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2004.09.30

新装大鳥居

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以前、改修中の写真(当blog、6月15日「平安神宮大鳥居」)
を掲げた、平安神宮の大鳥居が、金と朱に輝いて復活しておりました。
台風一過の空に傲然とそびえる姿は、どんな前衛芸術のオブジェも及ばぬ鮮烈さ。
こういうモノがあるので、京都は楽しいです。

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2004.09.29

小説・残光(仮)第三十四回

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「なんで、俺なんかを待っていてくれたんだ?」
 健二の問いかけに、美咲は困ったように眉を寄せ、運転しながら、買ったばかりのペットボトルの緑茶をがぶ飲みする。
「・・・うちな、ちっちゃい頃、子猫、拾てん。雨の朝、よろよろ道を歩いとったんや。引っかき傷だらけで、目もよう見えてへんようやった。でかい野良犬が、その周りをうろついて、ヨダレ垂らしてるやんか。たまらずに、拾って帰ってん」
「親に、叱られただろう」
「うん。そんで、ばあちゃんが言うたわ。きっと、この子は、おおきゅうなっても、しょもないもんばっか拾て、苦労するやろ、てな」
 何か、しみじみと温かいものが、隣に座る美咲から伝わってくるような気がして、健二は深く息を吸った。美咲は慌てて打ち消すように、話し続ける。
「ほんまの事言うとな。あんたのこと、また胡散臭いヤツが彩夏に関わってきよったなあて、見張ってたんや。彩夏は・・・あの子もな、うちに似てる。京都のおなごのくせに、情が濃くて、ほんま、しょもないもんにひっかかって、捨てられへんのや・・・それでも、愛さずにおれへんのや。あんたが、あの駿さんの友だちやいうて、彩夏に別れさせに来たのやったら、しばき倒してでも追い返したる・・・そない、思てたんにゃけどな」
「しばき倒されなくて、よかったぜ」
健二は小さく笑って、ペットボトルをつかみ、のどを鳴らして茶を飲む。美咲は安定したスピードで湖岸をクルージングする。
「・・・彩夏は、うちが十七・八やった頃と、そっくりや。なんや、忘れてたもんを、いっぱい思い出させられる。さっきも、大人ぶって、あんな秘密めかした喫茶店に、あんた連れてったやろ。目いっぱい背伸びして、もろくて、危なっかしくて、でも、一生懸命や。駿さんと、あとどのくらい一緒にいられるか、分かれへん、言うのにな」
「知ってるのか?駿の病気のこと」
「彩夏に頼まれて、駿さんが通うてる病院に調べに行ったんは、うちやった」
 美咲は唇を噛み締め、ハンドルを握りなおす。
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2004.09.25

小説・残光(仮)第三十三回

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 膝を抱え、どこまでも広がる水面を見ながら、健二は時間の感覚を喪った。

 詩織と真那が、笑顔で木造の研究所の階段を上がってくる。
「スイカ、買ってきたよ!おやつにしよ!」
真那の明るい声が弾み、詩織が埃まみれの健二に、絞ったタオルを手渡す。健二と詩織は、どちらからともなく微笑みあい、詩織が小さな声で言う。
「今夜、バイトの休み、オッケーやったよ」
健二はみんなにわからないように、瞬間的にガッツポーズをして喜ぶ。
「じゃあ、また、八坂神社の石段で」
 研究所整理の仕事を仕舞い、銭湯に行って夕食を終えると、健二はなんとか駿をごまかして、宵闇の中を八坂神社に急ぐ。夜のバイトが休めるとき、そこで詩織が待っている。
 四条通を並んで歩き、鴨川のほとりに座ったり、河原町の喫茶店で珈琲を飲んだり・・・僅かな時間だが二人だけで過ごすかけがえのないデートである。
「いつか、琵琶湖でシヨウボートに乗ったり、しようか」
健二は、そんなことを口にしている。詩織は口数少ないけれど、きらめく瞳で、健二の言葉に頷いている。

