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2005.02.28

勝手に紹介・今熊野商店街 6

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満を持して紹介する、「今熊野に隠れた名店あり!」と言われている、甘味処「梅香堂」。
場所は東山通が、JRの線路をまたいで橋梁になっているところのすぐ南、今熊野交差点の北東。
最近改築されたばかりで綺麗なお店だが、その前はほんまに、目立たぬ雰囲気だったらしい。

実はこのお店の評判、噂で知っていただけで、今日、初めてここへ行った。ショウウインドウには、煎餅なども並んでいるようだが、目もくれずに、妻と息子と一緒に店内へ。
注文したのは、「チョコレートパフェ」580円と「バターホットケーキ」400円、珈琲。
まずやってきたチョコパフェにスプーンを突っ込む。土台はソフトクリームである。爽やかに舌の上で溶けるクリーム、チョコレートの豊潤さ・・・くどさがまったくなく、いくらでも食べられる。そして、底上げがしていない。なんと良心的!
次に来たホットケーキの分厚いこと。おもての見本の、3倍はありそうだ!バターを塗り、シロップを掛け、ふわふわのやつにかぶりつく。昼食をとってきたばかりなのに、親子三人であっという間に平らげてしまう。もう一つ注文すればよかった(;;)

外の蝋細工の見本がありきたりなのが、ほんまにもったいない。実物の方がすごいという、稀に見るお店である。
店の規模は小さいが、わしらのような家族連れ、婦人グループ、さらには、常連らしいおじいちゃんのグループ!で賑わっていた。味も値段も雰囲気も満足できると太鼓判を押したい。

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2005.02.27

大河ドラマの功罪

現在、NHKが放映している大河ドラマは「義経」で、視聴率も好調らしい。
そんななか、京都新聞電子版で「『義経』が素通り 竜王町ショック」という記事を見つけた。

つまり、このドラマの原作では、主人公が元服する地として竜王町が描かれており、その場面がNHKで放映されることを竜王町の人々は期待していた。なのにドラマでは、元服の地をほかに設定してしまい、竜王町は素通りされてしまうらしいのである。

そりゃあ、「義経元服料理」まで売り出して、観光客増加を期待していた人々にしてみれば、目論見が御破産になってしまい、ショックに違いないわな。
それもこれも、大河ドラマが多くの人に視聴され、そこで描かれたことが「史実」として受け取られることの影響であろう。
日本の歴史をわかりやすいドラマとして愉しませてくれ、それまであまり知られなかった歴史の一面を学ばせてくれる大河ドラマは、わしも、小学生時代から熱心に見てきた。
だが、ここで声を大にして言いたい。

大河ドラマには、歴史的には間違ったことが、かなりたくさん描かれている。

前回の大河ドラマは「新選組!」で、これはかなり大胆に史実を離れて描くことをあらかじめ意図されていたので、わしは文句は言いたくないのだが、やはり批判は多かったようだ。
でもね、ドラマや小説は、特に、エンターテイメントとして作られるものは、面白さが命であって、そのためにはうそも描くのである!

しかし、間違った知識や思い込み、そして撮影上の都合などで、とんでもない画面を放映してしまうことも結構あるようだ。
数年前やってた、蒙古襲来をテーマにした大河ドラマで、蒙古軍の放つ「てつはう」が炸裂し、日本側が防衛に設けた望楼が倒壊してしまうシーンがあった。
「てつはう」がそんな物凄い威力の火器だったとは、どんな史料をひっくり返しても出てくるはずがない!

源義経が活躍したのは、820年位も昔のことであって、彼に関する逸話のほとんどは後世の読み物で描かれたものであり、容貌だって、最も古い文献ではおよそ美男子とはかけ離れた描かれ方をしている。
史実どおりを目指したら、とうてい、タッキーはキャスティングされないであろう。
そんなものなのです、竜王町の皆さん。

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2005.02.25

勝手に紹介・今熊野商店街 5

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おそらくわしが、今熊野商店街のお店で一番多く利用しているのがここ、焼きたてパンの「ゲベッケン」。
和菓子の音羽屋の向かいにあり、沢山の種類のパンを並べている、親しみ深いベーカリーである。
伏見の水を使っているらしい「伏水」という名の食パンや、5個一袋のロールパンなどが、我が家の朝食になる。
カレーパンやサンドイッチをおやつに買ったりもする。洋菓子も並んでいるし、サンドイッチに使うハムやソーセージも売っているし、とにかく店内、いや店外まで賑やかで楽しい。
また、写真の左に見える階段を登ると、二階は喫茶店になっていて、モーニングセットは当然ながら豊富なパンを選べる。落ち着いた雰囲気で、穴場的な喫茶である。

