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2004.08.12

小説・残光(仮)第十六回

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 インターホンや呼び鈴など何もないので、健二は格子戸を拳で叩く。テレビの音のする家の中から、若い女の声が返ってくる。
「はい、どちらさん?」
 詩織の声ではない、と自分に言い聞かせながら、健二は声を絞り出す。
「柳田、といいます。こちらに、塩澤君は、おられますか?」
しばしの沈黙の中に、室内に立ち込める緊張が、健二には感じられる。狭い路地は風もなく、蒸し暑さに健二の首筋に汗が流れ落ちる。
 格子戸の向こうに、黒ふち眼鏡の白い顔が浮かんだ。角ばった顔の輪郭に、眼鏡の奥の理知的なまなざしは、少しも変わっていない、塩澤駿。しかし、その頭にはあまりに白髪が増え、目の翳りが深いのに、健二は息を飲む。
「駿、おまえ・・・」
健二の声をさえぎって、駿は低く、鋭く言った。
「健二が来るような気はしていたんだよ。真那は、一緒か?」
うなづく健二に、駿はため息をつきながら、格子戸を開け、踏み出す。その背中に、若い女の声が響く。
「どこいかはるんや?」
「大丈夫だ、学生時代の友達だよ。僕から連絡して、飲みに行こうかって言ってたんだ」
 迷いのない身ごなしで、駿はサンダルを突っかけて戸を開けた。そして、健二の先に立って歩き出した。

 祠の前に、真那は固い表情で待っていた。駿は眉間に深く皺を寄せつつ、歩みを止めずに言う。
「この先に、ゆっくりできる店があるから・・・行こう」
 無言で、駿のあとを歩きながら、健二は意外に思っていた。
(駿は、いつも、俺のあとについて行動する奴だった。俺が、駿の背中を見て歩くなんて・・・初めてだ)
 程なく、石畳の路上に行灯のような灯かりを置いた静かなたたずまいの店が見えてきて、駿はその暖簾をくぐる。
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