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2004.12.29

わが谷は緑なりき

「わが谷は緑なりき」
というのは、西部劇の巨匠・ジョン・フォードが西部でなく、イギリスのウェールズの炭鉱町を舞台に撮った映画である。これ、わしは、高校時代に故郷でテレビで見た。切なく熱く、ノスタルジアと人間賛歌に満ちた傑作。

そして、わが故郷は、伊那谷である。長野県の南部、赤石山脈(南アルプス)と木曽山脈(中央アルプス)に挟まれ、天竜川が中を貫く。
風はさやかで、空は澄み、優しい方言の、わが谷。
わが谷は、緑なりき・・・

今日、年末年始を、わが谷で過ごすために出発します。
遣り残したことが一杯あるのに悔いつつ、なんとか無事に激動の年を乗り切れたことに感謝。

この一年、わしを力づけ、励まし、支えてくださった、沢山の皆様にお礼申し上げます。
では、皆様、良いお年を!

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2004.12.27

小説・「残光」第七十四回

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 真那の朗読が途切れ、彼女を含めて全員が、景子に視線を向けた。景子は静かな表情をしていた。
「続けて、真那。最後までパパの遺書を、読んで。それから、言うべきこと言うし」
 健二が口を挟む。
「景子が、この前の宵山に俺に言った事と、遺書の内容に違いが出てきたぞ。どっちが、ほんとうなんだ、景子?」
「だからそれ、あとで言うし、今は待ってや」
あくまで平然としている景子に促され、真那は再び、遺書に向かう。

「詩織は産んだ子に、はるか、と名づけた。私は、その成長した姿を観る事が出来なかった。一九九五年一月十七日、詩織とはるかは大震災の犠牲者となった。倒壊した家の下敷きとなり、そして火災によって焼かれて、遺骨となって発見されたそうだ。
はるかが、私の子であったかどうか、確かめることのないままに、彼女たちは短い生を終えてしまった。二人に、そんな人生を強いた責任の大部分は、私にある。
その罪の報いというべきだろうか・・・フランスやイタリアで暮らし続ける景子の生活が無軌道になっていったのは。詩織のことを、景子とまともに語り合ったことはない。お互いに避けてきた。あまりに衝撃が強かったからか、景子は私に切りかかったことを覚えていないようだ。だが、深層の記憶に、詩織を刺したことが刻まれていて、景子を苦悩させているようだと、やがて私は気付いた。
景子は薬物に溺れて、どうにもならなくなっている。
私が出来ることは、詩織とはるかに対する、我が罪を認めてひれ伏し、景子の更生のために、君たちに力を貸して欲しいと、希うことしかない。
とりわけて、柳田君。
君には、取り返しの付かないことをしたと思う。君が若者らしい純な愛情を詩織に注いだことは、知っていた。詩織もまた、君を愛していた。言葉少ない彼女だったが、君と過ごす時間こそ、彼女にとって何ものにも代えることの出来ない、青春、だったと思う。
そんな君たちを、無残に引き裂いたのは私だ。傷ついた詩織を、君から引き離し、神戸に送った。実行したのはメフィストフェレスたちであり、彼等の提言に、私が頷いた形だったが、まぎれもなくそれが、私の保身のための悪行だったのは、言い逃れできない。

これがすべての真相である。
重ねて言う。私の罪は許されることはないだろう。
だが、伏して乞いねがう。景子を救ってくれたまえ。
そのために、私の遺産はすべて使ってくれてかまわない。
既に、溝口君に、財産譲渡の手続きを済ませている。
汚れた私の財産だが、それをもってしか、誠意を表すすべを知らないのである。」

