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2005.02.02

小説・「残光」第八十五回

seibo

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 彩夏に肩を抱えられ、車に乗り込むとき、駿は一瞬、建物を振り返った。市街の明かりに照らされ、木立を背に浮かび上がる、幻影の楠本蝶類研究所、青春の碑を。
 竜生は、景子を支えて、助手席に乗せ、ハンドルを握る。シートベルトをすると、景子は幼子のように頭を竜生に寄せて、寝息を立て始めた。健二は、すでに眠りについた真那を抱きかかえて、二列目に乗った。最後尾の席で、駿が深い疲労の表情でシートにもたれている。、その肩に腕を回し、駿の頭を胸に抱く彩夏の顔が、健二の目には聖母のように見える。
 
 疾走する車の中で、語るのは健二と竜生だけだ。
「その子は・・・詩織じゃないんやな」
「ああ・・・駿は詩織の娘だと思った。でも、そうじゃなかった。それでも、駿にはかけがえのない子だ」
「そやけど、こうしてると、六人揃ってるみたいや」
「もう、決して揃うことはないんだ」
「駿は京都で、その子と生きていくんか・・・健二、じゃあ、お前は、真那と」
「いや、そうはならない。おれは、あの夏を終わらせることにしたんだ。おれは、おれの秋や冬を、生きていくよ」
「おれは・・・どないしたらええんかな・・・」
「竜生の人生を全うするしかないさ。その人生に、景子が必要だったら、手を離さずに、つかまえていればいい。でも・・・景子には竜生が必要のように、思えるがな」
 そのとき、駿が身じろぎし、起き上がって言った。
「竜生・・・頼みがある。ちょっとだけ寄り道してくれないか?」
「あかんよ、駿・・・熱があるみたいや」
気づかう彩夏に、駿は拝むように手を挙げ、続けた。
「そんなに回り道にはならないよ・・・竜生の大学の南キャンパスだ・・・楠本蝶類研究所の跡地を、見て行きたいんだよ」
 健二と竜生は息を飲み、頷いた。
「そうだ、あれきり・・・行ってないな、二十年の間、一度も」
「おれかて、そうや・・・」
 寄り添う三組の男女を乗せて、車は鴨川のほとりを下って行った。
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