
鳥居正面には「白鷹龍神・白玉明神・赤桃明神」と書かれた額があって、赤桃明神というのがこの樹そのものを指すと思われる。

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ヤマモモ、という木は、桃と違って、飴玉のような小さな実を付けるが、去年とある公園に成っていたものを食べてみた。酸っぱいけれどジューシィで美味だった。この樹は雄株なのだろうか?
実の成る雌株で、秀吉もこの樹の実を食べた・・・のなら想像が広がっていいのだけれど。

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山科の毘沙門堂にも、ヤマモモがあってかなり有名らしいのだが、そっちの樹は周りのヒノキなどに圧されて「日陰者」という風情で可哀想である。それに比べてこちらは、樹の洞も魁偉にたくましく、陽光を一杯に浴びながら、古刹に風格を与えているのであった。

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2005.04.13

養源院の枝垂桜

東山区の三十三間堂の東側に、養源院というお寺がある。
伏見城の遺構を移したという本堂は、俵屋宗達描く迫力ある襖絵や杉戸絵に飾られる。
さらに、その廊下の天井は、関ヶ原の役に先立つ伏見城攻防戦で自刃した鳥居元忠たちの血の滲み込んだ床板を張ったもので、「血天井」と名高い。
薄暗い本堂内で、血天井を見上げ、魁偉とも言うべき杉戸絵に面すると、ぞくぞくするのである。
しかし、時は春、その本堂前には、素晴らしい二本の枝垂桜が咲き誇っているのだ。

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修学旅行シーズンで、制服姿の少年少女たちが、途切れることなく枝垂桜のカーテンをくぐってやってきていた。
彼らの記憶に、このお寺はどんな風に残っていくだろう。

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2005.04.12

桜に雨の智積院

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雨に濡れる東山の智積院。朝の勤行の声が響く中、桜の花が盛りでした。

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決して桜の樹は多くないけれど、明るく澄んだ花の色です。

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この生垣の紅の新芽の鮮やかなこと・・・

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ここのお坊さんたちは黄色の袈裟をまとい、すれ違うと必ず会釈をしてくれます。

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都路里の煎茶

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我が家では、孫の顔を見にやってくる、嫁さんのほうのばあちゃんを迎えてもてなすのに、よく京都駅の伊勢丹デパートを利用するのであるが、中でもばあちゃんのお気に入りはここの六階にある「茶寮・都路里(つじり)」である。
ここではばあちゃんの定番は抹茶。先日はじいちゃんも一緒で、珈琲を所望したが、ここには日本茶しかないので「じゃあ、煎茶なら手軽でええやろう」と注文したら、上の写真のようなすごい一そろいが出てきて、仰天したのだ!

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それに加えて、お湯はごつい鉄瓶で「熱いのでお気をつけて」という言葉と共に登場。じいちゃんは恐れをなして逃げた(笑)

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何しろ、湯冷ましの器に、温度計が付いているのである。70℃になったら急須に注ぐべしと、丁寧に説明書に書かれている。

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そして、急須に蓋をしたら、水時計をひっくり返し、中の白い球が三分の一まで浮上したら湯呑に注ぎ出し
一滴も残さずしぼりきることが大切

そうやって飲んだ煎茶はさすがに、旨みが段違いで、カフェイン苦手であまりお茶に詳しくないわしでも、感服したのである。
白玉あんみつか白玉団子(抹茶蜜・黒蜜が選べる)が付いて700円(税別)。煎茶というものに対する観方に変革を与えてもらった。

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2005.04.11

醍醐寺の花見

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すごい人出だとは聞いていましたが、この日曜日(4月10日)、家族と弁当持って醍醐寺へお花見に。
わしは勧修寺に行くつもりだったのですが、家族の要望で、半分やけで、突撃しました(笑い)
案の定、五重塔などのある中心ゾーンの入り口である仁王門前は長蛇の列であっさりあきらめました(;;)

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しかしそこへ入らなくったって、いくらでも桜は観ることが出来ます。築地塀と桜がよく似合います。

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霊宝館と雨月茶屋の間の道は、息苦しいまでに濃密な花空間でした。

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総門から仁王門に向かうまでの、左に三宝院を見ながら行く道を桜の馬場というそうですが、その名の通りの華やかな桜ロード。もう、これだけで満腹になり、桜と人出に酔って戻ってきました。

帰り道、醍醐団地の公園で息子を遊ばせていると、醍醐寺関係らしい警備のガードマンさんが疲れ果てて、ベンチに座っておられました(^^;)大変だったと思います。

中心ゾーンや、三宝院、霊宝館などはすべて、入れなかったので、後日再訪する予定。続編にご期待ください(^^)


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2005.04.10

山科疏水・五分咲きの桜

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京都市山科区の、JR山科駅を出て、北に15分ほど歩くと、琵琶湖から流れてきている山科疏水にぶつかる。
山際を行く流れに沿って遊歩道があり、そこには桜が植えられていて、今日・4月9日は五分咲き。
それでも、弁当を持って桜の下に急ぐ人で賑わっていた。