ここもHPあるかなあ・・・と思って今回検索したら、立派なものがあった。そして、丹波橋にもお店があり、伏見区深草の本社でケーキなどを作っていることを知った。新商品の開発にも意欲的なようだ。そういえば、大きな角切り肉の入った試作のカレーパンを食べさせてもらったこともあったっけ。

京都には意外とベーカリーが多いと感じてきた。ちなみにわしは、一日三食、パンでも大丈夫な人間であるが、入江敦彦さんの「やっぱり京都人だけが知っている」(洋泉社新書Y)にも、「じつは京都人は朝昼、一日二度までもがパン食であってもかまわない人間である」と書かれていた(笑)。
わしが常連というか、店主と友だちである、錦小路近くの喫茶店は「ドンク四条店」の食パンで美味いトーストを出してくれる。八坂神社の前の「志津屋」で「元祖ビーフカツサンド」を買うのはたまの贅沢だ。そして、祇園で生まれたという「デニッシュ食パン」は、カロリーが高いから嫁さんが全然買わせてくれないのだが(苦笑)、たしかに美味しい。で、入江さんの本によればいまや、西陣がパン屋激戦区で、なんと和菓子屋よりもパン屋が多いとか。
京都に来られた方々、パンも、是非お試しあれ。

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2005.02.24

醍醐寺・五大力さん

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伏見区の醍醐寺で、今日(2・23)行われた、五大力尊仁王会(にんのうえ)。千百余年の伝統を持つ行事で、「仁王経(にんのうきょう)」に説かれる五大力菩薩の功徳をひろめ、鎮護国家・万民豊楽(ぶらく)を祈願する仁王会法要、である。
と、書いても全然ピンと来ないが、この日だけに授与される「五大力の御影(みえ)さん」という、災難・盗難除けの護符を求めて、多くの人々が参詣するのだ。この護符、京都の家ではごく一般的に出入り口に貼ってある物らしい。
そしてもう一つのハイライトが、巨大な紅白の鏡餅を持ち上げ、その滞空時間を競い合う「餅上げ力奉納」。必ずテレビのニュースにも取り上げられるイベントなのだが、終戦後に始まったそうだ。

広い境内を埋め尽くす華やかな幟と、人の波。いっぱいの露店。
金堂前は、餅上げの舞台と、見守る人々のどよめき。
となりの不動堂前は、修験者の方々が結界を張り、護摩をたきつつ、どうやら「御影さん」にさらに念を込めてくれている模様。
五重塔前は、お土産のテントだらけで、こんにゃく餅とかお茶とか試食試飲しまくり、綺麗な五色の「五大力餅」と「春日の局も賞味した湯葉の巻き寿司・すもし」を買った。
池の前に座り、一人のんびりと、「すもし」を味わいながら、参詣の人々はほとんどが、わしより年齢が上であることに気付く。無論皆、護符の「御影さん」を頂きに来られた信心の方々であろう。
わしは、それを頂かなかった。今まで、この行事の由来をほとんど知らなかったわしには、「御影さん」をありがたいと思う気持ちがない。おそらく、わしから下の年代は、信仰心などあまりなく、楽しいイベントとしか「祭り」を捉えられないのではないかな・・・外国の人の「見物客」も結構いた。わしは、どっちかというと、この外国の人たちに近いかもしれないな・・・
清明な境内の雰囲気と、祭りの賑わいの対照を味わい、ついでに名物の「精進コロッケ」も茶屋で買い求めた。筍と椎茸の具を湯葉で巻いた「すもし」も美味しかった。

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2005.02.23

わしの京都へのスタンス

このblog(ココログってんだけど)を始めて、そろそろ一年。下手な写真を景気よく貼り付けてきたので、早くもディスク容量の82パーセント以上を使ってしまった(汗)
当面は、過去の記事を整理して、要らんやつを削除し、容量復活を図ろうと思う。

そしてこれからの編集方針。

☆京都を舞台にした小説
☆わし独自の視点で語る京都案内
が柱となる。今後ともよろしゅうお願いします。

そこで「わし独自の京都への視点」つうものはなんなのか?