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2004.12.26

小説・「残光」第七十三回

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 真那は、駿に見向きもせず、執り憑かれたように読み続ける。
「事は、汚れた思惑の通りに進んだ。純朴だった学生の君たちは、詩織の身分詐称の衝撃から、たやすく彼女の犯行を認めていった。その間、詩織には、代償として私もメフィストフェレスも様々な甘言を囁いた。
 だが、予想外のことに、彼女はそれに従わなかったのだ。
 あの、祇園祭の宵山に、詩織は私の家にやってきた。アルバイト仲間に真実を告げると言った。私は驚愕し、彼女を責め、脅し、ついに懇願した。そんなことをしたら、私は破滅し、留学の決まった景子の将来も暗黒になると。
 そのときだ、景子が果物ナイフを手に、突然部屋に入ってきたのは。
 話の断片を立ち聞きし、景子は錯乱していた。

 景子は、怒りのあまり、私を刺そうとしたのだ。
 
 混乱の中で、そのナイフが、詩織の浴衣の背中に突き立った。
 私は、救急車を呼ばなかった。応急処置をして、幼馴染の経営する個人病院に、詩織を運んだのだ。
 詩織は重症だったが、命はとりとめ、二ヵ月後には退院した。
 だが・・・病院で、彼女が妊娠していることがわかった。
 その子供の父親の名前を、詩織はついに、言わなかった。
 私は、せめてもの責任を果たそうと、彼女の言うがまま、神戸に彼女の家を借り、住まわせた。
 傷が癒え、やがて翌年、詩織は女の子を産んだ。
 そして、彼女は私の送金を拒んだ。一人で、子供を育て、生活していった。
 私は・・・以来、なにもしなかった。
 メフィストフェレスは、詩織のことを知っているようだったが、やはり何も言わず、やがて彼との交際も立ち消えた。
 消せない傷だけが、詩織と、私と、景子に残った」

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2004.12.22

「六番目の小夜子」再放送記念企画

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NHK教育テレビ「ドラマ愛の詩」で、現在火曜日午後7時から、4回目の再放送中の「六番目の小夜子」
これにあわせて、我ら六小夜ファンが特別企画を行っております。
主催はたけさん。バナーは瑞季さんの力作。

ドンくさいわしは、ちっともバナーが貼り付けられず、同志たっくんの指導を受けておるのだが・・・これでどうや?

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2004.12.19

「六番目の小夜子」という小説・そしてドラマ

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「六番目の小夜子」は、作家・恩田陸氏によって書かれた小説である。
1991年、第三回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補となり、受賞は逸したが翌92年に、新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズの一冊として刊行された。
これは、早くに絶版になったそうで、わしは目にしたことがない。
その後、98年に大幅改稿されて、新潮社から単行本として出版された。(写真右側がそれ。左は2001年発行の新潮文庫版)

作者恩田氏によれば「かつて放映されていたNHKの少年ドラマシリーズへのオマージュとして書いたつもりだった」というこの小説は、NHK教育テレビ『ドラマ愛の詩」シリーズの一作としてドラマ化され、2000年4月8日土曜日の午後6時、衝撃の放映が開始されたのである。

ドラマは大反響を呼び、本放送中に再放送が決定するという異例さで、その後も再放送は繰り返され、ついに今年12月21日火曜日午後7時より、4回目の再放送が始まる。

わしは、最初の放映が始まる直前、小説を手にして読んだ。そして、異様にのめり込んだ。
奇妙なゲーム「サヨコ」が密かに受け継がれていた地方の高校、謎めいた美しい転校生津村沙世子の登場とともに巻き起こる奇怪な出来事・・・恐怖に彩られながらも、甘美な青春を細やかに描いたこの小説に、わしはノスタルジーと深い愛着を抱いて、夜毎読み返しつつ、「このイメージを壊されたくない」と、放映されていたドラマに背を向けていたのである。
しかし、ドラマが中盤になった折、テレビで見た予告編の鮮烈な映像に引かれ、ついにドラマにチャンネルを合わせた。
そこには見事なまでに胸ときめかせる世界が待っていたのだった。

わしはまだ覚束ない操作でインターネットで『六番目の小夜子」を検索し、ファンサイトにたどり着く。ここにはまた、新たな楽しさが待っていた。わしは、ファンサイトの常連となることで、インターネットを日常の道具とすることが出来た。
六番目の小夜子、なくして、このblogはなかった。

4回目の再放送にあわせて、インターネットでも記念企画が持たれる。及ばずながら、わしもそこに参加する。

   六番目の小夜子Special!