 湖からの風が、健二の汗と涙を乾かしていった。雲の切れ間から射す陽射しが、いつしか琵琶湖の向かい・・・西側に回っていた。ひどいのどの渇きを覚えて、健二は立ち上がる。振り向いて、目を見張る。
 スダジイの根方に腰を下ろし、太くねじくれた幹に背中をもたせかけて、みさきはまだそこにいた。軽く目を閉じ、樹と一体になったように、少しも無理なところを感じさせない姿勢で、静かに座っていた。
「まだ・・・いたのかい?」
健二のためらいがちな声に、みさきは目を開け、かすかに微笑んだ。
「暑いな・・・のどからからになってもうた・・・なんか、飲むもん買いに行かへん?」

 ハンドルを握ったみさきは、ゆっくりと湖岸の道を行く。対岸の、岬のように突き出た地形を見て、健二はふと訊ねた。
「みさきって名前、どんな字を書くんだい?」
「美しく、咲く、やけど」「そうか」
「灯台とかのある、岬とちゃうで」「そりゃあ、そうだろうさ」
 なぜか、気兼ねなく言葉を交わしていることに気付き、健二は自分に驚く。同時にみさき・・・美咲への疑問が湧きあがった。
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2004.09.22

小説・残光(仮)第三十二回

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 みさきは頷いて、さらにスピードを上げる。三条通を東に突き進み、蹴上から山科へ、そして逢坂を越えて、大津へと突っ走った。疾走する車の振動が、健二には揺りかごの様に思えた。
 近江大橋を渡り、琵琶湖の東岸に出て、湖周道路を北上した車は、やがて汀の公園の駐車場に停車した。

「せせこましい京都がいやんなると、うちは、いつも湖を見にくるんや」
 そう言って、みさきは車を降りた。健二も助手席のドアを開けて、湖岸の砂を踏んだ。
 湖が、あった。
 曇天の下、砂浜には誰も人影はなく、水面がきらめいていた。
 みさきは、砂地にたくましく根を張ったスダジイの樹に寄りかかって腰を下ろした。
「ここで、ええか?」
「ああ・・・ありがとう」
 健二は呟き、水際へ歩いていった。
 かすかな波が、石くれを洗っているのを見つめ、目を上げて湖面をながめた。固く締まった砂に座り、空を仰いだ。
 光が、あった。
 生きている自分がいた。
 待ち続けた恋人の死を知って、空っぽになってしまった自分がいた。
 恋人にそっくりな少女に会って、もはや、恋人がこの世にいないことを、思い知った。
 待ち続けた日々が雪崩を打って砕け散って、健二は、ただ、泣いた。