長野県の高校を卒業し、京都にやってきたとき、わしの耳に「京都弁」はあまりに馴染みない言葉であった。
面と向かって話していれば、まあ理解できるのだが、電話で早口で喋られると、わけわからん。
同時にわしの話す言葉は、京都の人にかなり耳障りだったらしい。
「~ではない(標準語?)」「~やない(関西弁)」を「~じゃねえ」と話す語尾などを、嘲笑されたこともある。
一時期、わしはどう喋ったらいいか戸惑う恐怖症に近い状態にあった。
ここでは、わしは「よそさん」なんだなあ・・・と痛切に思い続けてきた。
「ぶぶづけ」体験こそした事はないが、京都人の空気が読めないで、馬鹿にされた経験は数知れない。

大学を卒業したり、仕事を辞めたり、何度も京都を離れるかもしれない機会はあった。
だが、わしはずっとここで暮らすことを選んだ。
京都が好きなのである。
おそらく、京都生まれの京都育ちの人にはない「憧れ」をずっと抱きながら
京都で暮らして知った良さが加わって、わしは、昔よりもずっと京都が好きである。
無論、嫌な体験も数多く味わった。「よそさん」だからわかる、京都の嫌なところ。
それでも、魅力の方がずっと上回るのである。

いつまで経ってもわしは「よそさん」で、京都人にはなれないと思い続けてきた。
出身地の南信濃人であることに誇りも持ちつづけてきた。
けれど、今、わしは「京都在住の人間」なのである。
京都のことが好きで、京都をもっと知りたい。
そして、わしの好きな京都を、人に伝えたい。
おそらく無理なことではあろうが、京都の嫌なところを告発し、少しでも変えたい。
わしはきわめて情緒的な人間であって、論理的な書き方が出来ないけれど、これが、正直なところである。

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2005.02.21

瀧尾神社

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東山区の今熊野商店街を西へ入り、このblogのカテゴリー・巨樹で紹介した「夢の浮橋」の近くに、瀧尾神社という小さな神社がある。
藤森神社に属し、その御旅所であるというが、神域に欠かせない「森」がほぼ失われてしまい、周囲の住宅や駐車場、工場?に圧迫されて、縮こまっているような雰囲気を感じる。
しかし、ここの社殿は、驚くほどの濃密な彫刻で埋め尽くされ、小さいけれど実に個性的なのである。
「建築MAP京都」(TOTO出版)によれば、建立は1839年(天保10)。
「蟇股や懸魚も元の輪郭を残さず、彫刻に置き換えられていく過剰な装飾方法は、京都市内では珍しい」そうである。
らくたび 涼さんのblog「京都の旅『らくたび』コラム」で紹介された、那須与一の墓のある即成院も、今熊野界隈にあり、隠れた名所を多く秘める今熊野界隈、なかなかではないか、と思う。

また、この神社のお祭りは、観光情報などには載らないけれど、なかなかいい味を出していることを
牧野匡洋さんのblog「京都でつまづいてみる」で観ることが出来る。ぶらりと散歩していてこんなお祭りに出会えることも、京都の醍醐味の一つであろう。

☆追記
松風さんから「日光にも瀧尾神社があり、関係はないのだろうか?」とご指摘を受け、ネットで検索しているうち、えらいモノがあることがわかった。拝殿の天井には、こんなものがいたのだ!
あと、「福助」というものが瀧尾神社と深い関わりがあるらしい。詳しくは瀧尾神社のHPをどうぞ。
しかし、今のところ、日光とのつながりはわからないままである。どなたかご存知だろうか?

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2005.02.20

「商店街」の価値

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わしが、ここんとこ今熊野商店街について書いているのは、ありきたりの京都案内をしたくないという気持ちもあるが、もっと本質的には、こういう地域に根ざした商店街というものの存在が、古いお寺や神社に劣らず、京都にとって欠かすことのできない大事なものだと思うからである。

わしのふるさとは長野県の南部の伊那谷。行政的には、今は飯田市に含まれているが、わしが住んでいた頃は下伊那郡鼎(かなえ)町であった。
今、そのふるさとで、商店街は崩壊している。中央道という高速道路のインターチェンジ近くに、郊外型の大型店舗が続々と出来て、わしの実家近くにあった小さな商店街は壊滅した。
だから、わしが帰省するとその生活は次のようになる。
「車で、高速のインターチェンジ近くの幅広い通り・アップルロードへ行き、イオングループの大型ショッピングセンター・サティで買い物。サティ内のゲームセンターで子供と遊ぶ。近くの回転寿司・アトムボーイで食事。その近所の巨大カラオケボックスで歌い、近年幾つもできた温泉の一つで汗を流し、帰宅」
便利でそこそこ楽しく、快適ではある。しかし、ふと虚しくなる。
(ここでしか出来ない体験が、一つもないじゃないか!都会の郊外での暮らしと一緒じゃないか!)
だが、もう遅い。田舎ではあっても、小鮒の釣れる川はなく、うさぎ追える山などはさらに遠い。そして、「小京都」の風情を誇った城下町・飯田市の旧市街は、ひたすら空洞化し、郊外であるわが実家の近所に、日本のどこでも観れる景観が栄えるばかり。

