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2004.08.31

小説・残光(仮)第二十一回

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 駿の言葉の衝撃から、身を守るように拳を固めて、健二は反論する。
「それが・・・真実だったとしても、俺たちと詩織が過ごしたあの日々は、かけがえのないものだったさ」
 駿は嘆息して、言葉を続ける。
「そうさ、君は詩織に愛された。それは確かだろう。でも詩織は、僕たちの前から去っていった。汚名を晴らすこともなく、姿を消した。真那が言っていたとおり、それは、僕たちへの最大の裏切りだった」
 汚名、という言葉に、健二は思わず目をつぶる。

 あの夏、楠本蝶類研究所の整理・解体を終えても、六人の仲間は週末や休日によく集まり、映画のオールナイトを見に行ったり、琵琶湖にハイキングに行ったりしていた。竜生は露骨に景子に好意を見せていたが、お嬢様然とした容姿と裏腹に豪快な性格の景子に振り回されていた。真那と健二は喧嘩友だちのようにしながら、親しく付き合っているようにみんなから思われていた。駿は内気で、健二の跡を付いて歩いているようだった。詩織はなかなか付き合いに出てこなかったものの、たまに参加すると無垢な笑顔で健二と駿を魅了した。そして健二は、密かに駿を出し抜いて、詩織に愛を告げた・・・
 そんな日々に亀裂が入ったのは、翌年の三月末である。春川教授から、困った問題が生じていると六人に呼び出しが来た。
「『楠本コレクション』と称する蝶の標本や古書が、高価な値段でコレクターに売買されている、というのだよ。なんとも理解しがたい話だ。あの建物にあった資料はすべて君たちが整理し、うちの大学の倉庫に納めたはずだろう?」
春川教授の猜疑心に満ちた視線を浴び、健二たちは愕然とした。
 冗談で「この図鑑類、古本屋に持っていけばたいしたもんだぜ」などと言い合っていた覚えはあった。しかし、それを実行することは誰も考えてもいないと、健二は信じていたのである。

「僕たちは、断固潔白を主張したよな。詩織も、知らないと言い張った。みんな、大学の倉庫に入ってから誰かが持ち出したのだと思いたかった。でも、そんなときだ、詩織に貸した音楽テープが、ゼミで発表する民話蒐集のテープと間違ったと気付いた真那が、焦って聖園女子大学に連絡をした。そして、詩織が偽学生だとわかった」
 そのことを真那から知らされたとき、健二は輝く季節の終わったことを感じたのだ。怒りと悲しみの炎が景色を染めていくと。
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2004.08.28

小説・残光(仮)第二十回

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 健二も、駿の横に腰を下ろす。しかし、様々な感情がせめぎあって、言葉が出ない。それを知ってか知らずか、駿は眼鏡に月光を映しながら、静かに話し始める。
「僕も君も、詩織に惹かれていたね。寡黙だけれど、頭がよくて、どこか謎めいた雰囲気があった。わざと目立たないようにしているんだけれど、時々、はっとするくらい美しい表情をする。真那と同じ女子学生専門のアパートにいた。家主には、聖園女子大の二回生だって、学生証を見せていた。あのアパートに、聖園の子はいなかったな。真那も景子も違う学校だったし、誰も偽造学生証だなんて気がつくはずがない。どうして、そんなことをしていたか、わかるか?」
 健二は、うめくように答えた。
「それだけは、詩織が教えてくれたよ。養われていた家から逃げ出して、ひとりで生活したかったんだと」
「うん、そうだ。そして詩織の家というのは、神戸にあったんだ。僕も君も京都の人間じゃないからわからなかったんだが、彼女の言葉は、神戸なまりがあったそうだよ。で、その家というのは、詩織の叔父の貿易商だった。彼女の両親は交通事故で亡くなって、叔父夫婦に世話になっていたんだ。ところが、高校二年の春に、彼女は家出をして京都に来た。」
「どうやって、お前、それを知ったんだ?」
健二が、憎しみに近いまなざしで駿を見る。駿は顔色を変えない。
「アパートを借りるには、学生証だけじゃ足りない。保証人が要る。家主の竜生のおばさん、まだその頃の書類を持っていてね。その保証人のところへ行ってみてわかったのさ。詩織は保証人を金で買ったんだ。そういう商売がどの街にもある。偽造身分証、保証人、大金はいるが、買うことが出来るのさ」
「でもそんな金、詩織はどうやって・・・」
 健二が尋ねると、駿の顔に苦悩の表情が表れた。
「詩織は、バイトばっかりしてると言ってたよな。夜も忙しそうだった。僕たちは、せいぜい居酒屋あたりのバイトだろうと思っていた。大違いさ。詩織は、ホステスやってた。あの頃の僕たちが到底飲みに行けない高級な店でね。学生証や保証人の代金として、働かされていたんだよ」
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2004.08.26

