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2004.10.31

小説「残光」第五十三回

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 美咲は手にした大量の花束を、無造作に地面に置くと、健二に駆け寄ってきた。
「あんた・・・どっか悪いの?」
 健二は苦笑して、首を横に振る。
「知り合いの見舞いに来たんだよ。駿も一緒だった」
「そうなん・・・でも、顔色ようないね」
健二は、美咲の視線が照れくさくて、顔をごしごしこする。
「昨夜、寝てないからな・・・あ、花、ほっといていいのか?」
 美咲は、ちらっと地面の花束を振り向き、苦笑する。
「あれ、全部ほかすやつやねん。この病院のあっちこっちに飾ってあったやつを、取り替えてきたんや」
「花屋さんだったのか?」
 美咲は笑って頷き、花束を拾って、駐車場の中に入っていく。軽のワンボックス車の荷台を開き、花束を置く。
「肉体労働もええとこやけどな。こんで、まだ一軒、いかなあかん。くたびれるわ」
くたびれる、と言いながらきびきび動いて花を積み込む美咲の様子が小気味良くて、健二はなんとなく見惚れていた。
「なあ、最後の配達に付き合ってくれへん?それ済んだら、ビール飲みたいんや。一人じゃつまらんし」
美咲がかけてきた言葉に、健二は思いもかけない喜びを覚えながら、頷いていた。

 最後の配達先は、東山の斜面に建つホテルだった。建て替えを繰り返し、今は名前も昔と少し変わったが、豪奢な雰囲気は、老舗の意地を感じさせる。
 地下の業者用駐車場に留めたワンボックス車の中で健二が待っていると、美咲はエプロンを外しながら乗り込んできた。
「お待たせ。今日も汗だくやったわ。はよ、車置いて飲みにいこ!」
地上に出ると、ホテルのロビーの明かりが映える。車窓に流れるまばゆい光を見ながら、健二は思いだす。
(そう言えば、このホテルは、よく景子が使ってたかな)
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2004.10.29

小説「残光」第五十二回

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 竜生の気迫は、健二のそれと拮抗した。息を飲んでいた駿が、不意に、ふっと笑う。
「君たち、変わらないなあ・・・すぐむきになって、張り合ってたじゃないか、あの頃もさ」
 絶妙の間合いで、緊張をほぐすのが、あの頃の駿の役割だった・・・と、健二は思い出す。同じことを竜生も感じたらしく、苦笑いが浮かんだ。
「竜生、ちゃんと食べてるのかい?ひどい顔してるぞ・・・先生の容態は安定してるようだし・・・ちょっと出て食事しないか」
 駿の提案に、竜生も健二も、肩の力を抜いて頷いた。

 三人は病院近くの大衆食堂に入った。夕食というには早すぎたが、健二にはその日初めてのまともな食事だったし、竜生も似たようなものらしい。
「景子は、一体何を飲んだんや?」
「錠剤のLSD。もろ、致死量だったそうだけど、カプセルが丈夫で溶け切る前に胃洗浄したから」
健二の説明に、竜生はため息をつく。
「まさか、まさか景子がなあ・・・あいつ、タフで、俺なんかよりよっぽど男らしいやつで・・・」
顔をしかめてうどんをすすりこむ竜生に、駿が同意する。
「景子も真那も、強かったよ。健二なんか、よく真那に蹴飛ばされてたからな」
「真那は元気なんだろ?駿はそう言えば、なんで京都にいるんや?」
竜生の質問に、駿は困ってざるそばを箸でつまむ。唐揚げ定食にかぶりつきながら、健二が笑いをこらえる。
「駿はちょっとこっちに家を借りてね。仕事してるのさ、なあ?」
「なんや、みんな今、京都におるんかいな。星のめぐり合わせ、ちゅうやつかな」

 食事を終えると、竜生は一旦実家に戻って眠ると言って、病院の玄関でタクシーに乗った。見送りながら、駿が呟いた。
「竜生は、京都人らしくない・・・良いやつだよな」
「京都人全部が、底意地の悪い人種だなんてことが、あるわけないだろ。でも、あいつは、ほんと、良いやつだな」
 市バスに乗るために、駿が歩み去ったあと、健二はふと西の空を見た。夏の宵にしては澄み渡った夕空に、沈みゆく太陽の光が美しく照り映えている。
 見とれていると、その景色の端に、見覚えのある、どこか暖かな色が横切った。目を凝らす。
 明るい栗色の髪で、紺色のエプロンをして、大きな花束をいくつも抱えた女性が、びっくりしたように目を見張って、病院の駐車場出口で歩を停めていた。美咲だった。
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2004.10.28

時代祭4

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美女に目を奪われつつも、熱心に撮って来た甲冑姿を一挙公開!
レイアウトの都合で、時代順にはなっておりません。
武装とは思えぬほど繊細で美しい縅(おどし)に彩られた、平安から南北朝(時代祭では「吉野時代」)辺りの鎧が、やはり、一番映えていました。

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時代祭3

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馬を曳く人の足元に注目したついでに、いろんな足元を集めてみました。
時代、身分、職業、性別などで様々な履物があったことがよくわかりますな。