そんなわしの眼に、今熊野商店街は、いとおしくかけがえがないのである。
わしの住んでいるのは山科で、ここは京都と言うても、らしさがほとんどない。現にわしの今日の生活は以下の通り。
「息子を連れて、山科駅前のNOVAへ。授業が終わると、隣のTUTAYAでビデオをレンタル。下の階のスターバックスでカフェラテをテイクアウト。駅前商業施設のラクト内のマクドナルドでハッピーセットを買い、おやつ。ラクト内のスーパーで夕食の材料を買い、帰宅」
わしがふるさとに戻ったときの生活と、あまりにも似たテイストであるのはおわかりだろう。
便利だがあまりに画一的でうそ寒くなる。だから、わしは、平日に通りかかる今熊野商店街の、ここにしかないお店がいとおしくてたまらない。京都だからこそ生き残っている商店街がほんまに大切に思えて仕方がない。

もっとも、今熊野商店街にもコンビニはあるし、あろうことか、ここにあるスーパーは最近、24時間営業になってしまっている。ふるさとのサティ近くに、飯田駅前から移転してきた西友が24時まで営業していると知ったときと同じような衝撃を受けた。
便利さと引き換えに、わしらは何か大切なものを失い続けているのではないか?
手作りのおからを、店頭でおばあちゃんがすくって売ってくれる、今熊野商店街の名もないお店こそが、まっとうではないのか?

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2005.02.19

勝手に紹介・今熊野商店街 4

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いまさらであるが、今熊野商店街の位置を記すと
京都市東山区の、東山通(東大路)沿いに、北は東山七条を下がり、智積院を過ぎた辺りからぼつぼつ始まり、今熊野の交差点辺りから通りの両側に本格的に店が並び始め、それが東大路と九条通りが交差する東福寺交差点まで続くのである。
で、この南端には、どーん!と「京都第一赤十字病院」が控えており、今熊野商店街はこの第一日赤の「院前町」という性格も濃い。というか、この病院の職員、患者さんたちの消費に頼る割合は非常に大きいだろう。
病院は最近、外来患者への薬の出し方を全部「院外処方」にしたため、病院近辺には、処方箋薬局が一挙に増えた。
そんな中で「買い食いのできるお店」が目立つ。病院の向い側のタコヤキ屋「びりけん」と、北側のフライ専門店「京家」。思うに、病院の職員さんだけでなく、入院中の食事に飽きてこっそり買いに来てる人も多かろう(笑)
「京家」は断然、コロッケが美味い(つーか、他には串カツ・ビフカツ・トンカツ・メンチカツくらいしかない)。前は40円だったが今は45円。注文してから揚げてくれる。熱々を齧りながら歩くのが一番。

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2005.02.16

勝手に紹介・今熊野商店街 3

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今熊野商店街の地名は、今熊野池田町・今熊野椥ノ森町などであるが、一部は、泉涌寺門前町である。
その名の通り、ここは泉涌寺、そして東福寺などの門前町という性格も持っているのだ。
で、門前町に付き物なのが、参詣客に茶菓子を出すお店。今熊野商店街で、門前のお菓子屋をうたっている筆頭は、「音羽屋」だと思う。創業は昭和9年だそうで、50周年に売り出した「赤飯万寿」が一番の名物のようだ。
店頭にはいつもこのお菓子と、赤飯が切らさず出ている。また、上生菓子も美しく並んでいる。しかし、写真をよく見て欲しい。
下段の手前から、いちご桜!いちご大福!いちごミルク大福!
もう、そんなに珍しいモノではないかも知れないが、こういう路線でも頑張っているのである。
気取らず庶民的な今熊野商店街のお店らしさがよく出てて、わしは好きだ。

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2005.02.15

驚異の京番茶

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さて、「大谷園茶舗」の「京番茶」はいかなるものだったか?

実はあまり期待していなかった。番茶=野蛮な茶(こらこら^^;)ではないが、「番」のついたものは粗末なもの、二級品というイメージに囚われていたのである。値段もとびきり安かったし。
ところが、紙袋を開いて、まずその香りにびっくりした!燻製?かと思うような個性的で刺激的な、煙臭い匂いが立ち上る。どこか、スコッチウイスキーに似た、限りなく大人の嗜好をくすぐる香りなのだ。
そして淹れてみて、香りとはまた違う、あっさりした味に驚く。カフェインも少ないらしく、味はまろやかに澄んでいて、水のように飲めるのだ。はっきり言って、めちゃくちゃ、わし好みである!

