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2004.09.20

小説・残光(仮)第三十一回

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 京都タワーに、健二は一度も昇ったことがない。大学に入学して早々、同級生の一人がタワー展望室から飛び降りて自殺したという事件があったからかもしれない。
 詩織の死で脳裏が埋め尽くされながら、健二は無意識に京都タワーの見えない道を選んで、闇雲に歩き続けた。自分が、詩織が戻ってくるのを待つために、ずっと、京都から離れられなかったことを、強烈に思い知っていた。無論、表層の意識の上では、詩織が帰ってくる可能性などゼロに等しいと言い聞かせていた。いろいろな職業に就いては、どれも長続きせず、それでも他の土地、郷里などに引っ越すことをしなかった二十年の月日。
(すべては、虚しかったのだ)
 鴨川のほとりの、川端通で健二は足を止めた。向かいの西岸には、並ぶ料亭が川床の準備を始めている。駿や詩織といたあの頃には、そこで食事をすることなど及びも付かなかったが、下働きの「男衆」のアルバイトをしたこともあった。
(でも詩織は、俺の知らない世界にいた。幼稚で世間知らずだった俺の)
 果てしない虚しさに胸を蝕まれて、健二はただ、足を運ぶ。鴨川の流れを上へとたどって、ほとんど人の歩いていない、炎熱の川岸を。
 不意に、健二の耳もとで、短く自動車のクラクションが鳴った。さほどの音量ではなかったが、脳天を貫かれたように感じ、健二はおびえた獣のように振り向く。
 車道からわずかに舗道に乗り上げるようにして、見覚えのある小型乗用車が停まり、助手席のウインドーが開いている。運転席から助手席側に身を捻じ曲げ、若い女が叫んだ。
「なあ、あんた、ちょっと乗ってくれへん?彩夏に頼まれたんやけどさ!」
 みさき、という名前だったと、健二は思い出す。ブルージーンズに黒いTシャツを着て、首に赤いバンダナをしているみさきは、ひどく真面目な表情だ。その目が、なぜか暖かな光を放っているのに健二は驚き、吸い寄せられるようにその助手席に乗り込んだ。
「頼まれたって・・・なんのことだ?」
走り出す車の中で、健二は訊ねる。的確なハンドルさばきで、前を行く車を何台も追い抜きながら、みさきは困ったように笑みを浮かべる。
「彩夏を送っていくとき、あんたを追い越したんや。あんた、なんかヘンな歩き方してる・・・って、彩夏が心配しよんねん。ったく、うちも、なんでこないなことせんなんやろ、思うたけどさ・・・彩夏を仕事場に届けて、なんとのう川端通流してたら、あんたがふらふら歩いてるやない・・・見て見ぬ振りも、彩夏に寝覚め悪いさかいな」
「それで?」
「あんた、行きたいところ、ある?そこまでつきおうたるわ」
 行きたい所・・・そんなところがあるのだろうか?健二は目を閉じてヘッドレストにもたれながら、考えた。だが、ひどい疲労感が頭を痺れさせ、何も思いつかない。
「・・・俺みたいなおっさんが、泣いていても人目に付かないところがあったら、そこへほっぽりだしてくれよ」
そう言い捨て、健二はさらに強く目を閉じた。
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