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2004.10.27

時代祭2

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時代祭では、美女の顔に見惚れていたばかりではない(笑)
行列の人々は皆、眼鏡は別としてほぼ完璧に、その時代の服装をしていたのだが、ひとつ気がついた。
馬の口取り=馬の手綱を持って歩かせる人、が、みんな運動靴を履いているのである。
多分この人たちは、日ごろから馬を扱っている乗馬関係の方々に違いない。
そして、万一馬がどんな動きをしても対応できるよう、普段から履きなれた靴で足元を固めているのではないだろうか。
素足に草履履きの大原女の人たちなどは、さぞかし長い道を歩くのに疲れるだろうと思われる。

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小説・残光・第五十一回

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 竜生は、信じられないといった顔で首を横に振る。
「健二、おまえまで、景子の妄想に浮き足立つことあらへんやろ。やさがし、やて?先生の家に、詩織の死体が埋まってるとでも言うんか?頭冷やせや」
「鍵を持ってるのか、持ってないのか、答えろよ」
 健二は、竜生の言葉を聞き流して迫る。竜生は椅子に腰を落とし、顔を下に向けて口をつぐむ。健二は足音荒く、病室の出口に向かう。
「鍵がないのなら、かまわないさ。戸をぶち破って入らせてもらう」
決然とドアを開けた健二の背中に、竜生の呻くような声が響く。
「待ちいや・・・待て、言うねん。俺は、先生の遺言を、預かってる」
「なんだと?」
健二は振り返り、駿と顔を見合わせる。竜生は顔を伏せたまま、喋り続ける。
「ふた月くらい、前のことや。景子の麻薬中毒のことが伝わってきて、先生は俺を呼んだんや。もう、よう喋れへんようになってたけど、意識はしっかりしてた。で、遺言や言うて、俺に渡した。死んだら・・・健二や駿や、真那も呼んで、開け、てな」
 健二は竜生に歩み寄り、肩をつかむ。
「その遺言、今、持ってるのか?」
竜生は、健二の腕をつかみ返し、鋭い目で睨む。
「先生は、まだ生きてはる。まだ、見せるわけにはいかへん。俺かて、中身は見てへんのや」
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2004.10.26

小説・残光(仮)第五十回

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 健二は病室のカーテンの隙間から空を仰いだ。積乱雲が立ち上がって、雷雨を呼びそうな雲行きである。
「ちょっと前まで俺も、今の竜生みたいな気分でいたけどな。駿にも甘ったれのロマンチストとか言われたっけな。だけど、もう、そんな気持ちじゃいられない」
顔を上げた竜生と、振り向いた駿の不審そうな表情に、健二は言葉を叩きつける。
「景子はクスリを飲む前になんて言ったと思う?俺が詩織と会う約束をしていた、あの宵山の日に、景子は、詩織を刺したんだってよ!」
竜生が、ごくりと唾を飲み込んで口ごもる。
「そんなのは・・・景子の妄想や。ヤクにやられて・・・」
「駿にも訊きたい。お前が確かめたっていう、神戸の震災で死んだ詩織、本名はわかったのか?墓は確かめたのか?」
健二の鋭い視線に、駿は激しく瞬きをする。
「あ、ああ・・・本名や本籍は、教えてもらったさ。墓は・・・墓はわからない」
健二は首を振り、歩きながら喋る。
「今になって、俺は、俺のバカさ加減がよくわかったよ。一番大事な詩織のことを、何にも知ろうとしないで、この二十年、まったく、無駄な時間をすごしただけじゃない。あの時、詩織を救う努力を、何一つしなかった!俺は、恋に酔ってただけの、大間抜けさ!」
 ベッドの上に手を付き、健二は老人の耳もとに語りかける。
「春川先生、俺は、あんたにどうしても聞きたいんだ。あんたと、詩織と、景子に何があったのかを」
「無茶言うたら、あかんがな・・・」
竜生が顔色を変えて立ち上がるのに、健二は鋭く指を突きつける。
「おまえ、先生の家の鍵、持ってるだろう。よこせ!今から、家捜ししに行くから!」
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2004.10.25

小説・残光(仮)第四十九回

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 健二は、東山区にある病院で駿と待ち合わせた。やがて、眼鏡の奥の目を緊張に光らせて、駿がタクシーを降りてくる。
 病室に向かう二人は、足取り重く進みながら、短く言葉を交わす。
「まさか、そんなことになっているとはね」
「景子は、中京(なかぎょう)の病院にいる。彼女はとりあえず心配はないんだが」
「こっちの春川教授は重態なんだね」
「うん、景子のことを連絡しようとして、ここに入院してるって知ったんだ」
「あれから、ずっと会っていなかったね、春川先生」
「ああ、俺は・・・会うのを避けていたのかもな」
 廊下をたどり、個室病棟に着き、その部屋のドアをノックする。男の声で返事があった。
 扉から覗いた顔は、健二や駿と同年齢である。健二はしばし、その長身の男を見つめて、軽く会釈した。
「久しぶりだな、竜生」
「まず、入りや。今、椅子を出すから」
 秀麗な容貌に白髪の目立つ竜生は、二人を招き入れると折りたたみ椅子を用意した。
 個室の中央には、小さな老人が仰臥して、鼻にチューブを繋いで眠っている。心電図などのセンサーも付けられているようだ。
「もう、意識をなくして一ヶ月以上経つんだ。景子は、ずっとホテルに泊まっていて、こっちに通っていたらしい。俺はここ二年ほど、一月に一回くらい、先生の見舞いに来てたんやけどな」
 竜生は、伸びた無精髯をなぜながら、ぼそぼそと喋る。
「先生、回復は・・・難しいのかい?」
駿がひきつった表情で苦しそうに尋ねる。竜生は頷いた。
「たぶん、もう、意識は戻らへんと思う。景子が臨終に間に合うといいんやが・・・」
 健二は、土気色の肌で横たわる老人を、唇を噛んで見つめる。
(春川先生、あなたに、聞かなければいけないことがいくつもあったんだ。もっと早くに、あなたを訪ねなきゃいけなかった)
「景子は、フランスやイタリアでずっと暮らしていたけど、マリファナや大麻と手が切れなくなっててん。俺が知ってたら、力づくでもやめさせにいったのにな」
悔恨に満ちた声で、竜生は呻き、椅子にうずくまって頭を抱える。
「みんなも知ってるように、俺は景子と一度婚約した。でも、景子が俺を必要としてへんことを知って、俺は京都を離れて結婚したよ」
「もう、娘が高校生になるって、年賀状に書いてあったな」
駿がいたわるように言うと、竜生は自虐的に笑う。
「だけどな、いつまで経っても、あの頃を夢に見るんや。あんな幸せな時代は、なかった。目が覚めて、女房や娘の顔を見ると、なんか不思議やねん。なんで俺は、ここにいるんや?って。なんで、あのままに居られなかったんやろう。なんで、こんなことになっちまったんや!」
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小説・残光(仮)第四十八回

