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2004.12.02

小説「残光」第六十八回

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 竜生も、先の二人も二階に行ったようである。オレンジ色の電燈の光の下、健二はきしむ階段を登り始めた。ワックスと朽ちた木の混じったような、それでいて不快ではない懐かしい匂いが身体を包んで、健二は眩暈を覚える。
 女性の声が二階の部屋から漏れてきた。
「・・・じゃあ、もう身体の方は、大丈夫なのね」
「心配掛けてごめんなあ。真那は、ちょっとも、あの頃と変わらへんねえ、うらやましいわ、ほんまに」
 健二の脳裏に、二十年前の光景がフラッシュバックした。暑く埃っぽい部屋の中で、生き生きと会話する真那と景子。古い木の建物の中で、交わしていた若い声が耳にかぶさってきて、思わず健二は階段を一気に駆け上がっていた。
 真鍮のドアノブに手を伸ばして、引き開ける。室内はやはり、オレンジ色の光に満たされていて、楕円形の木のテーブルには、ワイングラスが並んで光っていた。テーブルの周りには背もたれの付いた椅子が囲み、その一つに、黒く長いスカートの裾を曳いて、景子が座っている。彼女の肩に手を回し、頬をすり寄せんばかりにしているのは真那だ。
「これで、みんな、揃うたね」
健二の顔を見た景子は、テーブルの中央に置いてあった赤ワインのボトルを掴んだ。そして重いビンをしっかりと持って、赤い酒をグラスに注いでいく。ワイングラスは六個あり、そのすべてに、景子は酒を満たした。白い手はいささかも震えなかった。
「亡き人のために・・・」
静かにそう言って、景子の横に立つ竜生がグラスを掲げると、景子が腰掛けたままそれに合わせてグラスを高く差し上げる。駿と景子も、グラスを手にして立っている。
 最後にグラスをとった健二は、残った六個目のグラスに目を落としながら言った。
「亡き人・・・景子のお父さん、そして、詩織のために!」
きっぱりとそう、口にして、健二は景子に視線を向ける。
 景子の顔は、やつれて細くなっていたが、美しさを取り戻していた。黒目勝ちの大きな瞳は、強い光を湛えて魅力的な輝きを放っていた。
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