これはただものではない、と思って調べてみた。
一般的な番茶は、煎茶用の茶木から、煎茶用の葉が摘まれたあと、その下の葉を摘んで作られる茶である。蒸してから揉んで葉に撚りをかける事が多いようである。
京番茶は、玉露用に日光を遮断した「覆下(おおいした)園」という茶畑で育った茶木から、玉露の茶摘が終わったあと、葉・枝・茎を摘み、揉まずにそのままの形で乾燥させ、強火で炒って仕上げるそうである。だから、いり番茶、とも呼ばれる。ほうじ茶は機械で焙じることができるのだが、京番茶は人が鉄板で炒らなければだめだとか。

京都生まれ京都育ちのマリンバ奏者でエッセイストの通崎睦美さんや、「京都人だけが知っている」シリーズの入江敦彦さん、さらに、京都で歯科医を開業しつつ旅のエッセイで知られる柏井壽さん、皆、その著書で、京番茶への愛着を語っておられる。
「うちでお茶といえば、この毎朝わかす一保堂のいり番茶をいう」(通崎睦美・天使突抜一丁目)
「優しくて控え目でカフェインも少ない番茶はお茶というより京都人にとって水に近い存在なのだ」(入江敦彦・京都人の秘そかな愉しみ)
「燻した香りは慣れないと臭みを感じるようだが、慣れればこの芳ばしさに夢中になる。葉巻にも似て、しかし畦道の焚き火の後に最も近い香りで、ほっこりと京都の食事を終える。」(柏井壽・京料理の迷宮)
で、お三方共に、愛飲する京番茶は「一保堂」製なのだそうだ。
それはもう、寺町二条に実に風格あるお店を出している一保堂は、名店である。入江さんや柏井さんが絶賛する京料理店「草喰なかひがし」でも、食後に出てくるお茶は、このお店の京番茶なのだとか。

一保堂でも、京番茶は安い。大谷園のものと、どっちが美味いだろう?飲み比べてみたい気もするが、比べてもやはりわしは、最初に感動した大谷園のを買い続けると思う(^^)

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勝手に紹介・今熊野商店街 2

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前にも少し紹介した、今熊野商店街。全然観光客向けでない証拠にここは、日曜日になるとほとんどの店がシャッターを下ろして休みにしてしまう(笑)
そんな中、我が家がよく利用しているお店の筆頭が、ここ、「大谷園茶舗」。
宇治茶専門店で、茶道用品から、抹茶、煎茶など品揃えも豊富。抹茶ソフトクリームなども販売しており、店内には飲食できるスペースもある。
が、しかし、わしが買っているのは、麦茶だけ!なのであった(苦笑)
実は結婚以来、我が家には、緑茶を毎日飲む習慣がなかった。嫁はんは一日に何杯も珈琲を飲むのだが、わしはカフェインが苦手。だが、息子が生まれて、彼に飲ませるために麦茶を毎日沸かすようになったのである。
で、ここ「大谷園茶舗」には、香ばしい「網焙り麦茶」が一年中置いてあるのだ。ペットボトルのや、冷水で淹れるティーバッグ式のやつなど、比べ物にならない、粒の麦茶、最高。
しかし、あんまりにも麦茶ばっかではなんなので、今回、「京番茶」も購入してみた。どこら辺が普通の番茶と違うのか、詳しく味わってみよう・・・

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2005.02.12

小説「残光」あとがき

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この小説はもとよりすべてフィクションであって、登場人物・団体などの名称は架空のものである。

最終回に添付する写真を撮りに、出町の三角州に行った日、前日からの雪がまだ京都には残っていた。雪景色の京都を舞台にするつもりはなくて、とまどっていたのだが、白く浮き上がる大文字の火床を見て、「これでいい」と思った。
雪を踏んで三角州の突端へ行こうとしていると、突然、二人の少女が立ちふさがった。
「○○小学校の生徒ですけど、アンケートに答えてもらえますか?」
校外学習でやってきているらしい二人は、それぞれに名前を名乗った。一人は明らかに外国人の子女でエキゾチックな容貌をイスラム風にスカーフで包んでいる。幾つかの簡単な質問。
「ここには良く来ますか?」「ここに来るとどんな気分になりますか?」etc
そして最後の質問「30年前と比べて、鴨川はきれいですか?」
僕は破願した。「30年前は知らないけど、20年前なら知っている」
そう言ったら不意に、胸が詰まったが、僕は笑って答えた。
「きれいになってるよ、たしかに、きれいになった・・・」