とにかく、少年少女向けドラマという枠を超えた、見事な作品である。未見の方々には強く視聴を勧めたい。
宮村優子氏の脚本は、原作の小説からは大胆な改変をほどこしたが、わしは、原作の香りをよく現代に移し、しかも独自の魅力的な世界を作り上げていると思う。

鈴木杏、栗山千明、山田孝之、という今や堂々たるスターとなった若き主演陣、多岐川裕美、村田雄浩、美保純、故・古尾谷雅人といった脇役の面々、彼等の生き生きした演技を引き出した演出陣、coba氏による実に印象的な音楽、すべてが絶妙なハーモニーを奏でている。
さあ、またあの、怖くて甘美な世界に・・・

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2004.12.18

小説・「残光」第七十二回

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「一体どこから話を聞きつけたのか、メフィストフェレスが私に、悪魔の取引を持ちかけてきた。解体作業の一切を、ある業者に落札させること、そして、研究所の所蔵物のうち、金目のものの横流しをさせよと。それと引き換えに、『S』の付けを帳消しにすると。断れば、未成年である詩織とのことを、スキャンダルとして大学に通報すると脅したのだ。
私は、巨大な蜘蛛の巣に絡み獲られた哀れな獲物に過ぎなかった。メフィストフェレスの言いなりに、あの研究所の貴重なコレクションを隠蔽し、ブラックマーケットに売ったのは私だ。」
 真那が震える声でそこまで読んだとき、景子が首をかしげて尋ねた。
「その、メフィスト、とかいうの、どんな意味やったやろ?」
健二が腕を組み、視線をテーブルに落としたまま、答えた。
「ゲーテの書いた『ファウスト』って小説、知ってるだろ?主人公ファウスト博士が快楽を求めて魂を売った悪魔の名前さ。博士の悪行の手引きもした」
「ああ、なんとのう、思い出したわ。パパをよう連れまわしてたあん人が、たぶん、そやったんやな」
 景子は微笑し、真那のグラスの隣にあった、自分のワインに口を付ける。そのしぐさを見つめる竜生の表情が異様に強張っている。
 真那は息をつき、再び朗読を始めた。
「私の大学とあまり関係のないところから、実務のアルバイトを採用したのは、横流しをやりやすくするためだった。そして景子や君たちが集まった。その中に、詩織を見つけたとき、私は息も詰まるくらいに驚いた。『S』やメフィストフェレスの差し金だと思った。
 だが、違っていたのだ。詩織は何も知らず、自らの意思であのアルバイトに参加したのだ。彼女もまた、私を見て驚愕した。私がそのことをメフィストフェレスに告げると、あの男は詩織を利用する方策を考え付いた。
 そうだ。私は、あの男にそそのかされ、詩織を生贄にした。すべての罪を彼女にかぶせて、スケープゴートにしたてたのだ。」
 駿が椅子を鳴らして立ち上がり、窓から外を見て、呻くように言った。
「なんてことだ!初めから、そのために、僕たちは、あの夏を過ごしたのか・・・」
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2004.12.17

小説・「残光」第七十一回

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「私が詩織と出会ったのは、今はない会員制クラブだった。お茶屋などに代表される、花街の表からかけ離れた、夜の底とも言うべき、暗い裏の世界。店の名は『S』としておこう。清楚な装いをした魔窟とでも言えばよかっただろうか。そこにいたホステスたちはあまりに若く、稚く、純潔であり、そして、店は背徳に染まっていた。客は飲んで騒いだ果てに、ゲームで彼女たちの『水揚げ』権を競うのだった。今にして思えば、私があの店に連れて行かれたときのゲームは、仕組まれた罠で、まだ悪に染まっていない私と、処女だった詩織を、もろともに地獄に引きずり込むための出来レースだったのである。
 小心な私は、逃げようと思った。だが、私をあの店に連れて行ったメフィストフェレスとも言うべき、あの男はそれを許さず、私は、詩織とホテルに行ったのである。」
 真那は、脂汗を浮かべ、絶句した。テーブルに置いたワイングラスをつかんで一口のどに流し込んだ。そして、歯を食いしばると、遺書の続きに戻る。
「詩織は寡黙な少女で、ほとんど会話を交わさなかった。私は、酔った挙句の一夜の夢にしたつもりだった。メフィストフェレスはその後も私に付きまとい、私も夜の遊びを続けたが、もう『S』へは行くまいと思った。けれど、月に一度は、顔を出すのが『水揚げ』をした者のルールだと言うのである。私はそのたびに詩織と会い、店の者からは彼女の『旦那』と呼ばれた。詩織との逢瀬に、ときめきがなかったといえば嘘になる。だが、『S』からの請求書は次第に過大な額になり、私は奈落に堕ちていく気分になった。そんなときだ、楠本蝶類研究所の解体が決定し、私がその責任者になったのは」

