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2004.10.25

小説・残光(仮)第四十九回

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 健二は、東山区にある病院で駿と待ち合わせた。やがて、眼鏡の奥の目を緊張に光らせて、駿がタクシーを降りてくる。
 病室に向かう二人は、足取り重く進みながら、短く言葉を交わす。
「まさか、そんなことになっているとはね」
「景子は、中京(なかぎょう)の病院にいる。彼女はとりあえず心配はないんだが」
「こっちの春川教授は重態なんだね」
「うん、景子のことを連絡しようとして、ここに入院してるって知ったんだ」
「あれから、ずっと会っていなかったね、春川先生」
「ああ、俺は・・・会うのを避けていたのかもな」
 廊下をたどり、個室病棟に着き、その部屋のドアをノックする。男の声で返事があった。
 扉から覗いた顔は、健二や駿と同年齢である。健二はしばし、その長身の男を見つめて、軽く会釈した。
「久しぶりだな、竜生」
「まず、入りや。今、椅子を出すから」
 秀麗な容貌に白髪の目立つ竜生は、二人を招き入れると折りたたみ椅子を用意した。
 個室の中央には、小さな老人が仰臥して、鼻にチューブを繋いで眠っている。心電図などのセンサーも付けられているようだ。
「もう、意識をなくして一ヶ月以上経つんだ。景子は、ずっとホテルに泊まっていて、こっちに通っていたらしい。俺はここ二年ほど、一月に一回くらい、先生の見舞いに来てたんやけどな」
 竜生は、伸びた無精髯をなぜながら、ぼそぼそと喋る。
「先生、回復は・・・難しいのかい?」
駿がひきつった表情で苦しそうに尋ねる。竜生は頷いた。
「たぶん、もう、意識は戻らへんと思う。景子が臨終に間に合うといいんやが・・・」
 健二は、土気色の肌で横たわる老人を、唇を噛んで見つめる。
(春川先生、あなたに、聞かなければいけないことがいくつもあったんだ。もっと早くに、あなたを訪ねなきゃいけなかった)
「景子は、フランスやイタリアでずっと暮らしていたけど、マリファナや大麻と手が切れなくなっててん。俺が知ってたら、力づくでもやめさせにいったのにな」
悔恨に満ちた声で、竜生は呻き、椅子にうずくまって頭を抱える。
「みんなも知ってるように、俺は景子と一度婚約した。でも、景子が俺を必要としてへんことを知って、俺は京都を離れて結婚したよ」
「もう、娘が高校生になるって、年賀状に書いてあったな」
駿がいたわるように言うと、竜生は自虐的に笑う。
「だけどな、いつまで経っても、あの頃を夢に見るんや。あんな幸せな時代は、なかった。目が覚めて、女房や娘の顔を見ると、なんか不思議やねん。なんで俺は、ここにいるんや?って。なんで、あのままに居られなかったんやろう。なんで、こんなことになっちまったんや!」
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