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水面に伸びた枝に開く花が水に映えて、ここでの一番特徴的な景色といえるだろう。

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毘沙門堂へ向かう道に掛かる橋(安朱橋というらしい)の、少し東に、様々な花の競い合うスポットがある。
菜の花が溢れるほどの匂いを散らし、桜の下に黄色の列を作る。

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更に木瓜の花が鮮烈な赤を加え、ここには映っていないが白い木瓜、雪柳も色を重ねるのである。

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これはおまけ。我が家のご近所の、新幹線に並ぶ国道一号線の脇で見上げた夜桜(^^)

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2005.04.08

巨樹11・東福寺のイブキ

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涅槃会に参拝したときに気がついたこの樹は、巨樹というよりも銘木と言ったほうがふさわしい。
三門と仏殿との間、仏殿寄りに立っていて、高さ16.5メートル、胸高の周囲3.36メートルである。

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東福寺開山の僧である聖一国師が、宋の国から持ち帰ったという由来を持つが、そうだとしたら境内のどの建物よりも古く、樹齢750年を超えることになる。
1700年ごろ描かれた境内図にも堂々たる姿が載っているし、江戸時代から古樹として有名だったそうだ。

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明治時代に仏殿が焼失した際、北側の枝が損傷を受けて、切断痕が多数あるとのこと。しかし、樹勢は衰えを見せず、苔の色なのか、木肌の色彩に実に深みがあって見惚れてしまった。
京都にはこういう、ドラマを秘めた樹が数え切れないほどあって、風韻に深みを与えていると思う。


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巨樹10・朽ちゆくものと咲くいのち

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京都御苑の西北角は児童公園になっていて、子供たちの歓声が絶えない。
その中に、大きな丸太が横たわって、子供たちの遊び相手になりながら、土に還りつつある。

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この枯れ樹を挟んで、二本の太い樹が立ち、その横には切り株もある。
大人は桜や桃の花にばかり目を奪われるが、子供たちは太い幹に触れ、穴をほじり、樹の香りを嗅ぐ。

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御苑には古木老木巨樹も多い。その緑陰に憩いを求める季節も、すぐだ。

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2005.04.07

高野川の春

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わしの愛して止まぬ高野川にも春が訪れた。
正面に見える五山送り火の「法」を、川岸に連なる桜が彩りはじめている。

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流れに置かれた飛び石は亀の形。水と戯れる嬉しい季節が始まった。

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いつでも必ず水鳥が見られる。冬はユリカモメ、鴨やサギ類は通年。アオサギをこんなに近くで見たのは初めてだ。

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川端通を下っていくに連れて、桜はより花を開いていた。今日一日で随分咲いたようだ。満開になると、高野河畔は切れ目なしに2キロほども桜が連なる壮観さ。

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鴨川まで下がっていくと、枝垂桜が満開。宮川町のぼんぼりに明かりが灯る夕暮れ、桜の向うに京都タワーがひょっこり顔を出していた。

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2005.04.06

老舗の張り紙

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 京都市中京区、寺町通二条上ルに、憧れの老舗「一保堂茶舗」があり、今日、仕事でこの辺に行ったのを良いことに、訪れてみた。
 何度も前を通ったことはあったが店に入るのは初めて。何しろ御覧の通りの風格あるお店なので、どきどきしつつ暖簾をくぐろうとすると、玄関脇の壁に張り紙が・・・

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「いり番茶お求めの皆様 
 ご愛顧頂きありがとうございます 
 実は昨今原料となる良質の茶葉の
 確保がむずかしくなり一日の販売
 可能な数量に限りがございます
 どうかご了承くださいませ
               一保堂茶舗」

 実はわしの目当てはこの、いり番茶だったのだ。yumeさんのblog「京番茶」記事で、こうなっているとは聞いていたが、目の前に張り紙を見ると更に緊張した。
 店内はわしのほか、客はいなかった。わしより10歳ぐらい上かと思う男性の店員さんが応対してくれる。かなり焦りつつ、一番安い煎茶を頼み、そして
「それから、いり番茶はありますか?」と聞くと
「はい、200グラムのしかございませんが」
「あ、もう、それで結構です!」
 というわけで、見事ゲットし、かぐわしい香りの包みを抱えて、ほくほくと帰ってきたのである。

 しかし、数日前、家族とある寺院に出かけたとき、その門前にあった有名飲食店で目にした張り紙を思い出した。
入り口の玄関柱の一番目立つところに、
「やくざさん 暴れる子供 中年の人 お断り・・・」などと書かれてあったのだ。
 築数百年の由緒ある建物を利用したお店だそーだが、その風格を台無しにする文面にのけぞる。
 中の蔵には、ギャラリーも併設されているというので楽しみにしていたがいっぺんに入る気が失せる。
 わが息子は、行儀の悪い五歳男児であり、わしら両親は紛れもなく中年ですがな、分不相応いうわけどすな、ほなさいなら!
 というわけで、憤然と背を向け、マクドナルドでハッピーセットを食い、ゲームセンターでムシキングゲームに親子三人で熱中して帰ってきた(笑)
 いろんな雑誌や案内本で味と店構えを絶賛されているお店だったが、あの張り紙はどの本にも書いてなかった。これだから、ガイドブックは当てにならない(苦笑)