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 救急車で景子は病院に運ばれ、付き添っていった健二は、警察で事情を訊かれる羽目になった。
 解放されたのは翌日の昼過ぎで、街に出ると、祇園祭の山鉾巡行の見物客でごった返していた。
 小路に人波を避けて、健二は携帯電話を取り出す。疲れた表情で空を仰ぐ。
「真那?仕事中に済まないな。詳しいことは後で話すけど、とりあえず、駿の携帯の番号、聞いてないか?連絡したいことが起きた」
 真那はすぐに、駿の携帯番号を知らせてくれ、健二はそれをメモリーする。
「ありがと。で、手短に言うとな。昨夜、景子に八坂神社で出くわした。そう、あの景子さ。
それから一緒に飲んでいたら、俺の目の前で景子は薬物を飲んで自殺を図ったんだ。ああ、命に別状はない。でもな、あいつ、フランスにいた頃から麻薬の常習者で、何度も捕まっていたらしいんだ。からだも精神もかなりやられていて、病院から出てこれるめども、立たないってさ」
真那は絶句したらしく、会話は続かない。健二は大きくため息をついた。
「とにかく、俺から駿にも話しておくよ。そうだな・・・竜生にも言っておくか」
 電話を切り、裏道をたどって健二は歩いた。祭の巡行コースと交わった時には、船鉾が通過するのを目にした。何か、すべてが非現実の景色に見えた。
(何が真実なのか、まるで、わからなくなってきた。詩織は、いつ、どこで死んだんだ・・・それとも・・・)
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2004.10.23

時代祭

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随分久しぶりに、時代祭を見物に行き、「闘う美少女」の原型とも言うべき巴御前を、一番熱心に撮りまくってきました(^^)

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2004.10.22

小説・残光(仮)第四十七回

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 奇妙に虚脱した口調で、景子は語り続ける。
「あの宵山の夕方、詩織は、浴衣着てうっとこへ来はったわ。きつい目えして、おとうはん相手に、ゆすりに来たんや。あの研究所の標本や蔵書を横流ししたんを、みんなおとうはんの命令や言うてばらすて・・・もちろん、そんなんデマに決まってた。でも、あん時のうちは、頭ん中が真っ白になった。おとうはんが大学に居れんようになる、うちの留学もあかんようになる・・・そう思たら、もう、わけわからんようになって・・・うちは、詩織を・・・」
 健二は、手の中に脂汗が滲んできたのを感じた。
「うちは・・・気いついたら・・・包丁握って立ってたわ。手首のトコまで、ぬるぬるした血が垂れてきてた・・・詩織の浴衣が・・・赤いいうより、真っ黒になってて・・・おとうはんが、真っ青な顔でうちを抱きすくめて・・・」
 健二が息を飲んだとき、景子は、激しく瞬きした。
「あれは、夢の中のことやったんかな・・・でも、詩織が最後に言うたのを覚えてる・・・八坂神社の、石段に、いかなあかん、健二が、待ってる・・・って」
 胸の中で、熱い塊が回転しているように感じ、健二はグラスを握り締めて立ち上がった。歯を食いしばる健二の顔を見上げて、景子が、不思議に透明な笑みを浮かべた。
「もう、何がほんまやったんか、わからへんのよ、あの頃のこと・・・もう、うちは、疲れた」
そう言うと、景子は胸に下げていたロケットをかちりと開いた。中に入っていた何かを取り出すと、震える指で、景子はそれを口に含み、カクテルを流し込む。
「何をした!」
健二が叫んだとき、景子はカクテルグラスをカウンターに叩きつけ、突っ伏した。
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2004.10.21