礼を言って少女たちは、三角州から対岸に続く飛び石を元気に跳ねていった。20年前にはなかった飛び石。
20年前には、あまり見ることもなかった組み合わせの少女たち。
そして、あの日、僕と肩を並べてこの川を見ていた親友の一人は、もう、この世にいない。

この小説は、その亡き友に捧げる、ささやかな供物として、書き始めたことを、ここに書き添えておく。

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2005.02.10

小説「残光」最終回

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 健二は、彩夏と肩を並べて、流れる川を見つめた。
 やがて、彩夏はポケットに突っ込んでいた手を動かし、握り締めていたものを取り出す。
 茶色の小さなガラス瓶。
 健二も同じように、右手をポケットから出し、緑の小瓶をかざす。
 どちらからともなく頷いた二人は、小さく言葉を交わした。
「どっちの川を選ぶ?」
「じゃ、うちは賀茂川」「それじゃ、おれは、高野川」
 二人は左右に分かれて、彩夏は三角州の西側を流れる賀茂川に、健二は反対の高野川に歩み寄り、少しだけ流れを遡って、しゃがみこんだ。
 緑の小瓶の蓋をひねり、健二は中身を左の掌にあける。白い粒と細かな灰が掌からこぼれ、川面に散る。沈むことなく浮かんで流れていく、詩織とはるかの遺骨。
 茶色のガラス瓶から、さらさらした白い灰を右の掌に受けた彩夏は、そのまま手を水に漬けた。細く白い手から、雲のように水中に広がっていく、駿の遺灰。
 ひたむきに、壜の中身を掌にあけ、全部を流しきった健二は立ち上がり、流れを追った。彩夏もまた、必死の面持ちで雪のように流れていく灰を追いかけた。
 三角州の先端で、二人はからだをぶつけそうになり、とっさに健二はよろめいた彩夏を抱える。彩夏も健二の胴に、しっかりと腕を回しながら、視線は川面から離れない。
「あ・・・混じり合ってく・・・」
 本当に、そう見えたのだろうか・・・彩夏は泣き笑いの顔でそう呟いているが、健二には、上り行く朝日にきらめく水面で、二つの遺灰がどうなったのか、はっきりは見えなかった。けれども、滔々と流れる鴨川の瀬音と、遥かに続く水脈の豊かさを前に、こみ上げる思いがあった。

 やがて、静かに腕を離し、優しい笑顔で別れを告げる彩夏の顔・・・詩織そっくりだと思っていた彼女の顔は、健二の目にもう、そうは見えない。消えない痛みと、いとおしい思い出を刻んで成長した、他の誰でもない一人の女性の顔である。
 健二も大きく手を振り、雪を踏んで歩き出した。賀茂大橋の上を、雪を蹴散らして市バスが走っていく。
(パンを買って帰ろう、美咲と朝食を食べよう)空になった小瓶をポケットの中で転がしながら、健二はそう思った。最後に鴨川の流れに目をやると、ユリカモメの大群が舞い上がって、流れの果てを隠した。
                                                        (完)

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小説・「残光」第八十八回

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 その朝、京都の街はうっすらと雪に覆われていた。
 (約束の日が来た)と、健二は胸の中で呟くと、まどろむ美咲を起こさないように、そっとワークブーツを履いた。
 その場所まで、かなりの距離があるが、歩いていくつもりだった。
 僅かの雪でも道は、まばゆく輝き、清浄な世界が現れたように感じる。つかの間の幻想に過ぎなくても、この朝はそうあってほしかった。
 約束したもう一人も、きっと、歩いて向かっていると、健二は確信していた。

 鴨川のほとりに出て、ひたすらにその左岸を北上する。右手に、白く火床を浮き上がらせた大文字が見えてくると、目的地は目の前にあった。
 今出川通りの賀茂大橋をくぐり、出町柳駅前で川端通に上がると、河合橋を西へ渡る。右手には下鴨神社の糺の森、そして、左に続く公園は、通称出町の三角州。
 高野川と賀茂川が賀茂大橋の直前で合流すると、鴨川となる。その流れをはるか南に望みながら、鋭く尖る三角の突端に、健二は歩いていった。まだ、誰も踏んでいない白い雪・・・しかし、ひとつだけ小さな足跡が続いていて、渚には、孤影がたたずんでいる。
「待ったか?」
健二が声を掛けると、人影は軽く肩をゆすって振り向き、明るく応えた。
「ううん、うちもさっき来たトコや」
コートの衿に埋まった少女の頬は赤く染まり、白い息を弾ませる。彩夏だった。
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☆思いのほか長く連載してきましたが、次回は最終回です。

