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2004.11.05

小説「残光」第五十七回

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 雲の向こうの太陽の、猛烈な熱を感じさせる不透明な空の下、湿気と暑さに健二は汗を拭きながら、坂道を登る。八坂の塔に近い、車の行き来できない狭い道である。すれ違った観光客を乗せた人力車、その車夫の首筋に、汗が滝のように流れている。
 一軒の民家の格子戸を開き、健二は玄関の戸を叩いた。「へえ、どちらさん?」と年配の女性の声が応え、「柳田です。小西さんから呼ばれて、来ました」と告げると、やがて戸は開かれた。
 五十歳前後かと思われる和服の女性が、腰を低くして健二を案内した。典型的な京の町屋である。入って右側に三畳ほどの玄関間があり、左には台所に続く土間がある。脱いだTimberlandのワークブーツを揃え、健二は玄関間から、奥の部屋へと踏み込む。
「お久しぶりどすな、こないなとこにお呼び立てして、えろう、すんまへんどした」
 座敷の真ん中に据えられた紫檀の卓の向こうで、丁寧にお辞儀をするのは、御幸町錦の民宿の女あるじだ。
「いえ、こちらこそ、不躾なことをお願いしまして、恐縮です」
ジーンズで正座する健二に、膝を崩すよう勧めながら、老女は坪庭を見やる。
「うっとおしい暑さどすなあ、はよ、雷さんがピシャピシャ!と落ちて、梅雨があけてしまいよし、思いますわ」
「そうですね。京都に来てまず、参ったのはこの時期の暑さでしたよ」
健二は、この女性の名前を「小西のおばあちゃん」としか知らない。粘り強く、話に相槌を打ちつつ、相手が用件を切り出すまで待つ。
「柳田さん、あんたも、ええかげん、真那ちゃんの想いに応えてあげな、あきまへんえ」
いかにもそれが、主要な用件といわんばかりに、老女は器用にウインクする。
「小西のおばあちゃん、それは、出来ない相談ですよ」
「真那ちゃんは、そらもう、潔い女子どすわ。さばさばした関東の気質で、そやさかい、思いのたけを正直に言えへん。ここはもう、男はんのほうから・・・」
健二は苦笑して片手を挙げ、老女の饒舌をさえぎった。
「勘弁してくださいよ。私の依頼したことが、花街(かがい)の仁義破りだということは、よくわかってます。それを押してお話を聞きたいんですから、それなりのものは、用意してます」
 話の腰を折られて不機嫌な顔を見せていた老女は、やんわりと笑顔になった。
「うちが、昔祇園でクラブやってたいうこと、よう聞き出しはりましたな。ほんで、その頃のお得意さんのことを知りたいやなんて、とても、うちの店やご近所じゃよう話せまへん。ほんで、こないなとこへご足労願いましたんどす」
「感謝してます。私もまさか、線をたどっていったら、小西のおばあちゃんに行き着くなんて、想像もしてませんでしたから」
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