小説・残光(仮)第四十六回

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「フローズンダイキリ」
慣れた様子でカクテルを注文し、景子は貪るように飲んだ。それを冷静に観察しながら、健二はバーボンの水割りを舐める。
「健二だけやね、ずっと京都に居はったんは。・・・あんたは、ほんま、あの頃と変わらへんのね」
「進歩がないだけさ・・・竜生は、まだ鹿児島で助教授だったかな」
「さあ・・・真那と駿は、東京でうまくいってるん?」
「ついこの間、京都に来てたぜ。三人で飲んだばかりだ」
「そやったんか・・・うちも声かけてほしかったわ」
数語を交わすうちに、景子はカクテルを飲み干してしまい、お代わりを要求する。早くも目の光がどんよりしてきている。健二は、決意して口調を変えた。
「その花束は、なんのためなんだ?詩織に、捧げるつもりなのかい?」
低く囁くように言った健二の言葉に、景子はごくっと唾を飲み込んだ。
「捧げる・・・って、詩織なんて、どこにいるのかもわからへんし・・・」
「詩織は、死んだよ。知ってるんだろ」
わざと微笑して、健二は景子に告げる。景子はのけぞるように健二から身を離し、無理に笑顔を作った。
「なんや・・・あんた、やっぱり詩織とあれからも付きおうてたんかいな・・・亡くならはったんか、可哀想やなあ」
「笑って口にする言葉かよ」
 冷笑して言った健二に、景子のまなじりが吊りあがり、カクテルグラスを持った手が震えた。
「なんやの・・・詩織なんて、うちらの青春の汚点やんか!おとうはんも、詩織のせいでどんだけ迷惑を・・・」
「その詩織に、恨みを買ってるって、さっき、言ってたんじゃなかったかな、景子」
問い詰めていく健二に、景子は一瞬凄まじい眼光を向け、すぐに、魂の抜けたような虚ろな目になる。
「あんなあ・・・あんたは知らへんやろけど、詩織は・・・どんだけえげつないことしとったか!それを穏便に済まそうとしたおとうはんや、うちを、あの子は逆恨みしてるんや」
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2004.10.18

小説・残光(仮)第四十五回

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 見物客に突きあたり、よろけ、ぶざまに逃げていく景子の後姿に、健二は怒りが湧いてきた。
(なぜ逃げる?そして、あの頃、あんなにも毅然と美しかったお前の、その有様は一体なんだ?)
 獰猛なまでの衝動に駆られて、健二は猛然と追跡した。高張提灯が揺れ、祇園囃子がうねる中を、夜叉のように走った。

 八坂神社の境内を北に抜け、地下駐車場出入り口辺りから、東へ向かって、強引に祇園会館前の東大路を渡り、飲食店街をジグザグに迷走した挙句、白川通り沿いに、景子は鴨川のほとりに出た。黒のブラウスは汗で貼り付き、乱れた髪の中から、絶望的なまなざしが健二を振り返る。もはや走る力はなく、立ち止まった景子は、まだ手にしていた花束を、刀のように健二に突きつけた。
「あんたが、今夜あそこにいるやなんて!詩織が呼んだんやな!やっぱり、うちを恨んでるんやな、詩織は!」
「落ち着けよ、景子。大丈夫か?おまえ、何か勘違いしてるぞ。詩織がどうしたって?」
冷徹に言葉を選びながら、健二は低い声で景子を諭すように言う。
「おれは、あれからずっと詩織に会ってない。今、どうしているかも知らないんだ。何か知ってるのなら、教えてくれないか?」
 景子の緊張しきっていた全身から、力が抜けていく。へたり込みそうによろめく。とっさに健二が腕を伸ばすと、景子は健二の肘をつかんで立ち直った。憑き物の落ちたように、その顔から怯えが消えている。上目遣いに見上げたその瞳に、意志の強い輝きが戻っていた。
「ごめんね、取り乱してもうて。息が切れてしもた。その辺でちょっと喉湿したいわ。つきおうてくれへん?」
 背筋を伸ばして健二をまっすぐに見る景子は、驚くほど昔の雰囲気に戻っている。健二は内心、舌を巻きながら、頷いて景子と並んで歩き始める。
 四条通の喧騒から、ほんの百メートルほど離れただけで、嘘のようにひっそりと落ち着いた一角があり、その古いビルの階段を登って、景子はオーク材の扉を開けた。カウンター席に座ると、目の前に鴨川の景色が見える、ちいさなバーだった。
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2004.10.15

小説・残光(仮)第四十四回

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 健二は痺れたようになって、ぎこちなく振り向いた。門の中の石畳に、女性の影があった。
 詩織がやってきたのか?という歓喜と疑惑と驚愕が混ざり合い、健二は言葉が出ない。しかし、目が暗がりに慣れると、その人影が詩織でないことは即座にわかった。
 女性は、黒っぽいブラウスに、やはり黒のスラックスを履いている。詩織よりも大柄で、体型も太り気味である。後手に何かを持ち、健二を怖れたようにじりじりと後ろに下がる。やがてその顔に八坂神社内の燈が当たった。四十代とおぼしき女性で、長い黒髪を真ん中でわけて垂らし、真紅の口紅が青ざめた顔に浮いている。顔立ちからは健二には名前が浮かんでこない。
 そのとき、香りが健二の鼻腔に届いた。瞬時に記憶が蘇った。
「この香水は・・・景子?春川景子かい!」
目を見張って健二は足を踏み出した。女性は、とってつけたような愛想笑いを浮かべた。
「久しぶりやね、まさかと思ったけど、やっぱり健二やったんね」
 景子の容貌には、歳月の跡が濃く滲んでいた。あまり学生時代と変わっていない真那と会った後だけに、かつては誰にも負けない美貌を誇っていた景子の変容は、痛々しくさえ思えるほどだ。だが、それはおそらく、景子がぶざまなほどに慌て、おびえているせいかも知れないと健二は感じた。
「相変わらず、シャネルをつけてるんだ。香りでわかったよ」
「そ、そやったの」
「ずっと、ヨーロッパ暮らしが続いてるって聞いてるけど、祇園祭だから帰って来たのかい?」
「ううん、えと、おとうはんの具合がようなくて、先月から戻ってきてん」
 そわそわと落ち着かない景子の様子に、どうしても不審を抑えきれず、健二は訊ねた。
「どうかしたのか?手に持ってるもの、なに?」
「よ、寄らんとって!」
悲鳴に近い叫びを上げた景子に、周囲の視線が集中した。
「どうしたっていうんだよ?」
困惑する健二に、景子は耐えられなくなった様子で背中を向けて走り出す。手に持っているのは、花束だ。まるで、墓に供えるような・・・
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2004.10.14