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2004.09.20

小説・残光(仮)第三十一回

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 京都タワーに、健二は一度も昇ったことがない。大学に入学して早々、同級生の一人がタワー展望室から飛び降りて自殺したという事件があったからかもしれない。
 詩織の死で脳裏が埋め尽くされながら、健二は無意識に京都タワーの見えない道を選んで、闇雲に歩き続けた。自分が、詩織が戻ってくるのを待つために、ずっと、京都から離れられなかったことを、強烈に思い知っていた。無論、表層の意識の上では、詩織が帰ってくる可能性などゼロに等しいと言い聞かせていた。いろいろな職業に就いては、どれも長続きせず、それでも他の土地、郷里などに引っ越すことをしなかった二十年の月日。
(すべては、虚しかったのだ)
 鴨川のほとりの、川端通で健二は足を止めた。向かいの西岸には、並ぶ料亭が川床の準備を始めている。駿や詩織といたあの頃には、そこで食事をすることなど及びも付かなかったが、下働きの「男衆」のアルバイトをしたこともあった。
(でも詩織は、俺の知らない世界にいた。幼稚で世間知らずだった俺の)
 果てしない虚しさに胸を蝕まれて、健二はただ、足を運ぶ。鴨川の流れを上へとたどって、ほとんど人の歩いていない、炎熱の川岸を。
 不意に、健二の耳もとで、短く自動車のクラクションが鳴った。さほどの音量ではなかったが、脳天を貫かれたように感じ、健二はおびえた獣のように振り向く。
 車道からわずかに舗道に乗り上げるようにして、見覚えのある小型乗用車が停まり、助手席のウインドーが開いている。運転席から助手席側に身を捻じ曲げ、若い女が叫んだ。
「なあ、あんた、ちょっと乗ってくれへん?彩夏に頼まれたんやけどさ!」
 みさき、という名前だったと、健二は思い出す。ブルージーンズに黒いTシャツを着て、首に赤いバンダナをしているみさきは、ひどく真面目な表情だ。その目が、なぜか暖かな光を放っているのに健二は驚き、吸い寄せられるようにその助手席に乗り込んだ。
「頼まれたって・・・なんのことだ?」
走り出す車の中で、健二は訊ねる。的確なハンドルさばきで、前を行く車を何台も追い抜きながら、みさきは困ったように笑みを浮かべる。
「彩夏を送っていくとき、あんたを追い越したんや。あんた、なんかヘンな歩き方してる・・・って、彩夏が心配しよんねん。ったく、うちも、なんでこないなことせんなんやろ、思うたけどさ・・・彩夏を仕事場に届けて、なんとのう川端通流してたら、あんたがふらふら歩いてるやない・・・見て見ぬ振りも、彩夏に寝覚め悪いさかいな」
「それで?」
「あんた、行きたいところ、ある?そこまでつきおうたるわ」
 行きたい所・・・そんなところがあるのだろうか?健二は目を閉じてヘッドレストにもたれながら、考えた。だが、ひどい疲労感が頭を痺れさせ、何も思いつかない。
「・・・俺みたいなおっさんが、泣いていても人目に付かないところがあったら、そこへほっぽりだしてくれよ」
そう言い捨て、健二はさらに強く目を閉じた。
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2004.09.18

小説・残光(仮)第三十回

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 言葉をなくした健二に、涙に濡れた瞳を向けた彩夏は、怒りを帯びた声で言った。
「うちが駿さんの病気を知ってるいうこと、絶対ばらしたらあかんで」
「ちょっと待ってくれ、君は、その病気がどんな病気か知っていて、駿とずっと暮らしていくつもりなのか?」
「そうや。それがなんか悪い言うん?」
 再び沈黙した健二から視線を逸らし、彩夏はバッグから携帯電話を取り出し、二つ折りのそれを開く。
「あ、みさきさん?話はじきに終わるさかい、来てくらはる?うん、今熊野まで送ってくれればええ」
そこで一旦、携帯電話を顔から離し、彩夏は感情を殺した声で、健二に訊ねる。
「あんさんは、どないしはります?ついででよかったら、一緒に乗らはりますか?」
 健二は首を横に振った。彩夏はもう、健二を見ることなくみさきと短く会話し、通話を終えた。
「もう一つ、訊いていいだろうか?」
健二が遠慮がちに口にすると、彩夏は敵意に満ちた瞳のまま、じっと健二を見返す。
「詩織が、震災で亡くなったというのは、確かなのかい?」
「駿さんがしっかりそれは、確かめたいいます」
「君のご両親は?」
「聞くのは一つだけやなかったの?・・・まあええわ。さっきうちがした話のなかで、嘘はひとつだけや。詩織さんとうちが親子、言うところだけや」
 不意に、健二の胸が苦しくなった。詩織が死んだ・・・そのことを、やっと現実のものと認識したらしい・・・健二はそう、自分を分析しながら、歯を食いしばり、うつむいた。
「先に、行かせてもらうよ」
やっとのことで、それだけの言葉を言うと、健二はレシートをつかんで立ち上がり、彩夏に顔を見せないように、出口に向かった。
 その後姿を、彩夏は憎悪とも哀れみともつかない表情で見送る

 坂道を歩いて下るうちに、溢れ出した涙を拭おうともせず、健二はただ乱暴に足を運んだ。祇園祭の頃の、ひどい蒸し暑さは今日も変わらず、汗がシャツを濡らすが、身体は震えて冷たい。やがて坂は緩やかになり、涙に歪む健二の視界の中に、京都タワーがそびえた。
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巨樹7・夢の浮橋