 手書きの張り紙には、如実にお店の個性や品格が滲み出るものだな・・・

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2005.04.04

京都御苑・桃林

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久しぶりに御苑を散歩しましたが、この広さは魅力的。敷かれた砂利には、自転車の轍が出来ています。一般市民が気楽に出入りして楽しんでいる証拠です。でも、最近「迎賓館」が出来たんですな。「貴賓客」が泊まるときには、チェックが厳しくなるのだろうか。この日は迎賓館の方には足を向ける余裕なかったけど。

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西側中央の蛤御門を入って、すぐ南に桃林があります。
いや、こんなに一杯桃の花を見るのは初めてのような気がします。なんという濃厚で華やかな樹花なんでしょう。

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この桃のぎっしりと付いた花びら、色の濃さと比べると、梅は楚々としたものだなあ・・・随心院のはねずの梅さえも。

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ちなみに、5歳の息子は花にはほとんど興味を見せず、友達になった一歳上の「そら君」と、肩を組んで御苑の中を闊歩しておりました(笑)

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京都御苑・糸桜

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京都御所を囲む京都御苑、今までわしにはあまりなじみがなかったのですが、松風さんの壺螺暮にあまりに麗しい桃林が紹介されていたのに刺激され、かつ、息子を遊ばせる場所に最適と思い、4月1日に出かけてみました。するとなんと、枝垂桜が見事で圧倒されました。

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御所、御苑には数々の銘木があるのだそうですが、これは御苑北部、今出川御門を入った西側にある、近衛邸跡に咲き誇る「糸桜」。

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近衛池に雪崩落ちる花の瀑布。

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ちょうど池には、青鷺(アオサギ)が一羽たたずみ、日本画の一幅を見るが如きでした。

そして先の松風さんも同じ日にこの桜を見に来ておられたと知りました(^^)

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近衛池の西側、御苑西北角は児童公園になっています。
枝垂桜、山桜、そして桃など咲き乱れる中で遊ぶ子供たちよ、君たちは幸福だよ。それを見ていた私たちもね。

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2005.04.03

随心院・梅のほか

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さて、随心院は小野小町ゆかりの寺ということで、小野梅園の近くの竹薮に、小町が朝夕使ったという「化粧の井戸」が残っていました。井筒の石組みが古色溢れ、そこに溜まっている水は澄んでいて、それらしい雰囲気。水面に一輪の椿が浮いていたのは、先に来ていたカメラマンの演出でしょうか(笑)

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そしてこの写真、はねずの梅に蜜を求めて来ているのは、もはや希少種となってしまった「ニホンミツバチ」なのです。

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この蜂、なんと随心院の北側の門に巣を作っていて、駐車場から入場すると、ぶんぶんこの蜂たちの舞っている細い道を通過するのです!おとなしい蜂なので危害を加えなければ刺す事はない、と張り紙がしてあるので、近くまで寄って撮影しました。頭や身体に何匹も当たってきたが、無事でした(^^;)

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あと、総門からの道端に咲いていたこのタンポポ、不思議な白い色で、清冽な印象を受けました。

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タンポポの側には、小さなスミレが可憐に咲いていて、なにか、失われた日本の風情が生き残っているような感動を受けました。

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2005.04.01

随心院・はねずの梅

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息子の保育園が春休みになったので、家族三人で、小野小町ゆかりの随心院に、今を盛りと咲く「はねずの梅」を見に行ってきました。

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「小野梅園」と名づけられた梅林は、境内に、方形の二重の生垣に囲まれています。400円払って中に入れば、そこはもう、桃源郷ならぬ、梅源郷とでもいうべき、梅花の色と香りに満ちた別世界。

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どっちを向いてもこんな景色ばかりが続きます。

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「はねず色=薄紅」のものばかりでなく、多彩な色の花々が、園を埋めていました。心悸を沈めようと、遠く山を見やっても、梅花に霞んで、やはり夢心地です。

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梅園を出て、改めて見てみると、生垣はこういう感じに刈り込まれ、梅や背景の森とあわせて、何段にも重なる色の饗宴。

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境内の灯篭に書かれた字を見て、「はねず」とは「唐棣」と書くのだと知りました。
唐という字はわかるとして、木ヘンに逮捕のタイの字のツクリを書いた字は「タイまたはテイ」と読み、「にわうめの一種・にわざくら」の意味だそうです。(新字源・角川書店)
ううむ、わからへん(苦笑)。

梅園は4月3日まで開かれているとのことです。ほんまに、見るなら今!ですね。

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