小説・残光(仮)第四十三回

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 祇園囃子の音色がいつまでも響く中、疲れ果てるまで、三人は賑わいに揉まれた。渡されたデジカメのメモリーが一杯になるまで撮り、健二はカメラを駿に返した。
 囃子方が鉾を離れ、高張提灯を掲げた移動式の台に鉦をぶら下げ、それぞれに独特の祇園囃子を奏しながら、八坂神社へと向かっていく。明日の山鉾巡行の好天を祈る「日和神楽」である。
 なんとなく、健二はそれを追いかけて四条通を東へ歩く。駿が手を挙げて、人込みの向こうから叫ぶ。
「もう、帰るのかい?健二!」
「ああ、駿も、気をつけて帰れよ」
「サンキュ、またな!」
 背を向けかけた健二に、見物客を掻き分けてやってきたのは彩夏だ。
「健二さん、今夜はおおきに!これ、あんたの分ももろといた」
渡されたのは、長刀鉾の名の記された厄除け粽(やくよけちまき)である。そして、今夜初めて彩夏は健二をまっすぐに見つめ、顔をほころばせた。その笑顔に、健二は見とれた。
 瞬時に身を翻して、彩夏は下駄を鳴らし、駿の元へ戻っていく。結い上げた髪が、すぐに見えなくなった。
 健二は、粽を握って、日和神楽の後を追い、四条通の混雑を縫う。車道が歩行者に解放されている区間を抜けだし、四条大橋を渡ると、彼方に八坂神社の西楼門が見えた。
 何度か夜もその前を通ったが、視線を向けることのなかった、夜の門である。おびただしい参詣客が訪れながら、ただ一人の恋人はついにやってこなかった門である。
 ライトアップされたその朱塗りの楼閣を見つめながら歩んでいく健二の胸に、いつもの痛みはない。疑い、焦燥し、恨み、煩悶したあの一夜の痛みは、今やっと、溶けていくような気がしている。
 東大路を渡り、石段を上りきり、あの夜、そうしていたように、健二は門の北川の柱に背中をつけてもたれた。
(あの夜、どこにいたんだ?詩織・・・それだけが、知りたいぜ・・・)
 そのとき、かすかな呟きが、門の中の闇から響いた。
「そこにいるのは・・・健二?」
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2004.10.13

小説・残光(仮)第四十二回

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 祇園祭の宵山を、数年ぶりに健二は歩いている。湿気と熱気でたちまち服から汗が絞れるほどになる雑踏である。
 約束した南観音山の近くで、駿と彩夏が待っていた。二人とも下駄に浴衣で、駿は恥ずかしそうに健二にデジカメを差し出す。
「俺たちを、撮って欲しいんだよ」
 駿の赤らんだ顔を見て、健二も破願した。彩夏は健二から目をそらしつつ、腕を駿の肘に絡めている。まずは一枚、南観音山を背景に、健二はシャッターを押した。既に暗いので内蔵フラッシュが閃く。
「記念撮影みたいなのは、今の一枚だけにしてくれ。あとはスナップショットで」
「うるさいぞ、さっさと歩け、ちゃんと撮ってやるから」
心地悪そうな駿を手を振ってせかし、健二は二人の後ろに就いて歩いた。
 肩幅が広く、首の短い駿の浴衣姿は、お世辞にも粋とは程遠いが、寄り添う彩夏の白地に草花を散らした浴衣は瑞々しくも艶やかである。髪を結い上げたうなじの白さが健二の目に沁みる。
 彩夏が綿菓子をせがんだ。金魚すくいに駆け寄った。一本の焼きとうもろこしを、駿と分け合って齧った。
 旧家が戸を開け放って、秘蔵の絵や工芸品を見せている座敷を覗き込んだ。祭り提灯の灯かりに照らされる二人の横顔に、健二はフラッシュなしでスローシャッターを切る。
(俺と詩織は、ついにこうやって、宵山を歩くことはなかった)
感傷が健二の胸を焼く。彩夏の横顔に詩織の面影を重ねずにはいられない。
「それ、これが健二の宵山の定番だったね」
不意に、目の前に缶ビールと串に刺した焼きイカが突き出され、健二はのけぞった。差し出す駿の横で、彩夏が慌てた健二の様子に身体を折って笑った。健二も苦笑して、焼きイカにかぶりつき、缶ビールをのどを鳴らして飲んだ。
 詩織に会う前月の宵山を、駿と二人であてどなくうろついたことが思い出された。そして次の年の宵山、健二は八坂神社の石段で、詩織を待ち続けたのだった。
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2004.10.12