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京都市東山区の泉涌寺通を西へ坂道を下がって行くと、住宅街の中に思いもかけぬ巨樹を見つけた。その横には石碑があり
「ことはりや 夢の浮橋心して 還らぬ御幸 志ばし止めむ」
と刻まれている。
石碑の前には説明板が倒れて朽ちており、こっちの方は文字が褪せてまったく判別できず。
調べてみると次のようなものであった。

「今は暗渠になってしまった今熊野川に架かっていた『夢の浮橋」』たもとのエノキは今も健在である。『夢の浮橋』は、天生年間(1573~92)に開通した泉涌寺に至る泉涌寺道の今熊野川に架けられた橋である。」
(京都の虚樹迷木 その2 えのき http://www.denpan.org/book/DP-41-1a0-1/)

なんとロマンチックな名前の橋が架かっていたのだろう。しかし、そのような風情は今やどこにもないなか、大きなエノキだけが、緑の葉を繁らせて初秋の空に枝を揺らしているのだった。

ちなみに、源氏物語の宇治十帖の「夢の浮橋」とは直接関係はないらしい。

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2004.09.17

小説・残光(仮)第二十九回

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 彩夏は、深く椅子に腰を落とし、卓上のウエッジウッドの珈琲カップを意味もなくいじった。健二もまた、黙って青い清水焼のカップをとり、珈琲を啜った。
「なにか・・・すごくもろい橋を渡ってるんじゃないか?駿も君も・・・」
健二がささやくと、彩夏は途切れ途切れに話し始めた。
「駿さんが来はったとき、うちは・・・もう、どないもならへんことになってて、お金を稼ぐために、キャバクラ嬢になれ言うて、無理強いされてた・・・駿さんは、うちを助けに神さんが遣わしてくれたみたいに思えたんや。・・・さんざんお金を勝手に持ち出したおばあちゃんのうちには、帰れへん。友だちんトコを渡り歩くうちに、やばい連中に目え付けられて・・・」
 健二は(詩織はホステスやってた)と言った駿の言葉を思い出す。
「そやさかい・・・駿さんが、詩織言う人の娘かって聞かはったとき、思わず、うん、言うてしもた・・・そうせな、駿さんはうちを放ってどこかへいんでしまう・・・そう、思た」
 彩夏の肩が震えているのに、健二は気がつく。
「駿さんは、すぐに、あのうちを借りてくれはった。学校へも行かせてくれる、言わはった。うちは、勉強嫌いやし、駿さんに恩返ししたくて、働き始めた。今は、今熊野のスーパーでレジ打ってるんや。駿さんは、ほんまのお父はん以上に、うちを大事にしてくれはる。うちは、うちに出来ることは・・・詩織さんの娘になりきることや、と思うた」
 彩夏の瞳から涙がこぼれた。健二の胸に、あの頃の痛みが蘇った。
(詩織も、一度だけ、俺に涙を見せた)
 その痛みを振り切るように、健二は奥歯を噛み締める。目の前にいる、詩織そっくりの美しい少女を、さらにいたぶりたいという残酷な感情を抑えきれない。
「君は、駿に嘘をついていた。だが、駿も君に嘘をついているんだ」
「え?奥さんのこと?そんなん、知ってるよ」
幼い表情で反論する彩夏に、健二は追い討ちをかけようとして、辛うじて踏みとどまる。
「そうじゃなくて、からだの・・・いや、いい」
 健二の背中に冷たい汗が流れる。酷薄な暴露をしようとした自分に愕然とする。
 だが、彩夏の表情に変化が起きていた。強く唇を噛み締め、思いつめた顔つきで、少女は呟いた。
「げんぱつせいはいこうけつあつしょう」
「なに?!」
健二は、驚いて聞きなおした。
「原発性肺高血圧症。駿さんの病気や」
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2004.09.16