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2004.12.15

山科義士祭

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息子を保育園に迎えに行くついでに、ご近所でやっていた「義士祭」を見物に行きました。
大石神社で勝どきを挙げる47人のテロリスト・・・じゃない、赤穂四十七士に扮した地元山科の皆さん。
しかし、なんか、四十七士よりも、群がるカメラマンたちの狙いは浅野内匠頭の未亡人やお付きのお女中の方へ(笑)
また、なぜか年少の義士・大石主税君と矢頭右衛門七君は、宝塚のスターのような美女が扮している(^^;)これも、おぢさんたちへのサービスっぽいなあ・・・イケメンの美少年がやったほうが、今風かも。
イベントが終わると、義士たちは用意された蕎麦を啜りこんでおりました。ご苦労様でした。

☆ココログの、写真のアップのやり方が変わったので、試しにこんな風に作ってみました。写真はクリックすると拡大できます。

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2004.12.13

「京都検定」ひとこと言いたい

昨日受験した「京都・観光文化検定試験」2級であるが、
100問の問題中、1問、どうしても文句を言いたいものがあった。

誤っているものを選びなさい。という一連の問題のなかで、
(75)京都市外の寺社について

(ア)京北町の常照皇寺は、光厳天皇が庵を結んだのが始まりと伝えられる桜の名所であるが、なかでも九重桜は国の天然記念物に指定されている。
(イ)八幡市の石清水八幡宮は、歴代朝廷に崇拝されるとともに、弓矢の神・戦勝の神として武家の信仰も厚かった。
(ウ)長岡京市の長岡天満宮は、菅原道真が隠岐に左遷されるときに立ち寄って名残を惜しんだと伝えられ、見返り天神とも呼ばれる。
(エ)加茂町の浄瑠璃寺は、池を挟んで本堂と三重塔が向かい合い、平安時代の浄土式庭園として貴重な遺構である。

さて、ア~エのどれが誤っているか?
常照皇寺・・・確かに九重桜が有名だよなあ・・・
石清水八幡・・・源氏の守り神だし、間違ってないよなあ・・・
長岡天神・・・見返り天神って呼ばれてると、この間勉強したばかりだよなあ・・・
加茂町の浄瑠璃寺・・・たしか、楊貴妃観音とかがあったが(これはわしの間違い、吉祥天立像でした・汗)、浄土式庭園のことは知らないなあ・・・

で、わしは(エ)を答案したわけ。
しかし、帰って加茂町の浄瑠璃寺を調べると、この記述は間違いではない。
じゃ、どれだ?
しばらく調べても、誤っている所がわからぬ。改めてよ~く問題を見てみた。
「菅原道真が隠岐に左遷」・・・隠岐!
だああああ、大宰府じゃないか!!
って、これ、「寺社について」の問題だろー?!
なんで、道真の記述でひっかけるんだ!!
わしは激怒いたしました。
そりゃあ、よく読まなかったわしが間抜けなのよ。
しかし、こういう問題の作り方は、卑怯じゃないか?