小説・残光(仮)第十九回

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 健二は、何かが頭の中で炸裂したような気がした。
「もう、十年近くも前に、詩織は死んでいたのかよ・・・俺がただ間抜けに京都で生きている間に」
乱暴に椅子を鳴らして健二は立ち上がった。真那がその腕をつかもうとする。健二は反射的にそれを払いのけた。
「それで、それで彩夏というあの子は、詩織の・・・娘なのか?」
睨みつける健二の視線の先で、駿は小さく頷いた。
 健二は言葉にならないうめき声を上げて、よろめきながら店を飛び出した。真那の声と下駄の音が後を追ったが、駆ける健二にたちまち引き離された。

 どこをどう走ったのか、健二は、月光を浴びる京都市美術館の前にたどり着いていた。鴨川を渡ったことも覚えていない。ひと気のない広い前庭に入り込み、西洋建築に日本風の屋根をつけた不思議で巨大な建物を見上げ、そして月を仰いで、健二は歯を食いしばっていた。脳裏には、詩織の面影だけがあった。
 遠い車の喧騒にまぎれて、かすかに足音が近づいてくる。やがてそれは健二に近づき、ゆっくりとやんだ。月の影を引きずって、駿がやってきていた。
「追っかけるのに苦労したけど、ここにいるような気がしていたんだよ」
駿の呟きに、健二は月を見たまま言う。
「真那は・・・どうした?」
「タクシーに乗せて、宿に帰ってもらったよ。丁度良いさ、君と二人で喋りたかったんだ。話はまだ続くんだ」
駿は無表情にそう言うと、健二の傍らで、石造りの低い階段に腰を下ろした。
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2004.08.21

小説・残光(仮)第十八回

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 真那が憤然とテーブルを叩いた。
「なんなのそれ!最低だわ。詩織は・・・裏切ったのよ、私たちみんなを!それを、ずっと追いかけていた?」
 軽蔑の視線を投げる真那に、駿は昂然と背中を反らす。
「ああ、僕は自分の気持ちに正直になることにしたんだ。詩織が好きだった。悔いを残したくないと思った。君を裏切ることになっても、僕は詩織をもう一度つかまえようと思った」
「それで、詩織そっくりの若い女の子をつかまえたわけ?いい気なことね」
 唇を噛んで、健二が割って入る。
「待てよ、はっきりさせてくれ。彩夏という子は、何者なんだ?詩織と関係は、あるのか?」
「順序良く話そうと思っているのに、真那が邪魔するからさ」
澄ましてまた、アイスティーに口をつける駿に、真那は悔しそうに言葉をぶつける。
「いつからなのよ?私に黙って、こっそり詩織の探索なんて始めたのは?」
「仕事を辞めた時からさ」
さりげなく言った駿の言葉に、真那は沈黙した。
「なにせ、もう時間が経ちすぎてて、手がかりをつかむのにえらく苦労したよ。でも、糸は見つかった。たぐると、神戸に行きついた。詩織は、神戸で結婚し、家庭を持っていたよ・・・」
駿は、眼鏡の奥で目を伏せ、静かに語り続ける。
「夫はサラリーマンで、娘が一人生まれていた。詩織は専業主婦だったらしい。目立たない、静かな暮らしぶりだったみたいだな」
「だった、だったって・・・全部過去形なのね」
真那が顔を曇らせる。健二の顔色も変わった。
「ああ・・・詩織の家は、阪神淡路大震災で、燃えたんだよ。消えてしまったのさ。詩織はもう、いないんだ」
深い嘆息と共に呟かれた駿の言葉に、健二は茫然としていた。
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2004.08.20