小説・残光(仮)第二十八回

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 健二は目を窓の外に向けた。雲間から漏れた陽光が、煉瓦壁に這った蔦の葉を瑞々しく輝かせる。
「駿は、真面目で引っ込み思案だけど、頑固なとこがあって・・・でも驚いたよ。仕事も家庭も捨てて・・・青春の残り火に息を吹きかけるなんてな」
 呟いた健二の言葉に、彩夏は目を強く輝かせ、少し乗り出してくる。
「うち、おかあはんのこと、あんまり知らへんのです。子供やったし、若い頃の話とか、なんも聞かへんまんまで・・・健二さんも、おかあはんのこと、好きやったんでしょ?」
「それを聞きたくて、俺をここまで連れて来たのかい?」
 頷く彩夏に、健二は目を閉じて、沈黙した。小さく流れていたバロック音楽のBGMが、部屋の中に満ちた。
「・・・祇園の、八坂神社の石段で、初めて二人だけで待ち合わせてデートをした。最後の約束も、あそこだった。詩織を俺は・・・ずっと待っていたんだ」
 彩夏の唇から、ため息とも、喜びの声ともつかないものが漏れた。
「話しておくれやす。おかあはんが、どんなものが好きやったのか、どんな風に暮らしてはったのか、どんな風に、恋をしやはったのか」
 健二は、すっ・・・と身体を前に倒し、彩夏に顔を近づけて、目を開いた。怯んで少し身を引いた彩夏に、健二の低い声が届く。
「初めてデートしたのはね、詩織の誕生日だったんだ。何月何日だったか・・・知ってる?」
彩夏は笑って、頷く。健二は視線を彩夏の顔に据えたまま、畳み掛ける。
「何月何日か、言ってみてくれ」
 彩夏は笑顔のまま、早口で言った。
「バースデープレゼント、きっと神戸の家にもあったんやろけど、震災でなんもなくなってもうて・・・」
「答えてくれないか」
健二が重ねて尋ねると、彩夏は、曖昧に笑いながら、首を横に振る。
 健二はしばらく、ゆがんだ微笑をたたえて彩夏を見つめ、やがてうつむくと、珈琲カップを手に取った。
「駿はね、嘘をつくとすぐわかる。あいつは、君の事を、詩織の娘だと本当に信じている」
「あの・・・」
哀願の表情で、彩夏は腰を浮かしたが、健二は容赦なく言い放った。
「でも・・・違うな。君は、詩織の娘じゃない。」
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2004.09.15

関ヶ原のこと

慶長5年(西暦1600年)、9月15日、国内における日本史上最大の野戦が行われた。関ヶ原の合戦である。
徳川家康が勝利し、覇権を得て長き江戸時代の繁栄を築く決定的な契機になった戦いであるが、「家康が勝つのは自明だった」「そもそも石田三成ごときは敵ではなかった」「家康勝利は歴史の必然」などと言う意見を目にすると、やたら腹の立つわしである。
結果がわかっているから、そんなことがほざけるのである。
家康は、強大な実力をかさに着て、秀吉の遺命を踏みにじり続け、ついには豊臣家を滅ぼした、不義の覇王ではないか。たかだか20万石にも足りない身で、敢然と家康の野望に立ち向かい、雄大な戦略を立てて、家康に対抗できる勢力を糾合し、ついに決戦に持っていった石田三成、そしてその股肱として命を賭けた島左近に、わしは断固肩入れする。そして、西軍が勝つ可能性もいくらでもあった。「勝敗は時の運」なのである。
「勝ち組」でなければ何の価値もない、そういった考えには、なんとしても同意しかねるのである。