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2005.02.04

小説・「残光」第八十七回

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  木枯らしの中、健二はコートのポケットに手を突っ込んで家路を急ぐ。やがて見えてきた家の明かりに、健二の顔がほころぶ。
「目立つなあ、タンタの影は」
 町家というには安っぽい造りの長屋の一軒。玄関の脇の小窓に、でかでかと映し出された猫の影が、みぎゃあ、と健二を迎えた。上りがまちにスーパーの買い物袋を置くと、足にまとわりつくオス猫・タンタを抱き上げて、健二は苦笑する。
「おまえもおれも、美咲に拾ってもらった同志だ、しゃんと頑張ろうぜ、愛想つかされないようにな」
部屋の奥から、美咲の声が呼ぶ。
「ねえ、はよ見て、こたつ、出したんよ」
 もうそんな季節になったかと、健二は感慨を覚える。

 駿の葬儀を終えた夜、健二は美咲の家に来た。
 朝まで、美咲を抱きしめていた。
 その日から、美咲の家が健二の住処になった。

 炬燵の上に乗せた携帯コンロで湯豆腐を食べながら、美咲は健二に葉書を差し出した。塩澤真那からの転居通知だった。
「そうか・・・引っ越すのか?」
 駿の遺骨を抱えて東京に戻った真那は、駿と暮らしたマンションを売って、郊外の小さな家を買ったと告げてきた。
「結局、彩夏と真那さん、二人で駿さんをみとらはったねえ・・・喧嘩もせんと、不思議に仲良う・・・」
「不思議、に見えたか?でもな、彩夏は、駿にとっちゃ、娘みたいなもんだったからな」
「そやろか?ほんまのとこは、本人たちにしかわからへんと思うよ」
そういって、少し寂しげに微笑した美咲は、違う話を思い出したらしく表情を改める。
「そういや、彩夏に昼間会うたとき、伝言頼まれてたんや」
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2005.02.03

小説・「残光」第八十六回

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 車窓を流れていく景色を、駿はいとおしんで眺め、懐かしい場所に通りかかると必ず声を上げた。
「あそこの喫茶店、オープンカフェに改装したんだね!よく漫画読んで何時間もだべったんだ・・・」
「あの古本屋は・・・百円パーキングになってしまったのか」
「日仏会館!張り切ってフランス映画見に行ったけど、字幕がついてなくて全然筋がわからなかったよ」
 相槌を打つ竜生の頬に、涙が流れているのを、健二はバックミラーで見つける。
 熟睡している真那の肩を支えてやりながら、健二は精一杯明るく、乱暴に駿に応えた。
「なんだ、京都で暮らしてるのに、出歩きもせずにいたのか?今度、おれが引っ張りまわしてやるよ。うん、へたばるまで、懐かしい店を案内してやる!」
 楠本蝶類研究所の跡地に近づいたとき、駿は、変わらぬ朗らかな声で告げた。
「わるいな、竜生、あそこ行くの、次にとっておきたくなった・・・僕が退院して・・・・そうだよ、景子も真那もちゃんと起きているときに、みんなで、明るい日差しの下で、行きたい」
「そうだな!」「そやな!」
竜生と健二が同時に答え、車は夜の都大路を走りぬけた。

 二週間後、塩澤駿は、入院先の病院で死んだ。

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2005.02.02

小説・「残光」第八十五回

seibo

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 彩夏に肩を抱えられ、車に乗り込むとき、駿は一瞬、建物を振り返った。市街の明かりに照らされ、木立を背に浮かび上がる、幻影の楠本蝶類研究所、青春の碑を。
 竜生は、景子を支えて、助手席に乗せ、ハンドルを握る。シートベルトをすると、景子は幼子のように頭を竜生に寄せて、寝息を立て始めた。健二は、すでに眠りについた真那を抱きかかえて、二列目に乗った。最後尾の席で、駿が深い疲労の表情でシートにもたれている。、その肩に腕を回し、駿の頭を胸に抱く彩夏の顔が、健二の目には聖母のように見える。
 