小説・残光(仮)第四十一回

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 夕日が最後の光を投げてきたとき、傍らの地面で、赤い炎が閃いたように見えた。健二と真那は同時に目を向けて、一緒に声を上げた。
「あの蝶は!」「ヒョウモンだ!」
 オレンジ色の翅に黒い斑点を散らした、野性的な美しさを持つ中型の蝶が、塔の前の雨ざらしの地面に留まり、翅を緩やかに開閉しながら息づいている。
「蝶類研究所の、標本箱の中にいっぱい、いたね」
「ああ、ヒョウモンはたくさん種類があって、どれもみんな似ていて、同定が難しいって、竜生が教えてくれたな」
「しっ!飛んで行っちゃうよ・・・」
 ひらり、とオレンジ色の火の塊のように、豹紋蝶は舞い上がった。
 その瞬間、健二の胸に想い出が溢れ出た。
 ギンボシヒョウモン、ウラギンヒョウモン、ツマグロヒョウモン、クモガタヒョウモン・・・・行方不明の昆虫学者が記したカードの上にピンで留められた、可憐な蝶たちの遺骸。
 見守る詩織の瞳に、夕日が映っていた。
 駿が図鑑を持ち出してきて、竜生と希少種だとかそうでないとか論議を始める。
 景子がラムネをラッパ飲みしながら、真那と肩を組んで標本箱を覗き込む。二人の首筋に流れる汗にも、夕日は美しく反射している。
 滅んでいく建物と、世界の終わりのような赤い夕日のなかで、朽ちることを免れた蝶たちは宝石のような光を放っていたが、それを観ている、若者たちこそ、何よりも輝いていたのだった。

 豹紋蝶は、旋回しながら塔の屋根にまで到達し、やがて落日の方角へ飛翔していく。
「詩織と生きたあの頃が、贋物の青春じゃなかったように、あたしと駿が結婚して暮らした月日だって、嘘に満ちていたわけじゃないんだよ」
 真那は、力強くそう言った。
「今日は東京に帰る。でも、また来るからね。それまで、駿をよろしくね」
 そして、真那は新幹線に乗って去った。
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2004.10.09

京都・観光文化検定試験

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今年の12月12日に、第一回「京都・観光文化検定試験」(通称・京都検定)というのが行われる。何のことかというと
主催の京都商工会議所によれば

 もてなしの質を高めたい
 生涯学習のテーマにしたい
 もっと京都を知りたい
 資格を仕事に生かしたい
 そんな夢を実現するための「京都検定」

なのだそうだ。
つまりは、これに受かれば「あんたは京都通だよ」とお墨付きが与えられるというわけ。
写真はその試験のための公式テキストで、今や京都の書店では売り上げランキング一位を独走中である(笑)
そんなにこの検定を受ける人、多いのだろうか?
どうやら、旅行代理店やら旅館ホテル業、そしてタクシー会社が軒並みこの本を一括購入し、社員に検定を受けさせるつもりらしいのである。
今回は「やや高度な知識レベル」の2級と「基本的な知識レベル」の3級の検定を行い、来年、2級合格者対象に1級試験をするそうだ。

なんか、いややわあ~。お上に認定してもろうて「わしは京都通やで」と、威張るのやろか?
この検定に合格せえへんと京都の観光業界では「もぐり」ということになるのやろか?
2100円のテキストと、2級で4200円の受験料で、商工会議所と出版社は笑いが止まらんやろなあ・・・

なんか、腹立ってきたので、
わしも受験の申し込みをしました!(爆)
もちろん、3級など目もくれず、2級のみ受けます!

 京都のウンチクを語って人を煙にまきたい
 あわよくばこの資格で仕事が転がり込んでこないか
 そんな野望を実現するための「京都検定」

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2004.10.08

小説・残光(仮)第四十回

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 健二は、真那の手を引いて、東山の斜面を登った。木々に覆われた古径が、不意に開けると、そこに小さな三重の塔があった。そして、視界は遥かに京都市内すべてを見遥かしていた。
 塔の基壇に腰をかけ、真那を隣に座らせると、健二はいとおしむように、塔の苔むした基壇を撫でる。
「そんなに古くはないし、由緒ある寺でもないけど、ここは、俺が学生時代に見つけた秘密の場所でね。駿と来たことがある。それから・・・詩織とここで、キスした。俺は、幸福だったよ」
 真那は、まだ涙を流し続けている。その肩を抱き、健二は空を横切る飛行機雲を仰いだ。
「詩織だって、しあわせだったと、俺は信じる。俺たちと過ごしたあの日々は、詩織にとってもかけがえのないものだったんだ。詩織は、本当に、京都で学生をやりたかったんだ。あいつ、俺とのデートで、何を一番喜んだと思う?
 寺や神社巡りでもない、京料理やレストランの食事でもない。あいつ・・・学生食堂で定食を食べたり、名画座で三本立て観たり、俺の大学の生協で本を買ったり・・・そんなことを一番喜んだんだ。あいつは、心から、京都で学生したかったんだよ」
「でも、その夢は、叶わなかったじゃない。友だちだったあたしたちから、敵意とさげすみの目で見られて、京都を去ったんじゃない」
「ああ・・・あれから、竜生も景子も、詩織のことは一切口にしなかったな。でも、詩織を裏切者って言い続けた真那だって、今、詩織のために泣いている。詩織を悼んでる」
「当たり前じゃない、詩織は・・・あたしと、青春を一緒に歩いた、宝物の一人だった」
「そうだろ。俺たちが詩織と一緒に過ごした時間は、偽じゃない。あのときの詩織の笑顔は、贋物なんかじゃないんだ」
 長く、長く、真那は泣き続けた。その涙が、また健二の肩に沁みた。
(今日、青春が終わる。そんな気がする・・・)
真那の肩を抱いたまま、健二は暮れて行く空に、いつまでも視線を向けていた。
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2004.10.06