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2004.09.13

小説・残光(仮)第二十七回

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「ほな、話が終わったら、電話しいや。迎えにきたるさかいな」
 みさきがそう言って、洋館の車回しから、軽快に発車して去っていく。
 玄関にはとても小さな看板で、「喫茶ラグナロク」と出ていた。半円筒形にガラスが張られた一階窓際のテーブルに、彩夏は勝手知った様子で座る。
 サンルームのように明るい窓からは、谷を隔てて寺院の塔が見えた。清水寺の三重塔だと、健二は気付いた。
「こんなところに、店があるなんて知らなかったな」
「なんも宣伝してないお店ですえ。知り合いはまず、来いへんし、落ち着いて話できる思て」
 彩夏も健二も、緊張を隠せずに景色を眺める。珈琲を運んできたウエイトレスが下がると、健二は口火を切った。
「奥宮詩織・・・さん、という人のことを、知っているね?」
彩夏はまっすぐに健二の眼を見て頷き、ゆっくりと答える。
「はい、うちの、おかあはん、です」
「俺は、学生時代、詩織さんと付き合っていた。駿とは、その頃からの親友なんだ」
「ええ、駿さんから、そう聞きました」
「駿と君は、どうやって知り合ったの?」
 彩夏は、うつむいて珈琲カップを見つめ、表情を殺して喋った。

「震災で、うちが潰れて、おとうはんもおかあはんも助からへんかった・・・うちだけ、あん時、京都のおばあちゃんちに来てたんです。それからずっと、京都にいました。でも、いろいろあって、友達の家に泊まるようになって、わやくちゃな暮らしをしとったとき・・・駿さんがうちを探してきたんです。昔、うちのおかあはんを好きだったんで、気になって調べて、うちを見つけたんやて。一年位前やったと思う」
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2004.09.11

小説・残光(仮)第二十六回

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 助手席に座る少女の、僅かに見えるうなじや頬の白さから、健二は目を離せない。気配を察したのか少女が振り返る。その瞳を、眩暈がするような思いで見つめながら、健二は問いかけた。
「君は、奥宮彩夏さん?」
「はい。柳田健二さんですよね?」
「ああ・・・どうやって俺の携帯番号を知ったの?」
「駿さんの携帯を覗きました。えろう疲れて帰って来はったし、うちが携帯いじっても起きはらしません。まだ駿さん、寝てはります」
 言葉を交わすうちに、車の窓を打つ雨脚が弱くなってきた。東山の山襞を分け入り、道幅は狭く、坂になっている。
「ええと、運転してるかたは・・・」
健二が戸惑いがちに聞くと、彩夏より先にハンドルを操る本人が答えた。
「うちは、彩夏の友だち。あんたらを送ってくだけやし、別に名のらへんでもええと思うけど・・・まあ、ええか。みさき、言うねん」
 髪を短く切り、ぶっきらぼうな物言いのみさきには、ボーイッシュな雰囲気がある。長い髪を背に垂らし、白い肌が光る彩夏は、姉を見るような感じでみさきに視線を送っている。
 健二は、その彩夏に、強い違和感を感じ始めていた。その理由にすぐに気がついた。
(この子には、詩織と違うところがある。それがひどく気になるんだ・・・)
 ほとんどそっくりな顔立ちだが、決定的に違うのは、耳のかたち。丸く、二枚貝の殻を思わせていた詩織の耳たぶだが、彩夏の耳は、細くて上端が尖り、全体に三角に近い。そして、一番健二に違和感を感じさせるのは、
(声が、全然似ていない・・・)
 健二は目を閉じ、詩織の声を思い出している。あまり抑揚がなく、静かに話すその声は、細く幼かった。彩夏の声は、もっと艶やかで成熟している。
「あ、見えてきたねえ。おおきに、みさきさん」
 彩夏の視線の先を追う、健二の目に、瀟洒な洋館が映った。ほとんど雨はやみ、青みを見せる空を背景に、それは清冽に立っていた。
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2004.09.10