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2004.12.12

「京都検定」やったぞ

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「京都・観光文化検定試験」第一回、本日受験してまいりました。
午後1時半からの2級だけを受けたのですが、息子に付き合ってのんびり昼飯食ってたら遅刻しそうで大汗をかきました(苦笑)
で、懐かしの母校をじっくり見る暇もなく、試験場に駆け込んだのですが、いやあ、緊張したなあ。幾つになっても試験というのは身体に悪いものだ(汗)
I学館は、わしのいた頃に比べると表面はリニューアルされて、まあ、綺麗になっていたが、大教室の板切れの椅子、狭い長机の居心地悪さは昔どおり。それでも、窓からは紅葉した衣笠山の景色が見える、優雅な試験環境(笑)
さて、試験が始まる直前、「何か質問は?」という試験官の問いに、かなり年配の男性が「何点取ったら合格ですか?」と訊ねた。
(それは秘密やろ)と、わしは笑いかけたのだが、なんと試験官はあっさりと「70点以上です」と返答。
(な、なんだと、もっと早く教えろよ)焦るわし。

そして、試験問題は・・・手強かったです!
ほぼ公式テキストは目を通し、要点は抑えたつもりでしたが、全然テキストにはなかった分野の問題もちらほら。
(これが、テキスト以外からの30パーセントの分か)
わからぬやつをチェックしてパスし、一通り出来たのが大体40分後。自信のある解答の率は、100問中60問強。
(やばい、これでは70問クリアできん!)
時間ぎりぎりまで粘ることに決め、疲れた脳を絞り、全力を尽くしました。
突破口の見えた問題もいくつかあり、最後は(よし、70点の壁は越えられるやろ!)
と手応えを感じて、終了。いやはや、疲れた~

家に戻り、夕食後、自己採点。テキスト見てもわからぬ問題は、インターネットで検索して調べつくし、点数確定。
79点!
やった~~~!合格や!
祝杯挙げて寝ます。

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2004.12.11

「京都検定」直前

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「京都・観光文化検定試験」、今度の日曜日です。
小説「残光」も一気に書きたいし、他にもやりたい、やらねばならんことはいっぱいあるのですが、当面は受験勉強に没頭しようと思います。

ぎりぎりまであがくのがわしの流儀ではあるが、ついこの間も、毎日その横を通ってる東福寺に、初めてまともに参拝した。やはり、実地に見ると知識が身に付く。で、写真は、境内通天橋から見た、息を呑むほかない紅葉である。
このblogを始めて、そして、京都検定を受けようと決めて、今までにない積極性が自分の中に生まれたのは嬉しい。
わしは、もっともっと、京都が見たい、京都が知りたい。
いつまで経っても、「よそさん」であるがゆえに・・・

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2004.12.10

ロームのイルミネーション

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右京区の西大路五条を少し西に行くと、この時期、壮麗なイルミネーションが見られる。
ローム株式会社本社の駐車場や周辺の木々に、46万個の電球を使って飾り付けてあるのだ。
このあたり、言うてはなんだが、かつては殺風景な場所で、そこに突如光の宮殿の如きものが出現するさまは、鮮烈な印象を受けたものだ。
今はこの辺りにも、かなりいろいろな施設が出来て、賑わっている。
しかし、イルミネーション自体は、実にシンプルにケヤキや桜の樹木に電球を取り付けてあるだけで、露店やら出店があるわけでもないし、ロームが商売をしているわけではない。潔いくらい、光の饗宴を楽しむだけのイベント。見上げて嘆賞する人々の顔は、どれも心から楽しそうで、豊かな気持ちになれる。