小説・残光(仮)第三十九回

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「そうとも、詩織は潔白じゃなかったよ。春川教授に言われて、結果的に横流しを実行したんだろう。そしてスケープゴートにされて、罪を一人で負わされた。春川教授からそれなりの報酬もあったかもしれない。俺は、調べたさ。春川教授が、あの年の十月、娘の景子の留学費用やら、かなりの額を一気に支払ったことなんかがわかったさ。それと同じ頃から、詩織は夜のバイトをかなり減らした。俺と過ごす時間が増えた。俺も、横流しの金の恩恵を受けてたかもしれないさ」
「全然・・・気がつかなかった。健二と詩織が、そんなに早くから・・・そうなの?あの夏休みの間から、もう付き合っていたの?」
真那は、そんなことに衝撃を受けたらしく、顔をゆがめている。
「駿も、真那も、俺と詩織のことは知らないさ。俺が、駿と真那の付き合いをほとんど知らないのと一緒だ。駿は、昨夜俺のことを、現実を見ないロマンチストみたいに馬鹿にしたよな。自分は詩織の足跡を猟犬みたいに嗅ぎまわったって。でも、あいつも肝心なところで現実を見てない」
 雨がやんだ空を見上げ、健二は水路閣の下から足を踏み出す。
「あいつが見つけた、彩夏って娘は、詩織の娘なんかじゃない。今朝、会ってわかったよ。彩夏自身が認めたよ。それに、彩夏は、駿の病気を知っている。ほとんど治る可能性がないことも知ってる」
 真那は唖然として立ちすくみ、言葉が出ない。
「確かに、見ていて危なっかしすぎるさ、駿と彩夏たちは。でもな、俺はあいつらを今は、そっとしてやろうかと思う。駿は、自分の命が燃え尽きるまでに、何をしたいのか知りたくてあがいてる。彩夏は、人を愛することがどういうことか、わかろうとして頑張ってる。そんな彩夏には・・・いい友達もいるしな」
 ゆっくり歩き出した健二に、真那もついてくる。雨でも賑わう方丈や金地院を避け、東山の古径をたどっていく。
「あの子が詩織の娘じゃないって、本当なの?」
「詩織の誕生日を、彩夏は知らなかったよ。あの子の両親が震災で亡くなったのは本当だけど、全然詩織のことは知らないようだ。だから俺に会って、詩織のことを聞こうと思ったらしいな」
「詩織が亡くなったのは・・・」
「それは、間違いないそうだ・・・」
「詩織は・・・震災まで、幸せに、生きたのかしら」
歩きながら、不意に真那は顔を覆い、嗚咽した。
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小説・残光(仮)第三十八回

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 真那は、たぎる思いを爆発させたように声を上げる。
「こんな土地に住んでいるから、健二はそんな風になっちゃったんだよ。京都は、綺麗な場所がいっぱいあって、それがずっと変わらない。凍りついた想い出のなかに閉じこもって毎日暮らすようなところだ。もう、こんなところから、出た方がいい。出て、あたしと・・・」
「今、それを言うのか、真那」
健二の視線が、真那を射抜くように鋭くなる。
「俺は、詩織と行く道を選んだんだ。真那は、詩織が裏切ったって、何度も言うけど、俺はそう思っちゃいない。昨夜の、駿の話を聞いてもそれは変わらないんだ。俺の中にしかない、もろくてはかない虚像に過ぎなくったって、詩織とのことは、俺の人生の真実なんだ」
 真那は立ち上がり、挑むように胸を張って健二に迫る。
「詩織は、あの夏の想い出を汚したのよ。あたしたち六人の青春に、消せない泥を塗ったのよ。なのに、どうして健二はそんなに詩織を美化できるの?」
 健二は怒りに燃える真那の瞳を正面から受け止めながら、深く頷き、静かに話し始めた。

「蝶類研究所にあった、図鑑や標本のコレクション、その他の資料、価値のあるものがかなりあって、まとめて俺たちは春川教授に渡したね。でもその中からかなりの量が闇の市場に流れて、教授が責任を問われた。そして俺たちが問い詰められた時、詩織が身分を偽ってたことが発覚した。最悪のタイミングだった。横流しは、詩織が全部責任をかぶせられた。詩織は、あの下宿にもいられなくなった。みんなの前からは、それきり詩織は姿を消した。でもそれからしばらく、詩織は俺の部屋で暮らしていたんだよ。」
健二は、曇り空を仰いで、大きく息をつく。真那は水路閣の橋脚に背中をつけて、腕を組む。
「もちろん俺は、詩織に尋ねたさ。本当に横流しをやったのかって。詩織はきっぱり否定したよ。俺は、それを信じた。偽の学生を名乗った理由も、話してくれたさ。でも、駿が言ったように、詩織はたくさんのことを隠していた。そうさ、本当の名前さえ、俺に知らせてくれなかった。横流しの真実だって、詩織には話せないことがいろいろあったんだ・・・。真那、あれは、春川教授が最初から仕組んでたことだったのさ」
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小説・残光(仮)第三十七回