 疾走する車の中で、語るのは健二と竜生だけだ。
「その子は・・・詩織じゃないんやな」
「ああ・・・駿は詩織の娘だと思った。でも、そうじゃなかった。それでも、駿にはかけがえのない子だ」
「そやけど、こうしてると、六人揃ってるみたいや」
「もう、決して揃うことはないんだ」
「駿は京都で、その子と生きていくんか・・・健二、じゃあ、お前は、真那と」
「いや、そうはならない。おれは、あの夏を終わらせることにしたんだ。おれは、おれの秋や冬を、生きていくよ」
「おれは・・・どないしたらええんかな・・・」
「竜生の人生を全うするしかないさ。その人生に、景子が必要だったら、手を離さずに、つかまえていればいい。でも・・・景子には竜生が必要のように、思えるがな」
 そのとき、駿が身じろぎし、起き上がって言った。
「竜生・・・頼みがある。ちょっとだけ寄り道してくれないか?」
「あかんよ、駿・・・熱があるみたいや」
気づかう彩夏に、駿は拝むように手を挙げ、続けた。
「そんなに回り道にはならないよ・・・竜生の大学の南キャンパスだ・・・楠本蝶類研究所の跡地を、見て行きたいんだよ」
 健二と竜生は息を飲み、頷いた。
「そうだ、あれきり・・・行ってないな、二十年の間、一度も」
「おれかて、そうや・・・」
 寄り添う三組の男女を乗せて、車は鴨川のほとりを下って行った。
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2005.02.01

小説・「残光」第八十四回

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「さあ、今なら・・・詩織に、言葉は届くさ」
 景子は、詩織に近づこうとしてふらつき、床に跪いた。見上げて、声を絞り出す。
「うちは、詩織が好きやった。なのに、あんなひどいことをした・・・ごめん!それが、言いたかったんや・・・ずうっと、言いたかったんや」
 少女が頷くのを見届けると、景子は床に倒れ臥した。
 竜生が景子の側にしゃがみ、やはり少女を見上げて呟く。
「信じて、くれるかな・・・おれも、あの夏と、みんなが、宝物やったんや。あの想い出を守ろう思うて、かえって、こんなメチャクチャをやらかしてもうた・・・。おれ、まちごうてたわ」
 竜生は鍵とジッポーを部屋の隅へ投げ捨てた。ゆっくりとそれに近づいて拾い上げ、ポケットにしまった健二は、緑の小瓶をかざした。
「ありがとう、詩織。お前が、みんなを、助けてくれたんだな・・・」
 そして、立ち尽くす少女に視線を移し、健二は、はっと顔色を変える。
「君が・・・ここへ来たのは!駿の病気が・・・」
 閃くように顔を向けた健二に、駿はさざなみのように微笑して、頷き、少女に言った。
「この前の検査の結果が、届いたんだね」
「うん・・・。GPSで駿の場所探して、ここに」
少女=彩夏は、震える声で言うと、駿に駆け寄り、手を握る。
「大丈夫や、きっと、きっと治る。いこ!今から、入院や」
 健二が彩夏に訊ねる。
「車はあるのか?美咲は?」
彩夏はかぶりを振る。
「タクシー拾って、この近くまで来て捨てたから」
 健二は、竜生に駆け寄り、引きずり起こす。
「竜生、すぐに車を出せ!駿を乗せて、病院にいく!」
戸惑った竜生は、説明を求めて駿を見る。駿は微笑を崩さず、告げた。
「僕は、治癒する可能性の低い病気に掛かっててさ。悪い兆候が出たらしい。でも、負けやしないよ」
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小説・「残光」第八十三回

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 竜生の背中に飛び掛り、床に薙ぎ倒し、ねじ伏せた健二は、しかし、相手がまるで抵抗しないのに気付いて不審な表情になる。
 倒れた竜生は目を一杯に見開き、恐怖の叫びを発した。
「嘘や・・・詩織が、死んだはずの詩織が、なんでここに!」
 景子が、よろめきながらテーブルを離れ、ドアに向かって歩み寄る。畏怖と同時に、歓喜の表情が景子の顔にあった。
「詩織!・・・会いたかった!うちを・・・許してとは言えへんけど・・・」
 真那が、朦朧とした表情で呟く。
「これは、きっと、夢なんだよね」
 戸口には、ハイティーンの少女が立っていた。長い髪を肩に垂らし、うす青いTシャツとスカートを着て、サンダル履きで、電灯に照らされるその顔は悲しみに満ちている。その唇が震えて、小さな声がつむぎだされる。
「あかんよ・・・だあれも、死んだらあかんよ・・・」
 その言葉に、駿が深く頷いた。倒れている竜生にかがみこみ、抱き起こし、その耳元に駿は呟く。
「もっと早く、僕たちは、会って話をしなくちゃいけなかったな・・・詩織のことも、景子のことも、相談しあえば、こんなことにならなかったんだ・・・でもね、遅すぎることはないんだ。まだ、なんとかなる!生きてさえいれば!」
 だんだんに力強く話し、駿は竜生を立たせた。振り向いて、健二に泣き笑いの顔を向ける。
「健二も、ひとりで突っ走りすぎだったよ。いつも、そうだったけどさ」
 健二は、詩織の面影を持つ少女を見つめながら、深く息をつき、テーブルの上の小瓶を握った。
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