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2004.12.08

小説「残光」第七十回

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 封書から引き出された紙は、鳩居堂製の和紙の便箋であった。分厚い束を手に取り、真那は緊張のまなざしで唾を飲み込む。やがて、意を決して朗読を始めた。
「この文章が、君たちの目に触れるとき、私は幽明境を異にしている。このような卑怯な形でしか真実を告げられなかった私を、許してくれたまえ。
 すべてを冥界に持っていこうと考えたこともあった。しかし、景子が苦しみ、今のような事態に至ったことは、すべて私の因果の報いだろうか。私が真実を伝えれば、景子を闇から引き出してやれるかもしれない。
 そして、とりわけ、柳田君には、取り返しの付かないことをしてしまった。その責任を取らないままに、私は逝く。せめて、謝罪の言葉を伝えたい。」
 それが、前置きだったらしく、真那はいったん言葉を切り、目を上げて景子と健二を見つめた。景子が凛と胸を張り、促す。
「続けて読んでよ、真那」
「・・・あの夏の日、君たちが楠本蝶類研究所に集まった。私は景子と溝口君を除いて、初対面のように接した。けれど、詩織とは、その一年ほど前に出会っていたのだ。私は、あの頃、教授に昇進して、意気軒昂としていた。交際範囲が劇的に広がり、憧れていた祇園の花街にも踏み入れることが出来るようになった。君たちにとって青春であったあの頃、私もまた、遅すぎる青春を味わっていたのかもしれない。
しかし、私の踏み入れた道は汚れ、まがまがしいものであった。向日葵の咲く研究所で笑う君たちが、どんなにかまぶしく見えたことか。そして、その輪に必死に溶け込もうとする詩織の痛ましさに、私はおのれの罪を意識したのだった・・・」
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2004.12.07

「京都検定」追い込み中

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俺が京都に来たのはもう、20数年前になる。
高野、という場所に下宿をした。
最初の一年の記憶は鮮烈である。胸ときめかせて、京都の名所巡りをした。
それから、何度引っ越しただろう。
舟岡山の麓、下鴨の鞍馬口、大徳寺の西、賀茂川の出雲路橋、再び高野。
結婚して、北野天神の南、北白川の浄土寺、そして、今の山科。
なんてこった、8回だ。

それぞれの場所に、思い出がある。
積み重ねてきた俺の歴史で、
京都の長い伝統に挑戦するのだ。
よい機会を与えてくれたよ、「京都検定」。
いつまでたっても、「よそさん」に過ぎない俺だが
俺の立つ位置は、ここだ。
ここで踏ん張り、書いていくよ。
書き続けるよ。

高野は俺にとって、永遠の出発点である。
その街の一角に、この秋、一番鮮やかだった紅葉を見つけた。
嬉しかったぜ。

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2004.12.06

「京都検定」迫る

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以前、受験することにするとここで公表した「京都・観光文化検定試験」通称「京都検定」だが、いよいよ今月12日に実施日が迫ってきた。
ちっとも送ってきいひんやんか!とやきもきしていた受験票も12月2日に届き、気になっていた受験会場も判明。
おお!我が母校・R大学のI学館ではないか!
わしとしては、もう一つの予定会場・D大学のキャンパスで受験するのもいい経験になると楽しみだったのだが、懐かしの学び舎を訪れるのも、それはそれで嬉しいものである。

さて、この検定、第一回なのでどんな問題が出るのか、どんなレベルなのか予測が付かない。
公式テキストブックに、74箇所の誤りがあったことがニュースにもなったが、わしのところに届いた正誤表を全部チェックしてみた。
ほとんどは些細な間違いである。お寺の「阿弥陀堂」を「本堂」と取り違えていたり、「五条天神宮」が「五条天神社」になっていたりの程度。寺社の記述が実に細かいので、このくらいはしょうがないかなあ・・・とも思った。2箇所ほど、かなりの長文がまるごと全然違う項目にまぎれこんでいるのは、校正のお粗末さではある。
この間違った部分は問題に出されないとのことで、チェックも徒労かと思ったが、自分の得意な分野ばかり勉強する傾向を、やや打破するきっかけにはなった(苦笑)

ちなみに上の写真は、長く京都に住んでいても縁のなかった西本願寺に訪れて撮った、国宝の唐門である。
なにしろ、西本願寺と東本願寺がどういう関係で、どこに位置するのかすら、わしの知識では怪しかったのである(大汗)。間違いだらけのテキストブックも、おおいに京都の知識を増やすことに役立ってくれている。さて、試験の結果はどうでるか?