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 勅使門近くまで、車を乗り入れて、美咲は停車した。もう、二度と会うことはないかもしれないと思いつつ、健二は美咲の車を降りた。美咲は軽く健二に向かって手を振ると、鋭くターンして車を走らせて行った。
 雨の中を、南禅寺の境内を突っ走る健二は、三門の下に、肩をすくめて立つ真那を見つける。すがりつくように、真那は跳びだしてきた。
「あいつ、この雨の中を、大丈夫なのか?」
「無理をしたら、やばいと思う。まだ、彼は症状が出てないけど、顔とか足にむくみが出たら、もう、かなり」
 傘も持たずに、真那は三門から、法堂、そして水路閣へと歩き回る。
「待てよ、駿のことだ、俺みたいに、当てもなく歩くようなことはしないよ」
健二は真那を引きとめ、水路閣の下で雨宿りする形になる。
「そうだよね、駿は、いつだって理性的で・・・でも、もう、信じられないよ。どうして、駿も・・・健二も、あの頃に、詩織に、そんなにこだわるの?」
真那は駄々っ子のように肩を振り、地面にしゃがみこむ。刺繍の入った白いTシャツに、スリムなコットンパンツ姿が、学生時代のように見せている。
「詩織は、あたしたちを裏切って・・・もう、いないのよ」
「ああ、もう、いないんだな」
健二は、真那の傍らで、水路閣の煉瓦壁にもたれ、呟く。
「そして、駿も、いなくなってしまうのか」
真那は、まなじりを吊り上げて、健二を見上げる。
「なんで、あたしじゃ、駄目なのよ!」
その叫びが、駿に向けられたのか、自分に向けられたのか、健二にはわからなかった。だが、真那は、駿を探すためというより、健二に会いたくて呼んだのだ、ということはわかっていた。
「俺たちは、かけがえのない、友だちだった。詩織は、俺の恋人だった。あの頃が、最高だった。それは、誰にも否定させない」
「理解できないよ。そんな思い出を抱えただけで、健二は生きてきたの?今や、未来のことを考えてくものでしょ」
「あの頃以上にいい時代なんて、なかった。これからだって、ないさ」
健二は乾いた声で言い放ち、壁の煉瓦をいとおしむように撫でた。
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2004.10.04

小説・残光(仮)第三十六回

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 健二は言葉に詰まった。車が停まった。寺の長い塀が続く小路で、車も人も少ない。境内に生えている樹から雨のしずくが落ちてきて、車の屋根に重い音を立てた。
 美咲が、健二に顔を向ける。返事をしなければいけない、と健二は思った。
 そのとき、健二のポケットで携帯電話が、パッヘルベルのカノンを奏でた。
「はい、柳田・・・」
「ごめん、あたし、真那。悪いけど、すぐに来て欲しいんだ」
「なんだ?ひょっとして、駿と会ってたのか?」
「ええ。明日にはあたし、仕事だから、今日の新幹線で駿を連れて帰ろうと思って。で、昼ごはん食べながら、話してたんだけど・・・」
真那の声は動揺している。
「話は・・・決裂か?」
「駿、どうしても帰らないって言うから、あたし、頭にきて、彩夏って子に、駿の病気を教えてやるって、言っちゃったんだ」
「ばかなことを・・・」
健二は唇を噛む。真那の声が後悔に滲んでいる。
「駿は、真っ青になって怒って、店を飛び出して、どこにいったかわからないの」
「今、どこにいるんだ?」
「南禅寺の近く・・・」
「じゃあ、南禅寺の三門のところで待ってろ。すぐに行くから」
 健二が電話を切って、美咲の方を向いたとき、車はゆっくりと発車した。驚く健二が言葉を発する前に、美咲は言った。
「送ったげるし、シートベルトしとき。南禅寺なんて、目と鼻の先や」
それきり、美咲は健二を一瞥もせず、運転を続けた。
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2004.10.02

小説・残光(仮)第三十五回

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「家族でもないのに、医者が駿の病状を教えてくれたのか?」
ぶしつけな健二の質問にも、美咲は素直に答える。
「普通やったらな、絶対無理やったと思うわ。駿さんに代わって薬を貰いにきた・・・とでも言うて、その薬から病気を調べよう、思た。でも、担当のお医者が、ほんまに偶然やけど、うちの幼馴染やってん。京都は、狭いわ・・・正直に全部話したら、教えてくれたんや」
「原発性肺高血圧症、って聞いたけど」
「うん・・・原因不明で、肺の血圧がたこうなって、心不全になって死んでまう病気やって。百万人に一人とか言う、珍しい病気で、発症したら、二年か、もって十年。そんでも、最近、よう効く薬が出来てるそうなんやけど、駿さんにはなんでか・・・効かへんのやて」

 車は琵琶湖を離れ、京都へと戻った。美咲は東山通りの裏道に乗り入れる。雨が再び降り始めて、道行く僧侶も傘を広げている。
「お昼ごはん、どないする?もう、二時近いけど」
美咲がそう口にして、健二は空腹に気付く。だがあまり、食欲は湧かない。
「適当に・・・そうだな、もうこの辺でいいよ、降ろしてくれ。すまなかったな」
「謝る事あらへんよ、うちが物好きに付き合っただけやし」
照れ笑いのようなものを浮かべると、美咲は前を向いたまま、少し早口に言った。
「良かったら、うちと一緒に食べへん?そのつもりで、こっちに来たんやけど」
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