小説・残光(仮)第十七回

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 狭い間口に比べてやたらと奥行きの長い、いわゆる「鰻の寝床」のような店で、いくつもの独立した個室の土間にテーブルが置かれていた。酒を飲まない駿はアイスティーを注文し、健二と真那はビールを頼んだ。
 飲み物が運ばれてきてから、駿が口火を切る。
「きっと、二人で来ると思っていたんだ。君たちは・・・似合いの二人だよ」
「なにを言い出すんだ?そんなことより、お前が一緒に暮らしてる女の子は・・・」
息せき切って話し出したが、健二の言葉は淀む。すかさず駿が笑いを見せた。
「彩夏っていうんだ。もうすぐ十八歳になる」
「どういう子なの?どうして、あんなに・・・詩織そっくりなの?」
恐れの色を目に浮かべて、真那が訊ねた。駿はアイスティーを口に運び、視線を遠くに向ける。
「君たちもやっぱり、詩織に似ていると思うんだね。僕もあの子を最初に見たときは、目を疑ったんだ。僕らの前から消えてしまったときのままで、詩織が時間を飛び越えてやってきたのかと震えたよ」
健二と真那は、固唾を呑んで次の言葉を待つ。焦らすように駿はまた、笑顔を見せる。
「もちろん、彩夏は詩織じゃない。でも、僕らが会ったときの詩織も、十七歳だったんだよ、覚えているか?」
「そうよ・・・誰も彼女がまだそんな歳だなんて思わなかった。年齢も戸籍も、嘘を言ってあの学生アパートにいたんだもの」
真那は、恨むように唇を噛む。
「詩織という名前さえ、本名だったかどうか、わからないんだ」
健二も重い口を開いた。駿がそんな健二に挑発的な視線を浴びせる。
「君は、何もかもあやふやなままにして、詩織を美しい偶像として守り続けているんだろう。詩織に愛されたことを宝物にして、詩織が愛したこの京都で」
「何が言いたいんだ?」
いぶかる健二に、駿は勝ち誇ったように唇を曲げる。
「僕は、詩織を追ったんだよ。彼女の足跡を猟犬みたいに嗅ぎまわり、本当の姿を知り、居場所に近づいていったのさ」
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2004.08.18

詩・夏雲に

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故郷の山脈の上に
天翔ける聖獣のような雲が輝く
夏の空はまばゆく澄み渡り
あがく俺は渇望した

星の雫を飲み
雲を食べて生きたいと

空と俺の間には
電線が走り
憎悪や嫉妬に濁る空気があり
俺の排泄物は大地を汚し
苦笑いして去るのだ

瞬時のきらめきを残し
夏雲は薄れて崩れ去る
それでも
俺の胸の中に築かれた
永遠の王国は・・・

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2004.08.12

小説・残光(仮)第十六回

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 インターホンや呼び鈴など何もないので、健二は格子戸を拳で叩く。テレビの音のする家の中から、若い女の声が返ってくる。
「はい、どちらさん?」
 詩織の声ではない、と自分に言い聞かせながら、健二は声を絞り出す。
「柳田、といいます。こちらに、塩澤君は、おられますか?」
しばしの沈黙の中に、室内に立ち込める緊張が、健二には感じられる。狭い路地は風もなく、蒸し暑さに健二の首筋に汗が流れ落ちる。
 格子戸の向こうに、黒ふち眼鏡の白い顔が浮かんだ。角ばった顔の輪郭に、眼鏡の奥の理知的なまなざしは、少しも変わっていない、塩澤駿。しかし、その頭にはあまりに白髪が増え、目の翳りが深いのに、健二は息を飲む。
「駿、おまえ・・・」
健二の声をさえぎって、駿は低く、鋭く言った。
「健二が来るような気はしていたんだよ。真那は、一緒か?」
うなづく健二に、駿はため息をつきながら、格子戸を開け、踏み出す。その背中に、若い女の声が響く。
「どこいかはるんや?」
「大丈夫だ、学生時代の友達だよ。僕から連絡して、飲みに行こうかって言ってたんだ」
 迷いのない身ごなしで、駿はサンダルを突っかけて戸を開けた。そして、健二の先に立って歩き出した。

 祠の前に、真那は固い表情で待っていた。駿は眉間に深く皺を寄せつつ、歩みを止めずに言う。
「この先に、ゆっくりできる店があるから・・・行こう」
 無言で、駿のあとを歩きながら、健二は意外に思っていた。
(駿は、いつも、俺のあとについて行動する奴だった。俺が、駿の背中を見て歩くなんて・・・初めてだ)
 程なく、石畳の路上に行灯のような灯かりを置いた静かなたたずまいの店が見えてきて、駿はその暖簾をくぐる。
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2004.08.07