小説・残光(仮)第二十五回

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 翌朝、健二は雨の音で目覚めた。時計は午前九時を過ぎている。頭もからだも重く、起き上がるのにひどく気力が要った。
 昨晩遅く、駿と別れてから、いきあたりばったりに居酒屋で一人で酒を飲み、部屋に戻ると崩れ落ちるように眠ったのである。
(夢の中に、詩織が何度もでてきたかな・・・)
 ぼんやりと考えながら、水を飲んでいると、携帯電話が鳴った。
「初めまして、うち、奥宮いいます」
若い娘の声には聞き覚えがない。戸惑う健二に、娘は緊張した声で続ける。
「駿さんと昨夜、会ってはった、けんじさんでしょ?うちは、駿さんと一緒に住んでます・・・」
えっ!と健二は驚き、携帯電話を握りなおした。
「彩夏さん、ですか」
「はい。うちと、これから会ってほしいんですけど、ご都合はよろしゅおすか?」
「・・・かまいませんが、いますぐですか?」
「ええ。車で行きますから、場所教えておくれやす」

 傘を差して、通りに立っている健二の前で、雨をはねて一台の小型乗用車が停車する。運転しているのは、二十台前半かと思われる見知らぬ女性だったが、助手席に、忘れることの出来ない顔があった。濡れたガラス越しに、健二は詩織にそっくりの少女を凝視する。少女は、窓を開け、髪を濡らしながら叫んだ。
「どうぞ、後ろに」
ドアを開けて乗り込んだ健二は、車内にこもった甘い香りに少し怯みながら、右側の席へと腰をずらした。車は激しくワイパーを動かしながら、土砂降りの雨の中に発進した。
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2004.09.06

小説・残光(仮)第二十四回

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 夜空にそびえる塔を見上げて、健二は噛み締めるように言う。
「覚えているか?あの頃・・・今では信じられないくらい、寺や神社に、夜も自由に出入りできた。この塔の扉をこっそり開けて、登った夜のことを」
「無茶をしたよね、本当に・・・あの頃は、何でも出来た。何でもやれる力があると、信じていた・・・」
「その病気と、たたかって勝つ力があるとは・・・信じられないのか?」
健二の問いかけに、駿は笑顔で首を横に振る。
「治療法は、まだないと言っただろう?奇跡でも起こらなければ、治癒はしない」
「そのことを、あの子、彩夏は、知っているのか?」
駿は、凍ったような笑いを浮かべ続ける。
「彼女は知らない。知らないから、一緒に暮らせるのさ・・・わかるか?真那は僕の病を知っている。僕をいたわり、励まし、望みのない闘病生活に最後まで付いていてくれるだろう。真那は、そういう女性だ」
「わかるさ、真那は、そういうやつだ」
「だから、一緒にはいられないんだ。苦しいんだよ、辛いんだよ、真那の目を見るのが」
健二は、唇を噛み締めて駿の顔を見つめ、何も言えずに右拳を左の掌にたたきつけた。駿は歌うように言葉を続ける。
「真那といると、四六時中病気のことを意識して、息が詰まるんだ。何も知らない彩夏と、そのときが来るまで、病気のことを忘れていたいと思って、僕は京都に来た。身勝手だろ?でも、それが正直な気持ちなんだから、しかたがない」
 しばらく沈黙して、月を見上げていた健二は、呻くように言った。
「畜生、なんで、おまえ、酒が飲めないんだよ。こんなときは、一緒に酔っ払って、二・三発殴り合って、鴨川を渡りでもしなきゃ、やってられないぜ・・・」
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2004.09.02

