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2005.03.15

小説「流れのほとりで」第二回

gokuraku

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 その時、黒い風を巻くようにして一台のメルセデス・ベンツが橋を渡ってきた。英輔の眼前を通過し、三角州の公園の入り口で停まる。運転席の窓が開き、顔を突き出した男が、抑えた声で叫ぶ。
「さっぶいなあ、はよ、乗りや!」
 英輔は顔をしかめ、車に歩み寄ると、助手席のドアを開いて乗り込んだ。
 運転席の男は、丸顔に口髭を生やしているが、英輔と同年輩である。タートルネックのセーターにスーツを着込んでいる。そのよく光る目が、英輔のくわえている煙草に留まった。
「まだ、そないな時代遅れのモン、吸うてんのかいな」
 英輔は唇から煙草をむしりとり、フロントパネルの灰皿に押し付けて消す。その煙を露骨に迷惑そうに避けながら、男は車を発進させた。出町橋を渡り、豆餅の「ふたば」の前を南へ下がって、今出川通を渡ると、河原町通を南下する。
「時代遅れで悪かったな。けど、そういうお前だって、古臭い町家で儲けようとしてるんじゃないか」
「そうやで。けどそれがいま、京都では一番、新しい商売なんや」
得意げに男は笑う。その笑顔はひどく愛嬌がある。髪を短く刈り、小太りなので余計にそう見えるのかもしれない。
「まちや、に憧れてる『よそさん』に、適当なボロ家を改装して、カフェでもやらはったら、言うて貸し付ける。ごっつ、喜んでもろてるで」
「いったいその幾つが、一年もつのかな」
「ええ夢を見てもらうんやんか。その夢が続くかどうかは、ご本人さんの才覚やな」
陽気に喋り続ける男は、名前を沢井道男という。信号待ちになったとき、沢井はふと、英輔に顔を向けて聞いた。
「お前、橋の上で高野川の上の方を見とったな。俺は、三角州の前で、言うたやろ。さぶいのになんでや?」
 英輔はフン、と鼻から息を吐いて呟いた。
「俺たちが、伊那谷から出てきて、初めて京都に下宿した町を見てたのさ。お前が忘れたがってるモノをさ」
 沢井は顔を前に向けなおし、青信号で車を発進させる。英輔は言葉を続ける。
「天女の舞う極楽を描いた絵が、長い年月を経て地獄絵みたいに見えてくる。それでなくても、京都には極楽と地獄が背中合わせに存在しているってな」
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