小説・残光(仮)第十五回

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 健二は駆けた。真那も、下駄を鳴らして必死に付いてくる。路地に踏み込むと、ほとんど軒を接するような狭い道は袋小路になっていて、両側には長屋じみた小さな二階屋が並ぶ。その一番奥の一軒の格子戸が、軽い音を立てて閉まった。健二は胸の動悸を抑えながら歩み寄り、表札を探す。暗くてなかなかわからなかったが、やがて、名刺大の紙片に、「奥宮」とサインペンで書いて、格子戸の枠に押しピンで刺してあるのを見つけた。
 立ち尽くす健二の脳裏に、詩織の面影が溢れるように蘇っていた。
(初めて彼女に会ったとき、俺は、弥勒菩薩や聖母マリアを連想した。華やかなところはなかったけれど、清らかで透き通るような面差しだった)
 詩織の写真は、ほとんど残っていない。あの時から何年もあとになって、街角に張ってあった語学講座のポスターに、彼女にとても似たマリア像の写真があった。数日経ち、雨風に打たれて路上に落ちていたそのポスターを、健二は拾って帰り、部屋の壁に貼っている・・・
 下駄の音を殺しながら、真那がやってきた。その張り詰めた表情を見て、健二はとっさに言った。
「真那は・・・さっきの祠の前で待っていてくれないか?俺が、駿を連れ出す。とりあえずは、三人で話した方がいいと思う」
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2004.08.04

小説・残光(仮)第十四回

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 車を降りた大通りから、裏小路に踏み入り、葉書の住所を目当てに歩く。どうしても真那の足取りは重く、遅れがちになる。見兼ねて健二は言った。
「真那は、その辺の喫茶店にでも入って待ってた方がいい。俺が見つけて駿を引っ張ってくるから」
「でも・・・」
言いよどむ真那は、ふとまなざしを上げた。その視線の先に小さな祠があり、明かりが灯っている。周りには木々が繁り、住宅地の真ん中でありながら、不思議な深山のような雰囲気があった。
 そして、その祠の前を、一組の男女が通りかかる。やや背の低い、がっちりした体躯の男に、すらりとした少女が寄り添って、腕をからめている。その二人の顔を見た真那の目が、大きく開かれた。同時に健二も我が目を疑っていた。
 ポロシャツを着て、白皙の顔に黒ふちの眼鏡を掛けた男は、塩澤駿に間違いない。そしてその傍らにいる少女は・・・
「そんな馬鹿な!詩織が、あの頃のままの詩織が!」
健二は驚愕に絶句し、真那は眩暈を起こしたようによろめいて、街路樹にすがりつく。祠の神燈に横顔を浮かび上がらせた少女は、健二たちに気付かず、駿の腕を引っ張って、横丁に姿を消した。
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巨樹6・上賀茂の古馴染み

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京都市北区の上賀茂神社から、東に続く道には、社家といわれる古い家々が並び、その門前には明神川が涼やかに流れて、好きな風景の一つだ。学生時代、ここにある施設でアルバイトをしていたのだが、すぐそばに、この古木があった。
樹齢推定500年のクスノキ。樹の根元には[藤木社(ふじのきしゃ)」という祠があるが、この樹そのものが信仰の対象だっただろう。それほどの巨樹ではない。でも、この樹は町のシンボルとして大切にされてきた雰囲気があって、とても親しみ深さを感じる。周りを見回すと、アパートの名前、店の看板にも「楠」の文字が目に付く。町の人々にとって、欠かせない「お馴染みさん」といった感じなのではないだろうか。
そしてわしは、時が止まったような懐かしい町で、変わらぬこの樹に出会えて嬉しかった。

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2004.08.02

小説・残光(仮)第十三回

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 タクシーに乗り込んだ健二と真那は無言である。車の外には繁華街の灯りが流れていく。
 暑中見舞いに記されていた、奥宮彩夏という女性の住所は、健二一人だったら歩いていく位の近さにある。タクシーなら初乗り料金で間に合うだろう。
 沈黙の中、健二は駿のことを思った。健二とは同じ大学の同期生で、入学当初、寮で同室となった。駿が青森の出身で、健二は長野県。関西弁が圧倒的な環境の中、違うアクセントで喋る二人はすぐに親しくなった。冬になるとそれぞれの郷里から林檎が届き、お互いに相手の林檎をけなしあったりもしつつ、無二の親友となっていった。専攻は違っていたが同じ学部であり、二回生になってそれぞれ別の下宿に移っても毎日のように会っていた。三回生の夏休み、二人とも帰省しない夏は初めてだった。そして、あのアルバイトに向かった。
(集まった六人、みんながみんなを最高の友達だと思った・・・でも、俺と駿は、詩織に異性として惹かれていった)
 回想にふける間もなく、タクシーは目的地に近づく。健二は運転手に停まる場所を指示して、財布を取り出した。
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