小説・残光(仮)第二十三回

natuowari_010.JPE

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 くすっと、健二が小さく笑った。駿はぎくりとした様子で口をつぐんだ。
「お前、昔と変わらないよ・・・嘘をつくとき、決まって『ふん』って言ってからつく」
健二は立ち上がり、駿の肩をつかむ。
「何を隠してるんだ?俺の聞いたことに答えていないじゃないか?なあ、二年前に何があったんだ?」
健二の強い視線を避けて、駿は顔を捻じ曲げた。
「・・・つまらないことさ、専門家以外誰も読まない学術雑誌の編集長なんて仕事に嫌気が差したんだ。社長とこじれて・・・」
健二の腕は駿のポロシャツの胸倉にかかり、腰掛けている駿を引きずり起こす。
「おい!殴るぞ!あれだけ、詩織の真実をさらして、俺をぼろぼろにしておいて、自分のことは隠すのか?」
 唇を噛み締めて駿は健二を至近距離で見返す。健二の目に涙が滲んでいるのを見て、駿は大きく目を見開く。強張っていた駿の体から、力が抜けていく。
「君も・・・昔と変わらないんだな・・・すねて醒めてるような振りをして、実は誰より純情で一直線なんだ」
 健二が手を離すと、駿はよろけたが、立ち直り、月を見上げて一気に喋った。
「二年前にね、定期健診で異常が見つかったんだ。何回か検査を受けたけれど、医者は病名を教えてくれなかった。でも真那は聞いていた。僕は真那を問い詰めて聞き出した。日本で何人もいない、難病なんだってさ。治療法はまだない。余命は大体、五年くらいだって・・・」
 のどに痰が絡んだらしく、そこで駿は咳き込んでからだを折る。健二は言葉もなく駿を見つめた。
「な、わりと単純な話だろう?あと少ししか生きられないとわかったんで、心残りになってたことを、やろうと決意したのさ。そうでもなければ、僕みたいな気の小さい男が、こんなことできるかよ!」
無理やり笑う駿の顔が、月光を凄愴に映す。
 健二はしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと訊ねた。
「駿・・・俺を追ってだいぶ歩いてきただろう?からだは大丈夫か?」
「ああ・・・まだ体力筋力はあるのさ。今は病人扱いしなくていいよ」
「なら、少し歩かないか?」「いいよ。月が綺麗だしね」
 琵琶湖疎水を渡り、南に向かい、円山公園を抜けて、二人は八坂の塔が見えるところまで、肩を並べて黙って歩いた。
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2004.09.01

小説・残光(仮)第二十二回

biwako_024.JPE

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 駿はさらに冷徹に言葉を継いで行く。
「詩織が行方をくらましたとき、健二、君はロマンチックな推測を言っていたな。南方の戦地で行方不明になった楠本教授と、詩織はなんらかの関係があったんじゃないかとか・・・年齢的には教授の孫娘あたりか・・・そうやって幻想を紡ぐことで、君は詩織を免罪し、永遠に自分のものにしていたのかな」
 親友の顔を、健二は仇を見つめるように睨み付ける。しかし駿はたじろがない。
「君はそうやって京都に残った。この街は不思議なところで、思い出だけとでも生きていける。けれど、僕と真那は、卒業して東京に行き、やがて結婚した。君も祝福してくれたね。でもすぐに僕は気がついたんだ。真那は、東京で生活はしているけれど、心は京都と君に向かっているって。そうさ、真那はずっと君が好きだった。今もそうさ」
 駿は微笑んだ。表情が崩れると、その顔には衰弱した色が濃くなる。
「真那は思い出の君が好きなんじゃない。常に現実の君を求めている。僕は、自分に素直になることで、真那の気持ちもわかったのさ。そして、こういう行動に出た。僕は詩織の娘と暮らし、真奈を君の元へ送ろうってね」
 健二は、大きく息を吸い、唇を噛み、何度も頭を振り、自分を落ち着かせようとしている。
「二年前に仕事を辞めて、詩織の行方を捜し始めたって、そう言ってたな?」
ようやく吐き出した健二の言葉に、駿は頷く。「そのとおりだ」
「なにがあったんだ?二年前に?」
健二の問いかけに、駿はふん、と鼻を鳴らして笑った。
「僕のことを、みっともないと思ってるだろう?年甲斐もなく若い娘に血迷ってるって。それはわかってるさ」
駿は背中を反らし、大きく伸びをしながら顔をしかめた。
「僕は、日本の淡水魚が好きでね。よく水族館に見に行く。地味な魚が多いんだが、婚姻色といって、繁殖を迎えた個体は、素晴らしく艶やかになるんだ。人間だってそうだ。あの頃の僕たち・・・そうさ、詩織といた君や僕は、きっと人生で一番輝いていたに違いないんだ・・・その輝きの残光を、僕も味わってはいけないのか?」
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