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2004.12.05

小説「残光」第六十九回

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 健二は、景子の瞳を見据えながら、持っていたグラスをゆっくりテーブルに置く。
「無粋は承知で言うんだが、酒を飲む前に、やるべきことをやって欲しいんだよ、竜生」
 ワインに口を付けかけていた竜生は唇を曲げて健二を見る。
「なんで、そないに、急(せ)くねん?」
「うちの用意したお酒やから、信用でけへん、いうわけ?」
景子の顔に、興奮した色が現れ、その眼光は健二を貫かんばかりだ。
 健二は、深く息をつき、首を横に振る。
「いや、景子がせっかくフランスから持ってきた、いい酒なんだろ?気持ちよく飲みたいんだ。俺はまだ、春川先生にも、詩織にも、心の底から鎮魂の挨拶が出来ない。本当のことを知ってから、杯を捧げたいんだよ」
 竜生は、頷いてグラスをテーブルに戻した。
「健二の言うことはもっともや。ほな、春川先生の遺書を、公表するで。みんな、座ってくれや」

 窓はすべて開け放たれていて、かなり涼やかな風が入ってくる。エアコンはなく、天井でゆるやかに大きな扇風機が回っている。そのモーターの微かな音が聞こえるほど、室内は静まり返っていた。
 景子の隣に竜生が座して、提げてきた革の鞄から、封書を取り出す。竜生の反対側に真那が、竜生に並んで駿が座り、景子の正面に健二がいる。
 遺書に蝋で封印がしてあるのを、竜生は示した。真鍮のペーパーナイフを使って封筒を開いた。
「さて、どないしよ。回し読み、いうのも、かったるいしな」
竜生が呟くと、景子がきっぱりと言った。
「真那、あんたが読んでくれへん?学生の頃、サークルで子供に絵本の読み聞かせ、やってたやん」
真那は少したじろいだが、健二が強く頷いたのを見て、遺書を手に取った。
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2004.12.02

小説「残光」第六十八回

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 竜生も、先の二人も二階に行ったようである。オレンジ色の電燈の光の下、健二はきしむ階段を登り始めた。ワックスと朽ちた木の混じったような、それでいて不快ではない懐かしい匂いが身体を包んで、健二は眩暈を覚える。
 女性の声が二階の部屋から漏れてきた。
「・・・じゃあ、もう身体の方は、大丈夫なのね」
「心配掛けてごめんなあ。真那は、ちょっとも、あの頃と変わらへんねえ、うらやましいわ、ほんまに」
 健二の脳裏に、二十年前の光景がフラッシュバックした。暑く埃っぽい部屋の中で、生き生きと会話する真那と景子。古い木の建物の中で、交わしていた若い声が耳にかぶさってきて、思わず健二は階段を一気に駆け上がっていた。
 真鍮のドアノブに手を伸ばして、引き開ける。室内はやはり、オレンジ色の光に満たされていて、楕円形の木のテーブルには、ワイングラスが並んで光っていた。テーブルの周りには背もたれの付いた椅子が囲み、その一つに、黒く長いスカートの裾を曳いて、景子が座っている。彼女の肩に手を回し、頬をすり寄せんばかりにしているのは真那だ。
「これで、みんな、揃うたね」
健二の顔を見た景子は、テーブルの中央に置いてあった赤ワインのボトルを掴んだ。そして重いビンをしっかりと持って、赤い酒をグラスに注いでいく。ワイングラスは六個あり、そのすべてに、景子は酒を満たした。白い手はいささかも震えなかった。
「亡き人のために・・・」
静かにそう言って、景子の横に立つ竜生がグラスを掲げると、景子が腰掛けたままそれに合わせてグラスを高く差し上げる。駿と景子も、グラスを手にして立っている。
 最後にグラスをとった健二は、残った六個目のグラスに目を落としながら言った。
「亡き人・・・景子のお父さん、そして、詩織のために!」
きっぱりとそう、口にして、健二は景子に視線を向ける。
 景子の顔は、やつれて細くなっていたが、美しさを取り戻していた。黒目勝ちの大きな瞳は、強い光を湛えて魅力的な輝きを放っていた。
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